ヤマネコ目線

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日本人武士はなぜ天皇に成り代わらなかったのか

 が中国人あたりには不思議らしい、というのを見て改めてその辺りを再認識しようと書いてみる。なお、私は無神論者だが神道に対する信仰は否定しないし、ここでもあくまで神道を信ずる者の立場で書く。異論がある箇所はあるかも知れないが「そういう事にしておく」というのも大事だし、無神論者と言いながら神社に行ったり出来るゆるい信仰が日本の良いところ。

「長い、三行で」
  • 打倒しても神道における信仰までは奪えないから
  • 権力闘争において武士は天皇と対等では無かったから
  • 武士にとっては天皇が居た方が都合が良かったから
天皇の立ち位置

 日本における天皇という地位は神道における神聖性と切り離すことが出来ない。天皇家は神話の人物と王族(便宜的にそう記載する)が直接的に繋がる世界でも稀な事例であり、天照大御神の子孫として代々続いて来たことにこそ意味がある。現在の憲法でも祭祀が天皇の仕事であることは変わりなく、この点も世界的に見て珍しいらしい。言われてみればイギリス王室やその他の王族が祭祀を執り行っているイメージは無い。

 天皇を打倒したところで天皇(≒神道)に対する信仰を奪える訳では無い。たとえ打倒したからと言ってその人が神話の人物と結びつくかと言われれば否であるし、むしろ神道を信仰する人々から反感を買うことになるのは想像に難くない。

 他の宗教で言えば「なぜ時の権力者はイエス・キリストを殺して彼に代わろうとしなかったのか」と問うようなもの。答えは簡単、「打倒しても代われないから」。成る/成れないの問題ではない。

権力の流れ

 中国の皇帝あたりと決定的に異なる点は政治的な実権の無さだろう。中国人からすれば皇帝=権力のトップであり、天皇と皇帝を同じようなものとして考えるので混乱する。

 日本においてはヤマト王権(豪族連合政権)が成立し、そこから飛鳥時代奈良時代平安時代と主に中国などから文化的影響を受けながら順調に(?)中央集権国家が成立した。この中で天皇の地位は既に確立されており、紀元前から戦国時代に入っている中国とは根本的に権力闘争の流れが異なる。

 くれぐれも言っておくが、こうした流れをもってして「日本人は平和的な民族である」などと書くつもりは無い。中国が戦国時代を経てある程度安定した政治体制を構築し、日本はそれに倣うことで早期に安定した政治体制が構築出来たとも考えられる。たとえば大宝律令は唐律(古代中国の法律)に影響を受けている。ヤマト王権は2世紀から、中国の戦国時代は紀元前460年あたりから。

 話がそれたが、平安時代にかけて安定した国家体制が構築された後で武士の台頭が始まる。武士の起源については諸説あるようだが、ここでは最初期の武家政権誕生に関与するのは軍事貴族であるとの説を採用する。

 平安時代までの体制では軍事的な動員をかける場合、政治体制の上の方にお伺いを立てる必要があって面倒だった。しかし盗賊や農民の浮浪・逃亡など軍事的な動員が必要になることは増えていた。そこで下級貴族にある程度の軍事的な権限を移譲し、しかるべき対応をさせることにした。これが藤原氏平氏、源氏といった軍事貴族の登場に繋がる。

 特に平清盛保元の乱平治の乱で朝廷内部の権力闘争の解消に貢献し、天皇からの信頼を得て従来の下位貴族としての枠組みを超え、政治的実権まで握ることになる(平氏政権)。この平氏政権が最初期の武家政権とされる。

 以上の流れを見れば武家の始祖は天皇に仕える下級官僚であって、武家にとって天皇は仕えるべき君主であったことが分かる。武士にとって天皇は権力の後ろ盾であって闘争の相手ではなかった*1

 武士が登場した時点で世は「ライバル同士で自由に権力の座を争う戦国時代」ではなく、天皇を中心とした政治体制の中でいかに天皇に取り入って権力を握れるかの時代。君主に手向かいするのは道義に反する。

 天皇を打倒したところで全方面から反発を買い、総掛かりで滅ぼされることは明白。そうなった場合、後の世の混乱も予想される。ならば生かしてその威光を自分の権力を正当化するために利用した方が得。天皇を残したことは合理的、実利を取った面があるだろう。

政治的な権力の移譲

 平氏政権の後は武士が天皇から形式的な委任を受けて治世を行い、鎌倉幕府室町幕府江戸幕府と政治的な権力が実質として武士にある状態が続いた。政治的な権力の移譲が朝廷から武士へゆるやかに行われたと言える。

 天皇は武士、幕府にとって障害にはならず、先に述べたような背景からむしろ自らの権力の正当性を強化さえし得る存在であり、実利の面からも道義的な面からも積極的に排除する必要が無かった。

 天皇から見れば「なんか頼りになるからいろいろ任せてたらいつの間にか武士の方が良い感じに政治してる」、「反抗しようにも軍隊そのものが実権を握り始めた訳で反抗できる力が無い。しかし何かメンツを立てられて生かされているし祭祀はこっちに任されている」、的な感じだろうか。見方によっては歴史上最も長期に渡るゆるふわクーデターのようなものかも知れない。

 中国人は「天皇になりたく無いのか?過去の武人が天皇になりたがらなかったのが不思議だ」と言うらしいが、日本においてそれが起きなかったのは天皇にならなくても実権が握れてしまったから、としか言いようがない。むしろ天皇になったらなったで神道の祭祀をどうするの問題があり、祭祀を任せておける点でも武士にとって都合が良かったのだろう。

