ヤマネコ目線

大体独り言、たまに写真その他、レビュー等

AIを使用した被災地の偽画像が出た件

 先日の台風で静岡県はなかなかの被害を受けた訳だが、残念ながらその被災地のものとされるニセ画像をAIで作成、Twitterに投稿した者がおり炎上していた。本人いわくは「いつものノリ」でそういう画像を作成したと言っていたが、やって良い事と悪い事の区別はつけなければならない。

偽画像の見分け方

 まず結論から書けば下記の特徴を見れば見破りやすい。画像生成がStableDiffusion(以下「SD」と書く)でされていることを前提に書いている。

  • 画像サイズが絶妙に小さくないか(特に512ピクセル四方でないか)
  • 画像の縦横のサイズが64の倍数でないか
  • 妙に画質が悪くはないか
  • 人工物や人物の顔などに歪みがないか

 これまでもちょくちょく投稿している通り、SDでは生成できる画像のサイズに1,024ピクセル四方まで、かつ縦横のピクセル数は64の倍数でなければならないという縛りがある。そして一番手軽かつスマホからでも画像を生成する方法はブラウザからSDのdemo版を使うこと。その場合は生成できる画像のサイズが縦横512ピクセルの正方形に固定されているので、疑うべき画像はまずサイズが512ピクセル四方でないか確認した方が良い。それ以外のサイズでも縦横のピクセル数が64の倍数かつ微妙に小さければ疑うべき。

 どのみち1,024ピクセル四方以上の画像は作りづらい(作れない訳ではない)し、今どきのスマホならディスプレイの画素数は横幅でもたいてい1,080ピクセル以上あるはずなので、絶妙に小さい画像は疑ってかかった方が良い。

 妙に画質が悪くないかは画像サイズとほぼ内容がかぶるが、画像は小さければ小さいほど、画質が悪ければ悪いほど誤魔化しが効く。特にスマホの小さい画面でしか写真を見ない人は失礼ながら審美眼が無いので、場合によっては簡単に騙されてしまう。それを狙ってあえて画質を落とす*1ヤツもいるので、「今どきどんなスマホでもこんなクソ画質無いだろ」と思うような画質なら注意すべき。AIによる偽画像以外にも、たとえば写真の無断転載で画質が妙に荒いのはありがち。ウォーターマーク*2Photoshopなどで消して、その粗をカバーするためにあえて画質を落とすような不届き者がいる。というか居た。

 最後に「人工物や人物の顔に歪みがないか」。AIによる画像生成では建物の直線的な部分が妙に歪んだり、画像の中の人物の顔がリアル寄りアニメ寄り関係なくいびつな形になりやすい。よくよく観察すればどこかしらおかしい点に気付くことは出来る。手動で修正をかけていればそれも難しくなるがそれにも限界はある。AIはまだまだ「建物の何にどういう意味があるのか」や、「人間の顔を描く時はどういう年齢の人間をどういう表情で描くべきか」といったことは理解していない。

補足:画像サイズの制約

 1,024ピクセル四方までが最大だとは書いたが、AIによって滑らかかつ高解像度に画像を拡大するサービスあるいはソフトを使えばその限りではない。AIによって生成した画像を拡大し、それを更にFullHD(1,920×1,080)などでトリミングすれば画像サイズは誤魔化しが効く。1,080は64では割り切れないので64の倍数で判別する方法も使えない。ただし、SDで生成した画像は拡大すればするほど細かい部分の粗が目立って来るのでどのみちきちんと観察すれば見破れる。

最後に

 被災地の偽画像を作成するような倫理観に欠けるアホが一番悪いのは当然として、その画像を拡散してしまう人間も悪いと言える。明らかに画質が悪い、画像サイズが小さいのにそれを純粋に被災地の画像だと思って拡散するヤツはバカだとして、分かってて晒し上げるために引用RTなどをするとしても、昔からよく言うように「荒らしに構うヤツも荒らし」。そうやって構う人間がいるからアホがますます調子に乗る。黙ってスパブロ(報告してブロック)するのが一番良い。

 それにしても、被災地の写真をAIで生成するのは褒められた事ではないがある意味では良い線を行っている。というのも前述した通り人工物であれば直線が歪みがちなのでAIによる画像生成は粗が目立ちやすい。しかし災害にあった後の風景ならば多少、場面が荒れていても粗は目立たない。人間もいる必要がない。なのでそうした風景をイラストの背景素材として作りたい場合はSDは有効だったりする。私は何度か荒廃した遺跡のイラストなどを生成させているがなかなかのもの。それにしても、なぜたとえ悪ふざけでも被災地の画像など台風で静岡県が大変な時に流そうとした・・・。

余談

 被災地絡みで見かけたが何だコイツ・・・Twitter覗いたら本当にいろいろ酷くて絶句した。ネタでやってるにしても無いわ。こんなのが保守、右翼だと思われたらたまったものではない。

