ヤマネコ目線

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鬼滅の刃 無限城編第一章の深み

!ネタバレがあります!

 無限城編を3回見たのでXで指摘されていたことの受け売り()も含め、映画の中の小ネタやキャラデザインについて書いてみる。

kimetsu.com

猗窩座という鬼のキャラクターデザイン

 この映画のポスターにもなっている敵であり、もう1人の主人公とも言える鬼、猗窩座(あかざ)。この鬼のキャラクターデザインが深い。ここで軽く猗窩座の人間だった頃のあらすじについて書いておく。

>>>----- 過去編ここから(読み飛ばし用)

 人間だった頃の名は狛治(はくじ)。江戸で貧しい親のもとに生まれ、劇中で描かれている幼少期の時点で母親はおらず、病身の父親の看病をするかたわらで薬代のためにスリを繰り返していた。捕まって刑罰と刺青が増える中、自身の看病への負担やそのために犯罪を繰り返し、刑罰で傷つく子供を見かねた父親は自殺してしまう。

 これに狛治は「貧乏人は生きることすら許されねえのか」と絶望し、所払い(江戸から追放)された後も自暴自棄になって暴れ続けていた。ある日、素手で大人7人を叩きのめした狛治のもとに素流という格闘技の師範、慶蔵(けいぞう)がやってくる。

 子供が大人7人がかりで襲われていると聞いて止めに来た慶蔵だったが、逆に素手で大人7人をのした狛治を気に入り、ボコボコにして自分の道場へと連れ帰った。慶蔵は狛治に1人娘で病身の恋雪(こゆき)の看病と留守番を頼み、恋雪にはその時、頑なに名を名乗らなかった狛治から「名前を聞き出しておいてくれ」と伝えたのだった。

 月日は経ち、恋雪は回復して狛治も慶蔵に反撃できるほど腕を上げた。そこで慶蔵は狛治に恋雪と結婚し、道場をついでくれないかと打診する。罪人として江戸を追放され、自らを誰かが好いてくれることを想像できなかった狛治は父親の「まっとうに生きろ、今ならやり直せる」という遺言を実現できる期待に胸を膨らませていた。

 しかし、狛治が父親の墓参りに行っていた間に事件が起きる。以前より素流の道場をうとましく思っていた近隣の剣術道場の者たちが素流道場の井戸に毒を入れ、慶蔵、恋雪は毒殺されてしまう。自分がいない間に二人を毒殺されたことに狛治は激しい後悔の念と憤りを感じ、自暴自棄になって剣術道場を襲撃、素流を使い素手で67名を殺害したのだった。

 狛治はその後、血まみれの道着のまま行くあてもなく彷徨っているところで鬼の始祖、鬼舞辻無惨*1と邂逅する。無惨に対して技をかけようとしたところ逆に反撃され、大量の血を流し込まれて(無惨の血を流し込まれると鬼になる)血の涙を流しながら鬼となった。

<<<------- ここまで

https://kimetsu.com/anime/mugenjyohen_movie/character/

 まず外観から見ていくと、かなり独特な出で立ちをしていることが分かる。特に目を引くのは全身に入った刺青。鬼は体を切られても肉体が再生する*2。刺青はもともと体の部位ではないので切られて再生した部分にまで刺青が入っているのは本来であればおかしい。腕を切られても顔を切られても刺青も込みで再生する。そもそも生前、ここまで全身に刺青は入っていなかった。

 ここから推察できることは、狛治が猗窩座となる直前で大きな罪の意識にさいなまれていたであろうということ。父親を助けるためとはいえ犯罪を繰り返して結果的に父親を死に追いやり、第二の父とも言える慶蔵や妻である恋雪も守れず、自分だけが生き残ってしまった。そのうえ自暴自棄になって多くの人間を殺害し、流派の名に泥を塗った。こうした罪の意識と刺青=罪人の証という認識が結びつき、猗窩座という鬼の全身に反映されている。「自分自身の存在が罪」とでも言わんばかりに。

 特に手足の指先が黒く染まるくらい刺青が入っており、素手のみで戦う素流で数々の命を奪った意識が出ている点がなかなかハード。

 外見のデザインにおける深みはまだあり、瞳の色は狛治だった頃は青色だったのが、猗窩座は父親と同じ黄色に、髪の色は黒だったのが恋雪の来ていた着物と近い紅梅色になっている。まつ毛や爪の色。羽織?の色も紅梅色。

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 破壊殺・羅針(はかいさつ、らしん。相手の気配を感知する場のようなもの)のイメージである雪の結晶は、小雪が身につけていたカンザシのデザイン+恋雪の名前。

 「破壊殺」という言葉自体は風水由来で、すべての物事がうまくいかない/壊れる方位のこと。これは狛治の人生を暗示していることに加え、羅針板(方位を特定する道具)と相手の攻撃をいかなる方向からでも特定する技、加えていかなる相手も破壊(殺す)ことにも掛かっている。