現代において

 現代においても言うまでもなく天皇に政治的実権は無い。歴史的にみてこれだけ長い歴史を持ちながら政治的実権が無い期間も長い王族は珍しいのでは。そういう意味では本当に稀有な例というか独特というか、外国人が理解に苦しむことも分からなくはない。これが理解できないからといってみやみに外国人を下げる、日本人を特別視するのは間違い。説明不足なだけで順序を追って説明すれば理解できなくは無い(と思う)。

 天皇制の是非については賛否あるだろうが、天皇制は先述した通り神道の信仰に深く関わる存在であり、私はおいそれと否定できるものではないと思っている。それだけの歴史的な重みがある。

 それにしても、「天皇になりたいと思ったことはないのか」と現代日本人に問うのはシンプルに愚かだ。保障されているものは多いだろうが自由が無いし激務、引退もなかなか難しい。第一、育ちからして違うので立ち振舞い、言葉遣い、語学力、忍耐力何から何まで必要とされて来た/修得させられて来た能力が違う。今も昔もなろうと思ってなれる存在ではない。

 なれるならアラブの石油王が良いな・・・(不敬罪)

 いらすとや何でもあるな・・・

*1:どっちの天皇が正統な権力かの争いはあったが

F-35は「型落ち」なのか

 Xを見ていると、一部でしきりに日本が導入しているF-35ライトニングII戦闘機を「型落ち」と批判している層がいる。本当にF-35は「型落ち」なのだろうか。

航空機のナンバリングと歴代の戦闘機

 アメリカ製の主な戦闘機を順に並べると大体、以下のようになる。

  1. F-14 トムキャット
  2. F-15 イーグル
  3. F-16 ファイティングファルコン
  4. F/A-18 ホーネット(スーパーホーネット)
  5. F-22 ラプター
  6. F-35 ライトニングII

「F」は「Fighter」=戦闘機。F/Aだけ「A」が付いておりこれは「Attacker」=攻撃機を意味する。要するに兼用。「F-35は型落ち」と言う意見が本当だとすれば、F-35の後継機となる戦闘機が存在する筈だがそれは現時点で存在しない。

数字が大きい=最新、では無い

 ひょっとすると「Fの後の数字が大きい方が最新だと思っている説」もあるが、たとえばF-111アードヴァークは1998年に退役した旧式の軍用機なので一概に数字が大きいもの=最新鋭、とは言えない。この「F」ナンバーも詳細に調べればなかなか複雑。

 たとえばF-20タイガーシャークに至っては実態が旧式の戦闘機F-5のブラッシュアップであり、中小国(特に台湾)向けに輸出することを目指したもので、F-20というナンバーではあるがF-15F-16よりも高性能な訳ではない。事実、F-16が優秀な*1戦闘機であったので輸出用としても競り負け、F-20の生産数はわずか3機。

 そのほか有名な例外で言えばF-117ナイトホークもある。これに至っては年配の方々に「ステルス」の愛称で知られているが、実態は戦闘機ではなく攻撃機。Fナンバーの理由は諸説あるが、ソ連のスパイを混乱させるためにあえてルールから外れたナンバリングをした説がある。

 これ以外にも「RSよりSRの方が音韻が良いから」的な理由でSRになった等の冗談みたいな例外もあるので、数字や接頭辞だけでなくその実態を知る必要がある。

ライトニング「II」

 「F-35が型落ちだと言うならその後継機は何だ」と言われてDr.ナイフ(knife900)氏がリプライした内容が以下。

魚拓(拾い物)

 この人物が人物なので本気なのか煽りなのかよく分からないが、こういう人々がアメリカが使っているのはF-35ライトニングIIで、日本が買わされているのは型落ちのF-35ライトニングIだ」と思っている可能性が出てきた。

 もしそうならとんだ勘違いで、F-35の愛称がライトニングIIである理由は「ライトニング」という愛称の戦闘機が過去にもあったから。P-38ライトニングの次だからライトニング「II」。

 それにしても、第二次世界大戦の機体の愛称から二代目ということでIIと付けるとは無駄に律儀というか、「じゃあIもあるの?」と思うのは良い視点かもしれない。そこでP-38にたどり着かないあたりが謎。実はF-35Iなる機種もあるのだが、このIはイスラエル向けの独自仕様つまり 1 ではなく Israel の I。

F-35には3種類ある

 F-35にはA、B、Cの3タイプがあるので、それらを混同するなら分からなくも無い。Aは通常タイプ、Bは短距離・垂直離着陸が出来るタイプ、Cが空母艦載機タイプ。日本が導入しているのはA、B。「CはCarrierのC」と覚えれば楽。

 どれが一番良いのか気になるかも知れないが、運用思想に合わせて変わっているだけなのでそれは考えるだけ無駄。「SUZUKIのキャリーとエブリイどっちが高性能?」と訊くようなもの。どっちでも良いから使い方で選べとしか言えない。

 たとえばBは兵器搭載量が一番小さいが、短距離・垂直離着陸が可能=自衛隊が運用する大型護衛艦から発着できる、という他にはない長所がある。AとCはほぼ変わらない。Cは空母から発着できるだけの強い脚と折りたたみ可能な翼を持っている、翼面積が広い等、空母での運用に特化している程度で搭載できる兵器の量はAと変わらない。