*1:JPEGでノイズを乗せたり

*2:写真を撮った人の名前などの透かし

国葬が終わって

 安倍元総理の国葬が終わった。日本人の悪いところと言うか国民性というか、「無事に終わったら良かったことにする」というのが出て来ないか心配している。岸田政権は国葬の日程などを拙速に決めて批判を浴びたが、結局「終わってしまえばこっちのもの。テレビの報道でも一般献花の列などを映してもらって国民はそれで落ち着くだろう」、そう思っているに違いない。

国会での時間が浪費されるという批判について

 一部では国葬に関する議論・追及に国会の時間を費やすことに批判的な人間がいるが、ここまで国民が分断され、批判的な意見が高まったのはひとえに岸田総理の不手際、拙速さゆえである。国会の時間がムダになるというが、その責任は野党ばかりにある訳ではない。一番の原因は岸田政権、自民党にある。

 もっとも、事前に国会を通そうとしても野党がゴネてグダグダしたであろう事は否定しない。その辺りは統一教会問題も絡んで来るだろうから、岸田政権の動きはそういう追及から逃げるためとも取れる。

国葬そのものへの是非について

 私は消極的賛成派だったというか、岸田政権が早々に日程を決めて他国への連絡までしてしまったので、やるならやるで仕方ないが勝手なことをした事への追及はすべき、という立場。今もそれは変わらない。何にせよ国葬決定までのプロセスに問題が無かったとは言わせないし、費用も最初から2.5億円だのと嘘をついていた不誠実さ。統一教会問題への不誠実さが許せない。不信感しか無い。他国へ迷惑がかかるのを嫌う日本人の性質を利用し、さっさと「連絡まで済ませたから」と言う小賢しさ、心の底から軽蔑する。肝心なことは検討検討また検討の検討使なくせによくそういう事だけはさっと決められるのな。

 法的根拠が無いことについて「国葬」ではなく「国葬」として逃げた点も感心しない。法的根拠が無いと批判を受けたので、内閣府設置法における「儀式」の範囲内ですよ、というロジックで逃げるために名称を変えたに過ぎない。実質的にその内容や費用の出どころが変わった訳でも何でもない。その辺りを無条件に肯定している人間はどういうつもりなのか。まあ、出来なくも無いかも知れないが苦しい言い訳だと思う。最高裁違憲判決を出していないが具体的な理由を明らかにせず原告側の申し立てを棄却しており、私から見ればただの逃げ。

 弔問外交としての意義は無かったとは言わないが、直前には国連総会もあったしG7の現役指導者は呼べなかった。インドのモディ首相が来てくれて助かったな、という感じ。無意味ではないにせよ、それって国葬でしか出来ないことでしたか?

 一般献花に約2万人が訪れたことは良かったのかも知れない。長く首相を務めた人物だけのことはある。どんな人物でも「死ねば仏」として弔うのが日本人の精神であり、純粋な追悼の意をもって訪れた人は多かっただろう。

 ただし一部のエセ保守が使う世論調査では反対が6割だったのに当日は反対派より献花する人の方が圧倒的に多かった(だから世論調査なんて嘘っぱち、賛成派が多数だったに違いない)」というようなバカの戯言はいい加減にして欲しい。国葬当日は9月27日(火)、平日である。反対であってもわざわざ休みを取って現地まで行くほどパッションのある人間は少ない。と言うか、たとえ休日でも現地まで行ってデモに参加する人間は少数派だろう。一部の過激派は顰蹙を買っているレベルだし、そういう連中と同じに見られたくないという人もいる。

 世論調査は全国区なので、全国区で反対が多くても当日に現地まで駆けつける反対派の人間が少ないのは当然。逆に平日の昼間から3kmの長さ、2万人の一般献花の列の方が私には異様に思える。先述したように純粋に追悼の意をもって並んだ人もいるだろうが、テレビでの見栄えを重視するために統一教会パソナの動員があったのでは無いかと思ってしまう。実際はどうか知らないが、そういう事をするのが彼らだと私は思っている。でもデマ拡散はダメ、ゼッタイ。

権力の暴走はこういう所から始まる

 「多少好き勝手にやっても終わってしまえば許してもらえる」、そういう所から権力の暴走は始まるのだろう。今までもそういう事はあったが、安全保障において必要な範囲、あるいは慣例的にしていた部分の見直しに留まっていた。それを許して来たから今回、こういう事が起こっているのかも知れない。何だかんだ言っても最後は許してくれる、忘れて支持してくれる、そういう国民がいれば権力者は甘える。

