群馬県富岡市が試験導入した「空気から水をつくる給水器」がXで話題だった。1年かけてマイボトルの利用による二酸化炭素削減効果を検証するとか。
ニュース記事へのツッコミ所
まずこのような装置を新たに製造・運搬し、電気を消費して水を作り、要らなくなって廃棄処分する際に発生する二酸化炭素の量と、マイボトルの利用とやらで削減できる二酸化炭素の量はどちらが多いだろうか。憶測で申し訳ないが私はこの装置を導入する方が二酸化炭素排出量は多いと思う。
二酸化炭素の削減効果を検証すると言うが、そんな検証をどこまで正確に出来るのだろうか。その手の学者でもなかなか難しいのでは。
借り入れる台数は5台で設置場所も市役所だけでなく市民体育館と複数箇所に渡る。おそらく市民の利用も考慮しているのだろうが、そこでマイボトルではなくペットボトルに給水する人がいたらあまり意味がない。
以下、記事より一部抜粋
給水器を利用した20代の職員は「空気から水ができることに驚いた。環境に貢献できるのでこれからも使いたい」と話していました。
20代で空気中に水分があることを理解していないことに驚いた。公務員試験受けて通ったから市職員としているんだよな・・・?
また、この給水器は、特殊な浄化技術を使って川の水などから1日600リットルの飲み水をつくることができ、災害時に活用することも見込まれているということです。
これはまだ良いように思う。しかしカタログスペックを鵜呑みにするのは良くない。本当に1日600L作れることを検証してから導入したのだろうか。災害時に活用と言うが電気で動く機械なので消費電力によってはコスパが悪い。水は備蓄も可能であって、自衛隊の給水車が来たりする状況では出番がない可能性もある。
Xでは「ただの除湿機では」とのツッコミが相次いでいた。さすがに飲料水として最低限の殺菌やフィルタリング機能はあると思うが、言ってしまえば除湿機だろうな・・・、というのが正直な感想。この機械がある付近だけめちゃくちゃ乾燥しそう。え?加湿器も一緒に置いとくから大丈夫?
無限水とは何ぞや
ニュース映像を見るとちらっと「無限水」という商品名が映っているので調べてみよう。まずGoogle検索で出て来たのがこれ。
「空気から無限にミネラルウォーターを創る」・・・?
ミネラルとは人体に必須の無機質で、酸素・炭素・水素・窒素以外の元素を差す。代表的なミネラルとしてはカルシウム、亜鉛、鉄など。え?カルシウムとか鉄って空気中にあるんですか?
まあ、そんなバカなことは無くてカラクリがある。以下、無限水のサイトより抜粋して内容を見てみよう。
どうやらろ過した水をさらにミネラルフィルターなるものに通すことでミネラル成分を入れる、という感じらしい。本当にこれでミネラルウォーターを名乗って良いのだろうか。これらの元素がミネラルウォーターと言って差し支えないレベルで無限水から出てくる水に含まれているのか。うーん、どうだろうね!