 F-35は事故率が高いと主張する人もいるが明確な根拠が無く、既にXで専門的な方々からさんざんデータ的に「ことさら事故が多い訳ではない」と指摘されている。「事故が多い」というのはそう思いたい思考回路と、ロシアや中国系のアカウントによるプロパガンダでそう思い込んでいるだけ。

 F-35は欠陥機だ、ぼったくりだと主張する人々は結局、何がしたいのか理解できない。こればっかりは長年、観察し続けて考察しても無理。戦闘機そのものの配備を辞めさせたいのだろうか。何だかんだとケチをつけて日本の防衛力を下げたいだけか、あるいは純粋に彼ら自身が”欠陥機”なのか。平和平和と言いながら利敵行為をしているようにしか見えない。彼らの持つ「平和」という概念が型落ちなのでは。

余談:A-10有効論

 興味深いことに、F-35よりは確実に型落ちと言えるA-10サンダーボルトIIの有効性を主張する層もXに散見される。確かに良い攻撃機だと思うが、歩兵携行の地対空ミサイルの発展や戦車の重装甲化などで通用しなくなりつつある機種であり退役は妥当だろう。

trafficnews.jp

 「有効でないならなぜまだ運用されているのか(戦場で通用するからA-10陳腐化論は間違いである)」という主張もあるが、まだ運用されているのはアメリカの議会が退役を承認しないからであって、現在も運用されている=最前線で通用する、とは限らない。どうやら米軍最大の敵を知らんようだな

 中東での戦争では活躍したかも知れないが、それは非対称戦争、つまりろくに対空兵器を持っていないテロリスト相手だから活躍できただけとも言われる。どのみちA-10の役割はF-35が引き継ぐ*2ので、退役の承認が降りればそろそろ退役するのでは。

 ▼F-35が本当に欠陥機なら、これだけの国が導入しているのは不思議だね。

 ちなみにF/A-18ホーネットも最初はボロカス言われてたような。そこから改良してスーパーホーネットになり、名機にまで昇華させるあたりはさすがアメリカ。

*1:価格的な意味でも

*2:F-35にマルチロール機としてあまりに欲張りな任務内容を課している

時事ネタ「楽して儲かる仕事はない」by麻生太郎ほか

不定期:記事リンクの下の「記事題」はyahoo!ニュースがすぐリンク切れ(記事削除)になるのでメモ代わりです。

「楽して儲かる仕事は無い」

 麻生太郎氏が成人式で講演し、「楽して儲かる仕事は無い」と闇バイトへの警鐘を鳴らした。これについてXで非難が殺到し、この記事については「まともなことを言ってると思うのだが」、「俺の感覚がおかしいのか」と擁護する声が見られた。smart-flash.jp

(記事題:「楽して儲かるなんて仕事はない」麻生太郎氏 成人式での講演に非難殺到、派閥は空中分解危機)

 記事を読めばわかるが、麻生太郎さんは苦労したコトがあるんでしょうかね…。世襲議員も多く、裏金でも捕まらない》等、批判する側にも一理あるように思う。

 これは「何を言うか」より「誰が言うか」の問題なのだろう。私だって「言ってることは分かるけど政治家に言われたく無いな」と思ってしまう。決して言っていることは間違っていないのだが、「それをあんたが言うか」という感情は否定できない。

 もし、これを竹中平蔵が言ったらブチギレる人はもっと多かったのでは。

 最近は感情に基づいた行動が「お気持ち」とバカにされることが増えているように思うが、「お気持ち」はなかなか侮れない。逆に合理的な理由のみで生きている人間などいないのでは。極端なことを言えば「生きることに合理的な理由が無い」となれば死ぬのか。生きる理由など「生きたいから」だけで十分ではないのか。

 腐った*1理系出身者として書けば、何かにつけて「それってあなたの感想ですよね」だの「それって何かデータあるんですか」だのと言う人間は合理性を盾にして誰かを黙らせて悦に入っているだけで、議論の進展や社会の発展には何1つ寄与しない邪魔者である。

「いただきます」を言いたがらない若者

 お気持ちつながりで書くが、Xで「若い教員が『給食費払ってるし作ってる人も仕事でやってるんだから、いただきますは言わなくて良いでしょ』と言い出した」との投稿が目についた。

 この若い教員の意見には反対だが、反対する側がこのような考えについて根本的に理解していないように思ったので、私の考察をここに書いておく。

 このような思考に陥る根本的な原因は経済的な余裕の無さであると思う。物心がついた時から節約倹約、コスパタムパ。私も片足を突っ込んでいるが、若い人間ほどその価値観には「いかに自分が支払うものを少なくしつつ、得られる利益を最大化するか」が課題としてついて回る。

 そうした価値観にあってはたとえ「いただきます」や「ありがとうございます」の一言であっても、それを言うに足る対価が無ければ損なのだ。だから

給食費を払っている(=既に私は対価を支払っているから追加で何かを求められる筋合いは無い)」

「向こうも仕事でやってる(=こちらが支払った対価分の仕事をするのは当たり前であって特段、感謝するべきことではない))」

 と言い出すのだろう。まさに「貧すれば鈍する」というか、日本人からここまで精神的な余裕が奪われてしまったのだなと失政を恨まずにはいられない。

 しかし「いただきます」は料理の提供者だけに向けられた言葉では無いし、それ以外のちょっとした一言もそれを言ったからといって口座からお金が減る訳ではない。その他何らかの損害を被る訳ではない。損得でいえば言えて当たり前のことが言えない、そういう人間だと見なされること自体が損を生む可能性が高い。