 「終わった事にごちゃごちゃ言うな」、そう言って政府が勝手なことをしても許してしまっていては今後、このような事がどこで出てくるか分からない。もっと酷い形で出てくるかも知れない。何だかんだ言ってなあなあで済ませる、許してくれる国民は人は良いかも知れないが愚かであり、権力者にとっては好都合。それで苦しめられるのは他でもない国民自身だと言うのに。

国葬は勝手に決められるのに解散命令は出せない政府

 統一教会問題までも国葬で葬ることは出来ない。させてはならない。エセ保守は「いつまで言ってるんだ」などと言って批判を封殺にかかっているがそんなもの、いつまでも言われるに決まっているしいつまでも言い続けてやる。

 岸田政権は国葬は早々に勝手に決めてしまった一方で、統一教会への解散命令は出していない。文化庁はいろいろと言い訳を並べて解散命令は出せないと言う。カルト団体でも信教の自由が~幹部が逮捕されていないから~、私から言わせればそれはただ「やる気が無いだけ」にすぎない。自民党は結局、これだけ誤魔化しきれない状況になっても統一教会と手を切るつもりは無いのである。萩生田がまだのうのうと内閣に在籍し、国葬が終わってからも謎の上から目線でコメントしているのを見るとそう思う。それもある種、すぐ忘れる、終わったら許す愚かな国民だから舐められている訳だ。バカな国民は次の衆院選挙までにはころっと忘れる。そう思われている。

 統一教会問題は反社会的勢力と同レベルの厳しさをもって対応すべきであり、少しでも関わりのある人間は許すべきではない。あるいは厳しく監視しておくべきである。もちろん与野党を問わず、徹底的にやるべきだ。統一教会の幹部が逮捕されておらずとも、あるいは「統一教会」としてのトラブルが減っていようとカルトはカルト。九州大学の非公認サークルが問題になったように名前をころころ変えて、組織の形態を変えてあらゆる場所に韓国発祥のカルト団体が潜んでいる。良い機会なので徹底的に洗い出して叩かなければならない。信教の自由が適用されるべきなのはまともな宗教についてのみ。

何にせよ

 終わってしまったのでそれで気勢を殺がれる人は多いだろう。しかしこうした好き勝手を許していてはろくな事がない。これで「統一教会問題も終わり」とはいかない。インボイス制度やAV新法といった悪法が次々と登場し、アベノミクスは振り返ってみれば効果なし、少子高齢化は止まらない。世の中はどんどん悪くなって来ている。次の選挙は自民党の葬式にすべきだ。

 私は右寄りでこれまで「サヨクが反対しているならその逆を行くのが正解だろう」、という安直な流され方をした時もあった。実際それで良かった面もあるが、いよいよそれでは済まされないレベルまで来ている感じがする。右左関係なくしっかりと自分の頭で考え、眼で見てダメなものはダメ、斬るべきものは斬る姿勢を取って行きたい。

インボイス制度とは何か

 インボイス制度、最近ちょくちょく話題になりながらもあまり気にしていない人は多いのではないだろうか。今回はそのインボイス制度について簡単に書いてみたいと思う。

*後半に行くほど怒りのボルテージが上がっているのでご了承ください

実質的な消費増税

 極限まで簡単に書けば、「消費税の制度をより厳しくして消費税増税をしましょう」という話。消費税率を上げるとなると反発がかなり強くなるし、おそらく解散総選挙で国民に信を問わないといけない。それを避けて何とか消費税を上げようと官僚か誰かが厭らしい頭を捻った結果、出てきたのがインボイス制度だと言える。

 消費税率が変わる訳ではないので消費者としては特に影響がない。そう、消費者としては。しかし事業主あるいは個人事業主としてはかなり影響のある話であり、フリーランス潰しとも言われているのはこの点にある。働いている人の中で事務作業に関わっていない人には関係が薄いが、事務作業も後述するように確実に増える。税収見込みとしては財務省の試算では2,400億円程度とされている。財務省の試算をどこまで信用するかはともかく、何はどうあれ実質的な消費増税が進んでいるのが現実。消費税というのは逆進課税(貧乏ほど負担が大きく、富裕層ほど負担が軽い)なのだが、この世界情勢、この経済情勢においてそれをさらに強化する流れが出来ていること、もっと国民は危機感を持つべきだろう。

いやらしい制度設計

 「仕入税額控除」という用語がある。簡単に言えば消費税を払った分、預かった分で差し引きして納付してもいいよ、という仕組みのこと。これは別に良いのだがまず最初に解説しておく。下の模式図で考えてみると

 自分自身がB社の立場だったとしよう。メーカーAから商品を仕入れた時に支払った消費税が500円。その商品を売った時に受け取った消費税が1,000円だったとする。消費税はいくら払うべきですか?1,000円もらったけど先に500円払っているので残り500円を納付すれば良いですね。というのが「仕入税額控除」。すごく簡単に言えば。