「ひょっとして私が認識するミネラルウォーターの定義が間違っているのか」と思って調べたが、日本宅配水&サーバー協会のサイトでは上のように示されている。ミネラルウォーターはナチュラルミネラルウォーター、つまり地下水を原料として処理された水を指す。やはり「空気からミネラルウォーターを」と言うのは誇大広告ではないか。
普通に考えれば無限水とやらで出てくる水は上図④、ボトルドウォーターに該当する。
ミネラルフィルターとやらの図のすぐ下には「水素水オプション」。出ました!水素水!ああ~、水素の音~。水素水オプションっていくらなんでしょうね。
水素水は疑似科学の類であって効果はかなり疑わしい。これを言い出す時点で信用できない。「現在までに世界で約400の水素医学に関連する論文が」と言うが、世界で400本か・・・本数だけ多くても質が低かったら意味が無いのだが。
本当に水素水を信じている人がいるが水素原子は小さく、原子炉に使用される金属製の炉すら腐食するほど他の物質の内部に浸透、通り抜けてしまう。水素を気体のまま長期間保管するのは生半可な容器では難しい。
加えて水素は水にほとんど溶けない。体内に水素を入れさえすれば良いのであれば、水素水とやらを飲むよりも胃酸などと反応して水素を発生させる錠剤などを使う方がはるかに効率的では。少なくとも水素を摂取する目的で水を買うことは良い手段と思えない。
前後するがサイトトップはこんな感じ。「空気から無限にミネラルウォーターを創り続ける」と「世界初!」の文字が繋がってるような繋がってないような絶妙なライン。一体何が世界初なのか、と言われてもギリ逃げ切れそう。
「特許取得済」と誇らしげなマークもあるが、往々にしてこの手の物は特許の詳細を明示しない。消費者からはどのような内容についての特許なのかが分からず、モンド・セレクション並にアテにならない。
下にスクロールしていくとこんな感じ。小さい字で「使用環境の温度・湿度により変動致します。」とただし書きがある。単純にこの機械の周囲の湿気を吸い尽くしてしまったら出てくる水の量、相当減るのでは。設置場所は室内と思われるので湿気の供給が限られることを考えると、機能としては水を作れるが湿気が無いので水が出てこない、なんてことが有り得そう。
水が多く欲しい夏場=湿度が高い、そんなに水が必要ではない冬場=湿度が低い、というのを考えれば多少の環境の変化は許せそうだが、空調の利いた室内でどこまで活躍できるか見ものである。
と思って製品仕様を見てみるとこんな感じ。冬場はちょい厳しそう?
「詳細はこちら」から飛べる内容(従来のウォーターサーバーは存外にランニングコストがかかるという図)は計算したが合っていると思う。普通のウォーターサーバーはボトル1本(12L)で価格差はあるが大体1,200~2,000円の間とまあまあする。
無限水が使用しているROフィルターというフィルターは確かに高性能なフィルターだが、ROフィルター自体は無限水固有のものではない。これが無限水の特許という訳ではなさそうだ。ウイルスやPFASまで除去できるというのは事実のようだが、無限水だけが持つセールスポイントとは言えない。
放射性物質が除去できる、という点もセールスポイントにしているがこれもROフィルターの機能としては事実。さすがにトリチウム(三重水素)は除去できない*1と思われるが、トリチウムは自然界にも存在しており濃度によっては無害。
RO膜による放射性廃液の処理技術:HITACHI (PDF)
この辺はセールスポイントなのでなかなか粗が見つからない。ので製品の仕様を確認してみよう。
まず作れる水の量を改めて見ると 1L/時(最大)。内部貯水量が12.5Lなので、たとえば朝、1人200ml飲むとして62人が飲むことが出来る。
実際の運用を考えてみよう。職場設置、フルタイムで働くとして始業時に全員が飲んでカラになったと仮定すると、休憩1時間を含めて終業時間(9時間後)には最大約9L溜まっているはずなので、最大45人が1人200mlの水を飲める。タンク容量と水の生成速度が実際の運用においてボトルネックになる可能性が見えて来た。
「夜の間にそれなりに水が貯まるだろう」とお思いのそこのあなた!この機械はそれなりに電力を消費する(後述)ので24時間つけっぱなしは少し怖い。
現実的に考えて出勤時にON/退勤時にOFFとする場合、1日に生成される水の量はせいぜい9L前後となる。継続的に使う場合は1人200ml飲むとして45人まででちょうど水を切らさず使える感じ。あくまで最大生成量を毎日作れた場合の話だが。
ところでこの水を作る量、外部から給水した場合には速くなるのだろうか。たとえば災害時にも強いことを売りにしているが、河川などから給水しても 1L/時なのだろうか。と気になってサイトを見てもそこは記載されていない。
最初に貼ったNHKの記事では河川などから水を引けば1日600Lの水が作れるとあるので、それを信じるならば24L/時のキャパシティはあると思う。あくまで外部からの給水前提。
次に消費電力。結構、電力食うんすね。二酸化炭素削減とは。平均して500~700Wってなかなかだよ。平均値で~と幅があるのはどういう訳か知らないが200Wも幅があるのはどうなんでしょうね。使わない方がエコなんじゃないですか?