 感情は人間にとって重要な要素であり、その中でちょっとした言葉を口にするだけで人間関係を円滑にする、社会的な礼儀を身に着けていると示し、「私はまともな人間です」と暗に周知することが出来る。そう考えれば、少しは「いただきます」を言う気になるのではないか。感情論で若手の意見を否定することも結構だが、彼らに合わせた視点からアプローチすることも重要だろう。

 呪術廻戦は浅い漫画だったと思っているが、「気づきを与えるのが教育だ」という言葉は妙に頭に残っている。本来なら気づきを与える立場の教員がこのような事にも気づけていないようでは将来が心配だ。

前リュック邪魔問題

 連休中日にXで見かけたのがこれ。どんだけ心に余裕無いんだ。それともメディアがSNSで論争があるということにしたいだけか。

news.livedoor.com

(記事題:【賛否】電車内の定番マナー「前リュック」→今や「マナー違反」!? SNSで論争続く「邪魔」「荷物棚なんて使えない」)

 具体的にどういうタイトルの話だったか忘れてしまったが、こんな話を聞いて納得したことがある。

 修道院で暮らしている人々が厳格に戒律を守って暮らしていたとしよう。そこは我々、俗世の人間にとってはとても厳しく自らを律することが求められる世界だ。しかし、そこで戒律を守って暮らしていてもトラブルと無縁な訳ではない。戒律を守るのは当たり前であって、その中でさらに些細なこと、俗世では本当に気にも留められないようなことが問題として扱われはじめる。求められることに限度は無い。

 だからと言ってマナーの向上や社会の進歩を止めるべきとは言うまいが、前リュックがどうこうはこれと同じだなと思う。様々なことを言うけども要は「他人の荷物が邪魔」というだけだろう。

 前リュックが邪魔と言われても混んでいる中でおいそれと床や網棚には置けないし、後ろに背負えば幅は変わらないのに盗難のリスクは上がる。他人の荷物が邪魔だと言い出せば旅行客のスーツケース、お土産の手提げ袋、楽器や部活の道具、通学カバン、通勤バッグ、ベビーカー、車椅子etc.、全部邪魔だ。

 「前リュックが邪魔」と言われてもリュックを背負った人は居なくならないし、もし居なくなったら次は別の荷物が邪魔だと言われ始めるだろう。突き詰めて行けば「公共交通機関に乗るなら手ぶら同然でしか乗るな」ということになる。だって邪魔だもんね?

 それほど他人や荷物が邪魔に感じるくらい精神的な余裕が無いならクルマで移動しろ。

能登ウヨ」

 毎日新聞の記者が書いた以下の記事が話題だった。有料記事なので私は直接確認していないが、何でも「能登ウヨ」なる言葉が書かれているらしい。

mainichi.jp

 Xでの反応を見る限り、この記者は「能登の復興が進んでいない」と考えるがあまり、「能登の復興は進んでいる」という意見をネトウヨ*2による政権擁護と捉えているようだ。これ、蔑称に「能登」と入れることは捉えようによっては能登半島の人々まで下げているように思えるのだが、言葉を扱う者としてどう考えているのか。

 毎日新聞は腐ってもそれなりに大きなマスメディアではないのか。その記者が能登ウヨなどという低俗な造語を記事にしたことに少々の驚きと失望を感じざるを得ない。いよいよSNSと同じレベルまで落ちて来たな、と思わされる。マスコミとしての最低限の品位のようなものが失われている。こんなことだから「オールドメディア」と揶揄されるのだ。

 能登半島地震については、その発生当初から目についたのはネトウヨよりもサヨクによる素人上から目線アドバイスだったように思うのだが、そうした被災者を山車にして被災地支援に尽力している方々を背後から撃っている者には触れないのだろうか。特に町山あたりは酷かった。

manuller416.hatenablog.com

 実際に被災地の復興が進んでいるかどうかというのは正直、判断に困る、何をもってして進んでいると言うのか基準が曖昧なのでここで言及することは避けるが、出来ることからやっていくしか無いし、今はその真っ只中だろう。進んでいる部分もあるし、まだまだ取り残された部分もあるはず。一部だけを切り取って「ほら、被災地の復興は進んでいない」と言うのは卑怯である。

攻撃ドローン導入

 陸自イスラエル製の自爆ドローンを導入する。これについて一部から「なんで国産にしないんだ」などの声が聞かれた。

news.yahoo.co.jp

(記事題:<独自>「自爆ドローン」310機導入へ 令和8年度に陸自イスラエル製など候補)

 まず第一に日本はドローン後進国である、という認識をなぜ持っていないのかが疑問。官民をあげて開発された国産ドローン「SOTEN(蒼天)」が2022年6月に不具合で使用中止(同7月には解除)された時、未だにこんなレベルなのかと失望したのは記憶に新しい。

 今からイスラエルアメリカと同レベルの軍用ドローンを開発・製造・配備運用となれば、円安でも海外で買うより高価になることは想像に易い。1機あたりの調達コストが上がればそれだけ配備できる数が少なくなる。たとえ国産で良いものが出来たとしても、「同重量の金塊と同じ値段」*3とまで言われて数を揃えられないなら無意味。ウクライナ戦争をみれば分かる通り、戦車も装甲車もドローンも消耗品である。