 もしメーカーAが免税事業者だった場合もその点は同じ。小売業B社としてはメーカーAに消費税を払っているので、その分を差し引いた消費税500円しか納付する義務は無い。

 一方でメーカーAの立場からすれば、もし免税事業者であれば消費税納付の義務が無いのでB社から受け取った消費税500円は納付する義務がない。これが「消費税分ズルしてきた、得をしてきたんだろ」と言われる点。だが考えてみて欲しい。そもそも免税事業者は課税売上高が1,000万円に満たない事業者であり、そうした規模の事業者がそうした差額分で得をしたとしても単純計算で1,000万の10%として100万円が限度。そうした部分でこれまで増えたコストを吸収、小売価格を抑制して来た面があると考えるとむしろ少ない部類ではないか。商売人はそういう点も加味して単価交渉をするのでズルだの得してただのと抜かすのはお門違いである。

 これがインボイス制度が始まってから変わる。具体的に言えば免税事業者からの仕入れについては消費税の差し引きが出来なくなる。*1上の模式図の場合で言えばメーカーAが免税事業者だった場合、先に支払った500円の消費税は引けなくなる。B社にとっては納めるべき消費税が増える。となればB社にとっては負担が増える訳で、免税事業主とは取引しないのが得策になってくる。*2ここが非常にいやらしい。ゲーム理論的に免税事業者を減らそう、取引させないようにして潰してしまおう、そういう魂胆である。

 今の免税事業者が課税事業者になろうがなるまいが免税事業者の仕入税額控除を廃止し、とにかく課税事業者に消費税を収めさせる制度なのでどのみち政府は消費税を取りっぱぐれる事がない。

 立場の弱いフリーランスなどの場合、「免税事業主のまま取引を続けてやるから、仕入税額控除ができない分を値引きしろ」と言われかねないだろう。ただでさえコストカットのために割を食っている小さい下請けや個人事業主が結局は割を食う。消費者は値上げをすると如実に商品を買わなくなるので大手の小売店はこの状況下にあっても未だに値下げ合戦に躍起であるし、そうなれば増税分の負担はそういった弱い立場の事業者に行くことになる。となれば、そこでもう耐えきれなくなって廃業しますというのも増えて来るだろう。これまで縁の下も縁の下でコストを甘んじて受け入れ、社会を末端で支えていた部分が潰れていく。そうなるとどうなるか。これからが楽しみだなクソ自◯党。

 話が逸れたが結局、免税事業者からすれば道は2つに1つ。課税事業者となってキッチリと消費税を納めるか、免税事業者のままゆるやかにタヒんでいくか。免税事業者のままでも数年は経過措置として仕入税額控除が認められるらしい。ただし80%。そこから段階的に50%、0%と控除できる割合が引き下げられて行く。当面は免税事業者で行くとしても、その間に腹をくくって廃業するのか課税事業者になるのかを決めなければいけない。

 こうした話は1消費者としての我々と決して無関係でもない。これまで甘んじて消費税で得する分、コスト増を受け入れていた免税事業者が軒並み課税事業者に変わり、その分が小売価格に反映されるようになれば結局は増税と変わりない。何なら小売価格が上がればそれだけ消費税も上がる訳で、世界情勢が不安定化してただでさえ物価が上がって来ている昨今、この制度を考えたヤツは悪魔としか思えない。

適格請求書などの事務処理が煩雑

 インボイス制度に伴って適格請求書発行事業者だの、電子帳簿保存法だのという面倒臭い制度が次々に出てきている。経理としては増税のためにさらに余計な事務処理まで増やしてくれた自民党には憎しみしか湧かない*3が、それはひとまず置いて何が面倒なのか説明して行こう。

 まずインボイス制度が本格的に始まれば、「適格請求書」という記載すべき内容を満たした請求書の発行が必要になる。多少の変更はあれど、内容的にはこれまでの請求書様式から変えるべき点が少ないので別に苦ではない。しかしここで相手が値引きや返品で請求金額と異なる金額を支払って来た場合、その内容を反映した修正版の請求書を再発行しなければならなくなる。バカかよ。どこまで手間かけさせる気だ。

 ちなみに銀行振込の場合、会社にもよるだろうが振込手数料は差し引いて支払うことが多い。その場合の取り扱いについてはまだ現時点でハッキリしていないらしい。バカかよ!

 また、適格請求書発行事業者として認められるためにはそのための申請が必要になる訳だが、そこで発行される「適格請求書発行事業者番号」という番号、なんと法人番号(法人のマイナンバー13桁)の頭にTを付けただけである。おそらく「適格」の「T」。アホくさ。逆に言えば申請せずともすでに交付されている法人番号の頭にTを付ければ適格請求書発行事業者でなくともそれっぽく偽装できてしまう。バカかよ!!