 そして破壊殺のそれぞれの技名が以下の通り。

  • 羅針
  • 空式
  • 乱式
  • 終式
  • 脚式 冠先割(かむろさきわり)
  • 脚式 流閃群光(りゅうせんぐんこう)
  • 脚式 飛遊星千輪(ひゆうせんりん)
  • 砕式 万葉閃柳(まんようせんやなぎ)
  • 終式・青銀乱残光(あおぎんらんざんこう)

 お分かりだろうか。「空」で「乱」れて「終」わる。これらの技すべてが人間だった頃、恋雪と見た花火が由来となっている。猗窩座、お前って奴は。

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 羽織?の後ろ側にある一見、刺青の1つに見える模様は「孤峰の雪」という香りを表す記号の1つ。恋雪(こゆき)と孤峰の雪(こみねのゆき)がかかっている。恐ろしい。鬼滅の刃にはこうした要素が散りばめられており、作者の教養の深さがうかがえる。そのうえ羽織の模様は孤峰の雪の記号としては逆になっている。これはおそらく愛する人とは真逆の方向へ向かっている(地獄行き)ことを示唆している。

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https://watayax.com/2017/08/25/sannshukou/

 

 ちなみに「逆十字」(聖ペトロ十字)というものがあり、これもたびたび創作作品に登場する。キリストが磔にされた十字架をそのまま逆にしたもので、聖ペトロが処刑されるにあたり「自分がイエスと同じ状態(頭が上の状態)で処刑されるに値しないとして、みずからこの方法を望んだとされる」。シンボルの上下を逆にするということはこうした意図も持ち合わている。

聖ペトロ十字 - Wikipedia

 帯紐の色は青色だが、これは恋雪が着ていた着物(上が紅梅色で下にいくにつれて青色になるグラデーション)と似ている。

 そして立ち振舞い。猗窩座は強い者を好み、強いと認めれば鬼殺隊相手でも称賛して「お前も鬼にならないか」と勧誘する。慶蔵が狛治を門下生になるように誘ったように*3。煉獄杏寿郎のことを覚えており、冨岡義勇との戦いでも義勇の強さを称賛、「名を名乗れ、覚えておきたい」、「何度でも聞いてやるぞ」としきりに相手の名前を聞き出そうとしている。慶蔵が狛治に何度も名前を聞いたように。

 本人は人間だった頃の記憶を無くしていたが、その外見と立ち振舞いは人間だった頃の記憶で構成されている。何もかも無くして鬼となり、守りたいものは既に誰も居ないのに、守れなかった者たちの記憶に身を包んでひたすら強さを求めている。悪役に悲しい過去は余計だという声もあるが、ここまで徹底されるといっそ清々しい。

お手玉の暗喩

 狛治が道場で過ごしているシーンでお手玉が出てくる。1つ、2つ、3つと徐々に増えるが、これは「落としてはいけないもの」=狛治の父、慶蔵、恋雪の命を意味している。最後のシーンではお手玉は3つとも床に落ち、破れてしまっている。

ホオヅキの花言葉

 獪岳*4が人間であった頃の回想で獪岳がホオヅキを見つめているシーンがある。ホオヅキの花言葉には「偽り」「誤魔化し」「浮気」「私を誘って」というものがあり、心に不満があることを誤魔化しながら雷の呼吸を継いだ後で裏切り、鬼となった獪岳にはぴったり。ホオヅキは漢字で書くと鬼灯で「鬼」とも重なる。原作では何もないシーンだったので良い改変だろう。

三途の川で善逸の足に絡まるもの

 三途の川で善逸が師匠と会話するシーンで、善逸は必死に師匠、桑島滋悟郎のもとへ駆け寄ろうとする。しかし善逸の足には何かが絡まってなかなか前へは進めない。この足に絡まっているものは善逸が死なないように処置している愈史郎、励ましている隊士たち。

けんけんぱー

 炭治郎が父との会話を思い出す中で、「感覚を素早く開いたり閉じたり」というセリフが出てくる。そのシーンで炭治郎の兄弟たちが興じている遊びがけんけんぱー。ご存知の通り足を開いたり閉じたりしながらジャンプして前へ進む遊び。こういうところの描写も芸が細かい。

童磨の記憶

 鬼になった者の多くは人間だった頃の記憶を失っている。しかし童磨は劇中で明確に自分が幼い頃からの記憶を語っている。記憶を失っていない。つまり彼は生まれながらにして中身が鬼だったとも言えるだろう。どこまでも機械的で虚無的で共感力が欠如しており、人間(鬼)を演じる機械のような印象を受ける。

 使う術も氷をモチーフにしており、冷め切った感性とよく合っている。

ちなみに

 猗窩座は介護士から人気らしい。確かに完全に業界とは無関係の自分でも映画を見ている時、介護職向いてそうと頭の片隅で思うくらいには向いている。特に介護対象に向き合う時の冷静さというか距離感、共感性。体も鍛え上げられていて身長も高くいかにも頼りになりそうな感じ。

 なお鬼の状態だと日光に当たれば死ぬので夜勤しか出来ない。女性には優しそうだけど男性にはどうかな・・・。

*1:きぶつじむざん

*2:首は除く

*3:他の鬼も勧誘しない訳ではないが猗窩座はとくに勧誘が目立つ

*4:かいがく