 ドローンに限らず武器・兵器は下手に国産化すると輸出できない=数が出ないので量産でコストを下げることが出来ない。その点でも海外から買うより高くなる。よく左巻きは兵器の値段が高過ぎるだの兵器爆買いだのと批判するがアメリカから買う方が国産より安いし、国産で安くしようと思えば輸出制限を解除するしかない。しかし武器輸出には「死の商人」がどうのと言って反対する。相手にするだけ無駄。

 国産で自衛隊向けの攻撃ドローンも開発されているのかもしれないが、陸上自衛隊の新装甲車にパトリアAMV XPが選出されたように、海外で実践経験を経た兵器の方が信頼性もある。自衛隊向け兵器は大体が(幸いなことに)実戦を経験しておらず、その点においては良くも悪くも実戦経験豊富なイスラエルアメリカなどの兵器の方が信頼性も実用性もあるだろう。

 つまりコスト・信頼性・実用性すべてにおいて国産化する理由が無い。それでも一部で国産兵器が開発・使用されているのは技術の継承や発展のために他ならず、兵器の種類やいつまでにどれだけ必要なのか等、個々の事情によって国産、海外製を使い分けることは必要である。右翼的に愛国心だけで国産を追い求めるのは非合理的。

 導入に反対する声もあるだろうがそんなものは論外。ウクライナ戦争を見れば現代の戦場でどれだけドローンが重要か理解できるだろう。理解できないならその時点で終わり。何ならウクライナ軍は3Dプリンターでよくあるクアッドコプター型ドローンのパーツを作っていたりする。

 なお、「ドローン」も様々で導入が検討されているイスラエル製自爆ドローン「SkyStriker」は以下の画像のような感じ。巡航ミサイルとMQ-9リーパーの間の子みたい(伝わらないか)。要は無人偵察機に爆薬積んでるだけ的な。これに限らず様々なタイプがある。

https://elbitsystems.com/product/skystriker/

 (運用側の言い分としての)メリットは、見ての通りプロペラ機で翼が横長=比較的低速で長期滞空かつ機首にカメラを装備=偵察も可能、かつ標的をじっくり見定められるので誤爆の可能性が少ない(巻き添えが出ないとは言ってない)。ミサイルと違って速度は遅いだろうが、その分、たとえば上空を旋回して攻撃するべき相手が出てくるまで待機する、出て来なければ被害が出ないところに突っ込ませて処分する等の融通が効く。

 運用思想を見れば対テロ戦争向けの色が強いというか、無人偵察機から「偵察からそのまま攻撃出来るようにしよう」と来て、その流れで使い捨て無人偵察機に自爆特攻も出来るようにしよう、と来ているような気がする。

 対中国(=対正規軍)の運用でどれだけ有用性があるかは未知数にせよ、先に述べたように偵察も可能なので使い道はあるだろう。中国には漁民に扮した兵士がいるし、先日も台湾で退役軍人を引き入れた武装蜂起計画が報じられた。無いと思いたいが、これが将来的に日本で起きる可能性も否定できない。

www.sankei.com

(記事題:中国侵攻に合わせ「武装蜂起」計画、台湾で退役軍人ら起訴 解放軍10万人引き入れ画策も)

*1:BL的な意味では無い

*2:ネット右翼

*3:10式戦車

RTX5000シリーズが発表された件

 CESでNVIDIAからRTX5000シリーズの発表があった。株主としてもPCオタクとしても嬉しいニュース。

news.yahoo.co.jp

現状

 NVIDIAのグラフィックスカードで最新のラインナップを性能順に並べると、上から

  • RTX4090
  • RTX4080 SUPER
  • RTX4080  
  • RTX4070 Ti SUPER
  • RTX4070 Ti
  • RTX4070 SUPER
  • RTX4070
  • RTX4060 Ti
  • RTX4060

となっている。「SUPER」と付くものは後から発表される性能強化版、「Ti」は「Titanium」の略で「ちょっと強い版」。要は40xxのxxに入る数字がデカいほど、TiやSUPERと付くほど高性能と考えて良い。

 性能的というかスペック的にはTiだSUPERだが付こうが、たとえば RTX4070 Ti SUPERが RTX4080 を超えることは無い。なので絶対的な指標としては40xxのxxの数字を見るのが楽。

 ただし、性能が高ければ高いほど値段も消費電力も高くなるので、とりあえず一番上のRTX4090やRTX5090を買っておけば良いと言う訳でもない。RTX5090の予想価格は日本円で約40万円、TDPも575W*1と性能も価格も消費電力もモンスタークラス。おそらく物理的な大きさもモンスタークラスになるだろう。場合によってはPCケースの中に収まらない、ということもあり得る。

性能向上と価格

2025 CES NVIDIA

 今回の発表で注目を浴びた内容の1つに、次期グラフィックスカードでミドルクラスのRTX5070が現状の最高グレードであるRTX4090と同等の性能を持ち、なおかつ値段が 1/3程度になることが挙げられる。

 言ってしまえばかつての最上位グレードがミドルクラスで実現してしまう訳で、クルマで言えば「今まで売ってたスープラと同じレベルのもの、250万円台で売ります。古いスープラ買ってくれた人ごめんね」くらい衝撃的。

 頑張って最上位グレードを買うことは全く無意味とは言えないにせよ、将来的に出てくる製品の性能を考えればコスパの良さでは最上位を買うのが正解、とも言い難い。「何が何でもその時点で最高の性能が必要なんだ」というマニアや企業でないなら、RTX~90は一般の消費者には無用の長物といえる。