 なので経理本当に取引相手が課税事業者かつ適格請求書発行事業者番号を取得しているかを確認するために、国税庁の検索データベースサイトにアクセスして1件1件確認する必要がある。0からマイナンバー的な事業者番号を発行・交付するよりは手間と金がかからないのか知らないが、まあ余計な手間を増やしてくれるよね。

 それ以外にも取引先がまず免税事業者なのか、課税事業者なのかの確認がまず必要になる。私の会社はまだそこまで取引先が多くないのでマシではあるが、これが多い企業だと事務負担はかなり増えるだろう。

 税金も事務負担も増やしてくれてありがとう自民党!これで日本の未来は明るいね!◯ね!「日本◯ね」じゃねえ、自民党◯ね!

余談:投票に行け

 我々が次の選挙でやるべきは1にも2にも投票に行くこと。「どうせ何も変わらない」、「世代別の人口でどうあがいても上の世代には勝てない」、そう言う人間もいるだろう。しかしそういった戦況はどうあれ、国民としてしっかりと意思表示をしていく必要がある。以前も試算したが、投票率が52%と80%とでは有権者をざっくり1億人と近似して約2,800万人の差が生まれる。「どうせ何も変わらない」、そう言って選挙に行かない人間が積み重なればそれだけの数字になって来る。

 何より投票率が低ければ組織票が有利になる。愚かな日本国民が「どうせ何も変わらない」と言って投票という最低限の義務すら放棄する一方、統一教会の信者たちは安倍元総理の意向のもとせっせと投票に足を運んでいた訳で、今後はそのような組織票(特に統一教会)が有利になる状況を許してはならない。

インボイス制度を考えたヤツは地獄に落ちろ。赤熱した貨幣で焼かれろ

*1:経過措置はあるが

*2:取引相手にもよるだろうが

*3:インボイス以外にも何かにつけて余計な手間ばっか増やしやがって。◯ねよマジで

ペットにすべきでない動物たち

 動物園にいるとたびたび展示されている動物を見ては「飼いたい」と口にする人間がいる。子供が安易に言う分には良いが、中には本気で飼おうとする人間もいるので困ったものである。

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野生動物であって家畜ではない

 野生動物の中にはとても可愛らしい種類もいるが、彼らはあくまで野生の厳しい世界を生きる者であって我々ニンゲンとは違う。イエネコや犬のように家畜化された種類ならまだしも、そうでない種については飼うべきではない。

 上の記事ではカワウソだが、他にもスナネコ、マヌルネコサーバルスローロリスフェネックなどといった比較的小型かつ家畜に似ている種類の動物は飼いたいと言うニンゲンが多い。

 しかし野生動物はどこまでいっても野生動物。大抵は気性が荒いしニンゲンとうまく共存して来た訳でもない。マヌルネコに至っては生息地が病原菌の少ない高地なので病気に弱く、雑菌だらけのニンゲンなど向こうからお断りなレベル。

エサが用意しづらい

 家畜以外をペットにすべきでない理由その1。一般的な犬・ネコ用のエサで代用できるならまだマシだが、野生動物のエサは大体が家庭では用意しづらい。野生のネコ科動物は生肉や冷凍ひよこなど、カワウソなら生魚などを食べる訳だがそれを家庭で用意するとなるとなかなか食費がかさむ。マヌルネコに関しては先ほども書いたが免疫力が弱いので、おそらく動物園でも相当に気をつかっている筈。

 私は小さい頃にわがままを言ってサソリを飼わせてもらったが、あれはあれで生きたエサしか食べない*1ので苦労した。食べるものに困らせてしまうという時点でそういう生き物は飼うべきではない。

 話は違うがうちの実家はド田舎で、ネコはほぼ放し飼い状態になっている。彼らは家畜ではあるがハンターとしての野生は残っており、十分なキャットフードがあるにも関わらず時に野鳩やネズミを獲っては一部を食べたりしている。一番身近な部類のイエネコでさえそういう所の感覚は我々とかけ離れている。

環境が用意しづらい

 上のカワウソの記事では「水道代が月10万」との話があるが、他の動物も種類によってはそれくらい覚悟すべきだろう。特に温暖な気候にいる動物が日本の厳しい冬に耐えることは当然難しい。暖房を24時間適温になるようにつけっぱなしにするだけの経済力はあるか。あるいはその逆で寒冷な地域に住む生き物の場合はどうか。

 動物の種類によっては特定動物として飼育環境に規制がある。そもそも特定動物の場合は愛玩目的での飼育は禁止されている訳だが、飼育環境(ケージや拘束の規定など)を鑑みても個人で飼育することは難しい。経済的あるいは物理的な側面から見て、野生動物を飼育して良いのは動物園くらいだろう。