参考までに書くとシンプルタイプの電子レンジの消費電力が500~800Wとされている。平均で同じような範囲ということは常に電子レンジ動かしているレベルってコト・・・?それを1時間動かして1Lの水?「圧倒的コストパフォーマンス」とは何なのか。
その下に小さい字で書いてある注釈、「*※19.52円/kwh[2018年5月31日時点]東京電力の~」はどこに掛かっている注釈なのか分かりづらい。おそらく「月額1,000円ほどの電気代で」の根拠と思われるが、2018年ってもう6年前ですよ?特に最近、電気代が上がっている中で6年も前の単価を使うのは不誠実では。
「東京電力 従量電灯B」で検索して出て来た現在の価格で比較するのが正しいかどうか分からないが、以下のサイトによれば従量電灯B、最初の120kWhまでで29.8円/kWh。少なくとも1.5倍程度の違いはあると思われる。
ところで少し上に戻ると以下のようなセールスポイントが示されている。
水道より電気の方が復旧が早い、というのは事実であろうが、この辺りで示されているのは災害時にいかに水が消費されるか、必要になるか等で、どの程度の消費電力で1日にどの程度の水が浄水できるかは記載されていない。
除湿機能を使用しないならそこまで電力を消費しないのかもしれないが、災害時に電力と水をどのようにして装置へ供給するかは課題があるだろう。普通の浄水器とポンプじゃいかんのか。
結論として、
「取り付けるだけで節電になる謎装置」や以前、自衛隊が導入しかけたNMRパイプテクターなる装置ほど動作原理の説明にデタラメな文言が無く、浄水機能には価値があると思われる。
一方で環境に大きく左右される水の生成量、高い消費電力など、本当にこの装置を使うことが二酸化炭素排出削減に繋がるのか、コストパフォーマンスが良いのか、災害時に活用できるのかは議論の余地があるだろう。
マイボトルは本当にエコなのか
マイボトルを使ってもそれを洗うのに水道水は使うし、ペットボトルより頑丈なステンレスボトルなどはそれ自体の製造や廃棄にそれなりのエネルギーを消費している訳で、マイボトルを使えばエコ、環境負荷軽減になると言い切れるかは怪しいのでは。
身も蓋もないことを言えばSDGsなどビジネスのために作られた潮流であり、本当にエコな、自然と共存する社会を目指すのであればもっと根本的な部分が変わらなければならないだろう。
たとえば電気自動車。エコだとされているが、A地点からB地点まで同じような速度で移動するためにかかるエネルギーはトータルで見て電気とガソリン、それほど違いがあるのだろうか。エネルギー保存の法則的にかかるエネルギーの総量は変わらないのでは。
法的に難しい話にはなるが、職場から半径~km以内に住むことを義務づけるくらいしないと本当の意味で環境負荷は減らないと思う。
しかし人間にはそこまでやる気はない。我々は自覚しているかどうかに関わらず、まだまだ便利な生活環境>>自然環境なのだ。
余談:シリカ水
バカが飲む三大栄養水*2の1つにシリカ水と言うものがある。シリカとはケイ素(Si)のことだが、基本的に意識して摂取する必要のある栄養素ではない。近年、美容業界などで水素水と同じく猛プッシュされているが、訳のわからん水を飲むよりもその辺のミネラルウォーターを飲む方が良いだろう。食品や水道水にもシリカは含まれている。
シリカやケイ素を摂取できるとうたった飲料、健康食品等に関する調査 (PDF)
ちなみにケイ素(シリカ)の地殻含有量つまり地球上に存在する量は酸素に次ぐ2番め。ありふれにありふれた存在。何ならその辺の石ころだって、砂粒だってケイ素が主成分。そんなものを売って金になるのだからボロい商売である。石英(水晶)はSiO2。
そんなシリカ水、近所のスーパーでも堂々と棚にならんでいるから嫌になる。まさに教育の敗北という感じ。人間は無いものねだりな生き物であり、普通の水では満足できないからそういうものを求めるのだろう。ある種のファンタジーであって、大昔の人々の誤った世界への解釈を笑うに笑えない。