NVIDIA公式より 参考価格

 この公式の価格はおそらくリファレンスファンモデル?と思われるので、実際に各メーカーからオリジナルファン、OC*2モデルが出て来たり、発売直後のご祝儀相場が崩れればこれより下がる可能性はある。円安で上がる可能性もあるが・・・。

何を買うべきか

 発売前にこれを書くのは時期尚早だが、個人的に狙い目になると思っているのはRTX5070 Tiか RTX5080。いずれもTDPが 300W、360WとRTX4070Tiから乗り換えやすそうな範囲、かつ画像生成AIを動かす場合にしろ、ゲームをするにしろコスパが(比較的)良さそう。

 ゲームをするだけなら並大抵のものはRTX5070で確実に動く筈で、ゲームだけでAIを触らないならRTX5000シリーズ発売後に型落ちのRTX4000シリーズ、RTX3000シリーズを狙う方が良い。多少値下がりはするはず。ぶっちゃけゲームするだけなら RTX 4060 Tiあたりで良い。APEXなんかRTX2000シリーズでも余裕。

NVIDIA公式より RTX4070との比較

 公称値のうち、ゲーム性能に影響しそうなCUDAコア数(上記の表には載っていない)を価格で割ると以下のようになる。

 正直言って誤差レベルの話だが数値として見た場合、1円あたりのコア数が多いのはRTX5070Tiになる。

 同様にAI関連のスコアを示すAI TOPSを先に示した参考価格で割ると以下のようになる。

 公称値から見た場合、AIを使うなら一番コスパが良さそうなのはRTX 5070 Ti。ちもろぐ氏の過去の記事でも画像生成AIを使うなら RTX 4070 Tiが一番コスパが良いという結論が出ていたので、その辺りは変わらない。価格的にもまだ手を出しやすい部類。

 搭載されるVRAM*3を見ても RTX 5070 Ti と RTX 5080 ではメモリ帯域こそ差があるものの、16GBなのは変わらないので差は少ない。なので画像生成AIを使う場合はRTX 5070 Tiを買うのが良さそう。

 画像生成AIにおいてVRAMの大きさは生成できる画像の大きさに直結するので、大きい画像を生成させたいなら基本的にVRAMが多いものが良い。この点でVRAMが32GBもある RTX ~90 系が有利であることは変わらないが、最近は少ないVRAMでも実用十分に大きな画像を生成できるのでやはりコスパは RTX~70系が有利。

 AI TOPSにおけるコスパだけ見るとRTX 5070の方が若干 RTX 5080よりもコスパが良いように見えるが、VRAMの量が RTX 5070 で12GB、RTX 5080 で16GBなので画像生成AIを使う場合、RTX5080の方が良い。

画像生成AIに関する私見

 賛否両論さまざまあるかと思うが、画像に限らず生成AIは所詮は道具。最終的な成果物の出来は使う人間に左右される。今は技術普及の過渡期なので様々な反発もあるだろうが、いずれ生成AIも使いこなしてなおかつ自分自身の技術もある、という人間が天下を取るようになるだろうと思う。そこで取り残されるのは画像生成AIも使えないし実力も半端な人。使える道具は使う方が良い。

 Pixivなんかも画像生成AIの画像で溢れているが、画像生成AIを使っている人間の中でもやはり良い感じの画像を出している人とそうでない人が分かれつつある。AIさえ使えば誰でも、という訳ではないし、進化し続けるAIについて勉強し、ついていける人間でなければ見劣りするようになっていく。

 個人的には画像生成AIを好きなキャラクターの画像を作りたいがために研究している。公式から供給が少なすぎる上に、画風が変わり過ぎてもはや訳が分からなくなっているのでこっちで一番良いと思う時期の画像を出せるようにしたい。自分自身の腕だけで良い感じに描けるほど実力は無いのでAIは頼りになる。

 LoRA作成はもちろん、今年はそれで作成した画像の中で出来が良いものに自分で加筆修正して学習素材としさらに理想の画像生成を目指すつもり。推しの絵の自給自足を目指す。

余談:演算性能

 今から約23年前の2002年、初代地球シミュレータが登場した。初代の演算性能は約40TFLOPS*4だった訳だが、改めて演算性能を調べて見ると今、私が使っているメインPCのGPU、RTX 4070 Tiで約40TFLOPSらしい。23年前とは言え、気づけばかつてのスパコンレベルのものが家庭に普及していた。技術の進歩恐るべし。

 ちなみに2015年まで運用されていた第2世代地球シミュレーターの演算性能で 131TFLOPSらしい。RTX 5070 Tiの演算性能が 133TFLOPS なので10年前のスパコンと同等。もはや「あんたそれで何をしようってんだよ」というレベル。それをたかだかTDP 300Wで出せるのだからNVIDIAの株価が爆上がりするのも納得。

 書くまでも無いが一応補足しておくと、スーパーコンピューターと呼ばれる種のコンピューターと家庭で使うコンピューターでは使用方法や目的その他あらゆる点が違う。演算性能はあくまで理論値であって、予算度外視で何時間も全力でぶん回し続けられる業務用機器と、電気代を気にしながら市販の電源ユニットが許す範囲でそこそこ使う家庭用機器では最大性能を発揮できる時間が違う。