最後まで面倒を見きれない

 熱帯魚なんかでもよくある話。思ったよりも大きくなってしまったといった程度の理由で、その辺の川に熱帯魚が放流された結果がどうなったかは鉄腕DASHを見ていればおわかりの通り。沖縄ではプレコストムス(いわゆるプレコ)が繁殖している。その他、問題になっている外来種は大体が最後まで面倒を見ないクソバカ人間のせいであり、環境保護の観点からして良くない。

 天才志村動物園のパンくん(チンパンジー)も、歳を重ねるにつれて凶暴になっていったためにテレビの出演が無くなったと言われている。最初は可愛くても最後まで面倒を見るとなると、野生動物は家畜よりも大変であることに間違いないだろう。種類によっては獣医でも専門外であろうし、その場合はより費用が嵩んだり治療自体が受けられない可能性もある。

動物に対する福祉

 ペットを飼うにおいて最も重要なのは、ペットも人間もお互いがWin-Winな関係を築くことだろう。そのためには強い立場にある人類が動物にとっての幸福や在り方を尊重する必要がある。命を預かる以上はその命を尊重し、尊び、慈しみ、最後まで付きそわなければならない。飽きたから、お金がないから、大きくなったから、その他の理由で一度預かった命をまるでその辺のおもちゃを投げ出すように捨てるのは人として最低である。種によっては人間を噛んだ場合に安全なようにと牙を折られたりする場合もあり、そういった点でも最悪。

 一部ではスナネコを猫カフェに入れようという不届きな金儲けしか考えていない輩がいるようだがとんでもない。本当に勘弁してあげて欲しい。野生動物は本来であれば野山を自由に駆け回っている存在であって、人間の金儲けの道具でも何でもない。猫カフェはイエネコだけで十分だろ。なぜそこで気性の荒いスナネコを見た目だけで飼おうとするのか。

 動物園などがまだ許されているのは、世界にいる生き物を実際に見られる”学習の場”としての意義があるため。また、動物園という特殊な環境で家庭よりは絶対的に適切な環境・食料・医療が提供される点も大きい。パンダは客寄せとして使われる場合もあるが集客による収益が動物側に還元される面も大きいので、先に述べた単なる利益至上主義の施設とは違う。

神戸市立王子動物園マヌルネコ、イーリス(♂)

 因みに私のuserアイコンはこの子。王子動物園マヌルネコ、イーリス君。彼を撮るためにフルサイズミラーレス一眼を買ってしまった。マヌルネコは比較的小さいヤマネコだが、先に述べた通り免疫が弱いので人間とは一緒に住めない。飼育員さんですら直接は触れないようにしている。当然、来園者が触れることも許されない。こんなにも可愛いモフモフなのに気性は荒いわ触らせてくれない生殺しだわ、でも見ているだけでもとても癒やされる生き物。

 野生動物は飼うのではなく動物園などに会いに行きましょう。

 フラッシュ撮影・AF補助光は厳禁

*1:視力が弱く、腹にある櫛状の器官で獲物が歩く振動を検知してそこへ向かって行って捕食するのが彼らのスタイル

ゴーカートの事故

 ゴーカートの事故があったので少し調べてみた。元ニュースについては下記リンク参照。

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本格的なレース仕様

 「ゴーカート」と表記している場合もあれば上の記事のように「レーシングカート」と表記されている場合もあり、何が違うの?という話だが、遊園地などで遊ぶための最高速度が遅めのカートを「ゴーカート」、最高速度の速いレース向けのカートを「レーシングカート」と呼ぶらしい。大きな括りで言えば「カート」。ゴーカートでも一応、最高速度30km/hくらいは出るらしいが。

 今回の事故が起きたのはレーシングカートでのレース中だった訳だが、上の記事内にある写真を見る限り素人目に見ても簡易なバリケードでコースが作られていることが分かる。それも外周全てを囲っている訳では無いとみられる。

上リンク記事より

 事故の詳細な情報(特にコースの全体像)はこの記事が詳しい。

news.yahoo.co.jp

コース模式図:上記記事より

 上の記事内、コース全体像の模式図がこれ。本格的なレースをするのであれば、バリケードでコースの少なくとも外側全周を囲うべきではなかったのだろうか。特にピット付近だからと一番コースアウトしやすい角部分をカラーコーンにしていたらしき感じが最悪。「ピット付近なら減速するだろう」という運営側の「だろう運転」が今回の事故を招いたとも言える。

 カーブを曲がりきれずにコースアウトした場合、もちろんカーブの外側が一番の危険地帯になる訳で、そういった場所に観客を入れないようにすることも運営側の責任である筈。上の模式図を見る限りコースアウトしづらい直線コースの横ではなく、一番長い直線からのカーブの先に観客席があった訳で、これが運営側の最大の落ち度のように思う。ただこういったイベントでも冷静にどういった場所が危険かを考え、回避する力は身につけたいとも思う。