 なのであくまで参考までに、の話。理論値はあくまで理論値であって実際は異なる、というのは理系において常識(というか理系文系関係なく常識になって欲しい)。

*1:575W分の発熱と電力消費をするという意味で常に575W電力を使う訳ではない

*2:オーバークロック

*3:グラフィックスカードのメモリ

*4:テラフロップス

あけおめことよろ

今週のお題「2024こんな年だった・2025こんな年にしたい」

 年末年始休暇!奇跡の9連休!と言うことでライブ行ったりミニPCのレビュー撮ったり飛んだり跳ねたりするぞ!と思っていたらいつの間にか連休が終わっていた。これは何らかの不正があったに違いない。至急、年末年始休暇のやり直しを求める。

 と戯言を書いてみたが2025年が既に来てしまったので仕方ないから中身の無い書き散らしたような文章で今年最初の記事を書いておく。

 2024年は個人的に音楽に関してかつてないほど充実した年だった。4月にAdoさんの国立競技場(2日目)に参加し、ツアーで広島、宮城、名古屋に行き、横浜で行われたFate/stay night 20thコンサートにも参加できた。行く人はもっとライブコンサートに行くのだろうが、2023年に初めてライブに行き始めたインドア陰キャ野郎としてはこれでも充実した部類。

 2025年は今のところ参加できるライブが1回(それもアリーナ席を逃した)とあまり楽しみに出来るイベントが無い。なので今年は日本各地のマヌルネコに会いに行けたら良いなと思っている。あとはもう少し、ぼーっと生きることをやめて自分がやりたいことを整理、明確化して少しでも実現出来る年になったらな、と思う。振り返って見れば我ながら成長がなさすぎると言うか、他人に自慢できるようなことが何1つ無い。

 アトピー性皮膚炎で失われた青春は返って来ないが、今から取り戻せるものはあるだろうか。やってみないと分からないな。

反省

 年末年始休暇で出来たこと

  • 12/28のAdo ライブツアー「モナ・リザの横顔」名古屋公演(振替公演)に参加、ファン同士とグッズ交換
  • 母方の実家の墓参り+祖父らと食事
  • 弟とValheimというゲームで遊ぶ
  • 画像生成AIで独自LoRA*1作成の続き
  • 簡単な年越し蕎麦を作る
  • 初詣(という名目のマヌルネコ詣)

うーん・・・最初以外貧弱・・・

*1:特定のキャラや画風等を再現する学習データ

国民総株主?カモネギ?

 ふとAmazonを見ていたら前澤友作氏の著書がベストセラー1位になっているのが目についた。なるほどやり方がうまい。本物の金持ちはこういうので儲ける訳だ。アメリカでゴールドラッシュの時代、一番手堅く儲けたのは金の採掘者ではなくツルハシを売る業者だったという話に通じるものがある。

 という訳で、8年くらい前から株に手を出している私がこういう「作られた夢」をブチ壊しておきたいと思う。夢を壊されたくない人は帰って、どうぞ。

 岸田政権で「投資で資産所得倍増」などと言い出した訳だが、当の岸田総理は株を持っていないことも話題だった。どこからあんな言葉が出てきたのか。

儲かるまでに時間がかかる

 まず第一に株式投資は儲かるまでに非常に時間がかかる。今の20代前半あたりがどう考えているのか知らないが、最低でも5年スパンで物事を考えなければならない。思ったような儲けが出る頃には下手すれば爺さん婆さんだ。よほどの金持ちのご家庭に生まれた訳でもない限り、株をやればすぐ儲かるとは思わない方が良い。

 政府は簡単に投資で資産所得倍増などと言ってくれるが、子どもを作れる年齢層に経済力がつかなければ少子化は改善しない。その辺りをどう考えているのか。所得倍増の目的が若年層の経済力強化というなら見当違いも甚だしい。

 上手くやれば個別銘柄の取引でそれなりの速度で儲けることも可能だろう。しかしそれが出来る人間は一握りであり当然、損をすることもある。積立は手堅いがそもそも思っているほど増えない。倍々ゲームは思っているより難しい。

  私は個別銘柄取引しかしておらず、そこでかなり忍耐力を鍛えられた。5年で儲かれば良い方、10年、20年で考えるべき場合もある。それだけの期間、待つことに耐えられるか。大抵は無理だし、投資初心者はなおさら難しい。政策や世界情勢による株価の乱高下でうろたえて下手に売り買いして損をし、市場の養分になるのが関の山。

 カモがネギを背負って来るがごとく、初心者が少ない元手を握りしめて投資の世界に来ては損をし、その損が誰かの得になっている。主に富裕層の。初心者に投資を勧めるのは金持ちがより金持ちになりたいからでしかない。

資金力が物言う世界

 第二に「資金力がモノを言う世界である」ということを理解しなければならない。10万円の元手から始めるのか、1,000万円の元手から始めるのかでは全然違う。倍々ゲームでうまく元手を増やせれば良いが、世の中そう上手くいくことばかりではない。簡単に儲かるなら投資家は皆、お金持ちだ。

 ここが貧困な日本の若年層にとってキツい。投資に回せるだけの余剰資金・貯蓄が少ないからだ。ハイリスク・ハイリターン、ローリスク・ローリターン。突っ込むお金が少なければリターンも当然少ない。だから株式投資は今まで「お金持ちがやること」だったのである。

 それは投資が推奨されるようになった今でも何ら変わっていない。政府がやりたいことは単純にタンス預金を減らしたい、程度のものなのだろう。投資で得をしようが損をしようが全て自己責任で政府の知ったことではない。