余談:リスク管理

 中にはゴーカートを運転していた11歳女児を責める声もあったようだが、もし事故が起こっても安全性を最大限に保つことが運営側の責任ではないだろうか。そもそも11歳女児を40km/h出せるカートに乗せるのもどうかと思うが。何にせよフェイルセーフの考え方が徹底できていなかったのではないか。事故後の説明も反発を生んだだけで、その辺りのリスク管理も出来ていない。

 同じような時期にはTwitter矢沢永吉氏が若干燃えて?いた。台風が直撃する中でコンサートを強行し、帰宅難民が続出したからだ。ファンには「無理にでも来るかキャンセルして返金を受けるか」の選択肢があったと言うが、その「選択肢を与える」というやり方が少々ズルいように私は思う。熱烈なファンならば矢沢氏がやると言えば行くだろう。その結果として帰宅難民になろうとも、台風でどんな危険に晒されようと。その辺りは大人なのでファン自身で判断が出来ると言えば出来る。が、そうした判断をする責任をファンに転嫁しているようで私はあまり良い選択と思えない。ファンかそうでないかで見方が違って来るのだろうが、イベントを主催する側がそうした責任から逃れようとするのは良いのだろうか。まあ、昨今は何でも自己責任の時代だし、どんどんそういう感じになって行くのかなあ・・・。

等身大初音ミクはディズニーランドに入れない

 書き散らし。ディズニーランドに初音ミク等身大フィギュアを「妻」として持ち込もうとした男がいて悪い意味で話題になっていた。

ディズニー側の反応は当然

 当の本人は「ディズニーは性的指向に理解ある方だと思っていた」とか何とか言っているらしいが、今回のディズニー側の反応は至極当然と言える。

 いろいろ言いたい事はあるが、まずディズニーはディズニーの世界観を大切にしている。ディズニ―ランドあるいはシーの中にいる間は来園者が夢の国の中にいられるように務めるのが彼らのこだわりであり、それはあらゆる点で徹底している。園内の蚊を撲滅しようとずっと戦ってきたし、日本では着ぐるみのパフォーマーが水中に落下した際、本来であれば着ぐるみを脱ぐべきところを脱がずに泳ぎきって陸に上がるなど、その精神は異常なレベルで徹底している(もっとも、水中に落ちた場合でも着ぐるみを脱がないのはアメリカでは大問題だろうが)。鉄の掟怖すぎ

 そこまでして世界観を守っているディズニーランドに初音ミク、それも等身大のフィギュアを持ち込めばどうなるだろうか。たいていの人はぎょっとする。私だってオタクの端くれだがぎょっとしてしまう。一般人ならなおさらであるし、そこでディズニーの世界観から少し覚めてしまう人だって居るだろう。まずもってディズニーの世界観を壊さない、他人がディズニーの世界観に浸るのを邪魔しない、そういった原則に”初音ミクと結婚した人”の要望は反している。ディズニー側からの回答では「ぬいぐるみなら大丈夫です」と譲歩までしてもらっている訳だが、それで納得できないのが理解できない。初音ミクの分の入場料も払うとか閑散期に行きたいとか書いているが、根本的にそういう問題ではない。

 次点で安全面の問題もある。初音ミク等身大フィギュア人間向けのアトラクションに対してその強度が保証されていない。おそらくこういう人間は「一緒にアトラクションに乗って記念撮影も撮りたい」とか言い出すだろうが、そうなった場合に他の来園者の安全を保障することが出来なくなる。コースターなどに乗っている間にどこかのパーツが外れて飛んで行ったらどうなるか。もしそれが他の来園者やスタッフに当たったら?そうでなくとも、等身大フィギュアは実体がありかなり嵩張る。特に初音ミク自慢のツインテールはかなり左右に幅を取る。どこでどんなトラブルが発生するか予測できたものではない。本人にとっては二次元嫁の依代でも園側にはリスクの塊でしかない。

 何より「初音ミクと結婚した」と言っているのはあくまで本人の主張であり、公的に初音ミクが配偶者と認められている訳ではない。そもそも人間以外が配偶者と認められたケースってあるんだろうか・・・同性愛者でも結婚という制度から除外されているのに。別に主張するのは自由だし、それこそ昔からよくある「~は俺の嫁」の延長線にいる人なのだろうが、オタクとして言わせてもらうならもう少しうまく穏便にやれよ」に尽きる。数年後にまた問い合わせるとか書いてたが、もしこれを通してしまったら真似するヤツが出てくるだろうから園側としては絶対に許可しないだろう。今流行り?のAR(拡張現実)でどうこうするとか他にやりようあるだろ・・・。

 まあ、男が1人でディズニー行くのはかなりハードルが高いというのは理解するが。迷惑がかからない方法を考えてもそれは傍から見れば「男1人でディズニー来てる」だけなので、心理的なハードルは高いように思う。でもそこで等身大フィギュアを連れて行くのは私から言わせればもっと心理的ハードルが高いので、それが平気なあたり少しその辺の間隔がズレた人なのだろう。

余談:一人身は選択肢が狭い

 私はお察しの通りな人間なので一緒にUSJに行く相手も一緒にディズニー行く相手もおりません。なのでその辺りの選択肢の狭さというか、楽しそうな場所があることは知っていてもそこに一人では行きづらいので結局は行けない、指をくわえて見ているだけの辛さは理解できる。動物園くらいなら一人で行けるようになったが(推しのマヌルネコがいるので心理的負荷はどうとでもなる)、さすがに男1人で遊園地は無理。カップルや親子連れを見ると「ああ、自分もああいう人生を送れたら良かったな・・・」と思ってしまってゴリゴリ精神が削れていく。精神的に◯にに行くようなもん。女子は良いよなあ・・・その辺あまり気にしなくていいだろうし。

英国の国葬と同列に語るな

 書き散らし。自民党の石破前幹事長がエリザベス女王国葬について「事前に議会の承認があった』との事実誤認があった」と過去の発言を訂正・陳謝した。

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それはそれとして

 はっきり言って石破氏の発言はどうでも良いと思うのだが、それよりも安倍元総理の国葬を議論する上でエリザベス女王国葬を引き合いに出し、あたかも同列に語るかのような議論が自民党内であることに驚きと違和感を覚えずにはいられない。安倍元総理とエリザベス女王だといくらなんでも格が違い過ぎるだろ!

 時期が近いし「国葬」という名称からどうしても名前が出るのは仕方ないのかも知れないが、エリザベス女王は王族でありその葬儀は日本で言えば皇室におけるそれに当たる。費用面で引き合いに出された「大喪の礼」は皇室典範にそれを行うことが事前に定められており、格式もその辺りの違いも無視した議論は事実誤認どころの話ではない。いくら非業の死を遂げたとはいえ、あくまで民間から選ばれた宰相とは扱いが違ってしかるべき。自分たち(=自民党)や日本政府の決定に都合のいい議論をしようとしてもはや根本から間違っている。

 石破氏は「エリザベス女王国葬が議会の承認を得ていたと勘違いしていた」として謝罪したが、女王が亡くなられてから議会での承認がなされないのは当然。女王が逝去されてからの連絡から葬儀にいたるまでのプロセスは事前にイギリス政府が周到な準備をしていたからである。それも1960年代から準備が進んでいた。根回しどころか衝動的に国葬を決めて各国に連絡までした岸田政権とはまったく違う。

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安倍元総理の国葬について

 前々から書いている?通り国葬は今さら止めることは出来ないのでやるだけやらせてから、後からででもここまで拙速な判断をした責任を岸田内閣および自民党に取ってもらうほかない。終わったことに文句を言うなは通用せんぞ。「もう決まったことに文句をいうな」からの「終わったことに文句を言うな」の批判封殺コンボはエセ保守カスが自己正当化のために使う論法だが、それは一般的には通用しない。交通事故を起こした後にもそれ言ってみろよ。通用すればいいな?責任問題でそんな論法、どんな場所でも通用しないと思うけど。

 安倍元総理は統一教会の広告塔であったしそれで山上容疑者に目をつけられたのは確かだが、あの最期を見るに政府の事の運びようによってはここまで反発が強まることも無かったはず。暗殺直後、一部のアンチ安倍を除けば多くの日本国民はまだ安倍元総理に同情的であったわけで・・・。

 そこを衝動的に国葬の日程は決めるわ、「各国に連絡したからもう遅い」と言わんばかりに他人に迷惑をかけることを嫌う日本人の性を逆手に取って見え透いた後出しをしてくるわ、国葬の費用はべらぼうに高いわ、あげく業者まで桜を見る会の業者に利益誘導するわ(入札期間わずか2日)、なーにをやってるんだこのバカどもがと言いたくなる。ついでに言えば統一教会問題が明らかになった後でも壺議員を入閣させたしな。

 日本はどんな悪人でも死ねば仏の文化であり、安倍元総理に対してもいろいろあったが追悼はやぶさかではないと言う人は多かっただろうに、そこを普段は検討検討また検討な検討使のくせになぜ拙速に決めてしまったのか。

 余談だが私はあくまで国葬当日は大人の対応を取るべき派。別にそこであえてデモをするのもある種の民主主義だし、そこまでされるような事の運び方をした日本政府も悪いので止めはしないが、どんな形であれ追悼行事で他国からの来賓がある以上はそこで騒ぐのも大人げないというか恥ずかしい。過激な反対派はそれでもデモなどをやるのだろうが、それを見た世間一般の人間は普通に引く。ドン引きする。それが分からないから彼らはいつまで経ってもノイジーマイノリティなのだが。