 結局、資金力に乏しい個人は豆鉄砲を持っているに過ぎず、投資会社やら金持ちやらが大砲を持ち出して来る大戦に巻き込まれ、時に損をして時に得をする程度の話になる。そこでうまく立ち回れる者ばかりなら良いが決してそうではない。

 資金力が無いからといって、可処分所得の大半を投資に向ける者もいる。しかし20代、30代で余剰資金をすべて将来への投資に回し、本来しておいた方が良い経験や思い出作りが何1つ無いまま年を重ねたらどうなるか。

潮目を読む力

 株価や為替の潮流とでも呼ぶべき流れは、アメリカや日本政府の金融政策やそのバランス、その他世界情勢によって大きく変わる。普段からニュースを見てその辺りの潮目を読もうと心がけることが重要。そこでうろたえず冷静に対処できる胆力も求められる。

 しかし今、株式市場に呼び込まれようとしている初心者はそうしたことが出来る人ばかりではない。金融リテラシーも無い、世界情勢にも興味無い、政策のことも分からない、そんなカモネギは訳の分からないまま大きな流れに揉まれて、訳の分からないままに損をしてドザエモン*1になる。

 ぶっちゃけ勉強が苦手な人間は株式投資に向かないというか、何となく投資すれば儲かるだろう程度の認識で投資を始めるのは良くないと思う。

「株がもらえる」

 CMで「株がもらえる」と流れていたのを見たが、株なら何でも良いという訳ではない。さすがに本当にスカみたいな株がもらえる訳でも無いだろうが、株を配るのは当然ながら配った以上の利益が得られる見込みがあるから。素人がどんな取引をしてどれだけ損をしようが、仲介手数料で儲けられるのが確実ならそれくらいするだろう。

 こうした点、SBI証券なんかは落ち着いて株を持ち続けるべき局面でアプリの通知から「相場が大きく変動しています」、みたいな煽りを入れてくるので非常にタチが悪い。そりゃ、売り買いしてもらった方が仲介手数料出るもんな。ユーザーが損をするか得をするかは別として。

政策としての是非

 投資は自己責任の世界である。そこに政府が初心者を誘導することは、それも日本国民の多くにまだまだ金融リテラシーが無いことを承知で誘導することは極めて無責任であると感じる。

 日本人は「自己責任」で片付けるのが大好きだから喜んでその方針に従う訳だが、それは結局、さらなる格差拡大への道でしかない。政府は実質的に何もしなくて済む。勝手に儲けてくれたものに後から課税すれば丸儲けだ。直近ではiDeCo改悪が話題だったがあんな感じで、初めはNISAとか美味い話で釣っておいて後から投資所得課税強化なんかを出せば良い。あれ、何もしないより悪質では。

 富裕層としては政府が格差是正ではなく自己責任の投資という、資金力の優位性を活かせる流れを推奨してくれることが好ましく感じるだろう。

 日本政府は格差是正という政府としての使命を放棄し、むしろ格差拡大への政策を取り続けている。いつまで経っても金持ちが更に金持ちになるための社会。

余談:令和8年は丙午

 どうやら「令和8年は丙午だから産み控えが起きるのでは。対策が必要だ」などという声があるらしい。バカじゃねえの。

www.sankei.com

(記事題:令和8年は60年ぶりの丙午(ひのえうま) 産み控えに「必要な対策を検討」 政府答弁書

 丙午の迷信なんか今どきの人間は信じないし、何ならこのような報道がなされなければ知りもしなかっただろう。普段から産み控えが起きるような政策を敷いておいてまったく、余計な心配をしてくれるものだ。

 むしろこうした俗信を口実に「産み控え対策」などと言って、また余計なことに金を使う算段を始めたのだろう。余計なことに金を使うならその分、減税や社会保険料の引き下げをするべき。重い負担が普段から産み控え、結婚控え、恋愛控え政策になっている。

*1:水死体のこと

高額療養費制度が改悪される件

 高額療養費制度が改悪される。あまりマスコミが大きく取り上げていないというか、これがいかに影響が大きく現役世代にとって負担を増やす改悪なのかを説明していないのが極めて悪質だと思う。

news.yahoo.co.jp

(記事題:高額療養費制度、自己負担限度額を引き上げへ 25年8月から)

「上限額の引き上げ」は何の上限か

 一部では「上限額」と曖昧な書き方さえ見受けられるが、これは健康保健制度における1月あたりの自己負担限度額の上限のことである。その上限引き上げが何を意味するのかネコでも分かるように書くと

「大きな病気をした時の負担が大きくなる」

こんなことが国会でろくに議論もされずに簡単に決まって良いのか?

 マスコミもマスコミで、「自己負担限度額を引き上げ」だの「上限引き上げ」だのと分かりづらい書き方をしてないでもっと分かりやすく書けよと思う。特に「上限引き上げ」と言われれば、中には勝手に都合の良い解釈をしてしまう人間もいる。

https://www.asahi.com/articles/ASSDN3CF0SDNUTFL007M.html

 朝日新聞のこの見出しなんか酷い。「激変緩和」なんて書いているが、要は負担を増やす制度改革を2段階でやる予定だったところ3段階に分けてやる予定になった、というだけの話。最終的に増える負担は変わらない。何が激変緩和だボケ。だからオールドメディアなんて言われるんだよ。左寄りなのか政府の犬なのかさえハッキリしない最低のメディアが。

実際どれくらい負担が増えるのか

 現在の高額療養費制度の上限算出は下表の通り。参考までに。ここからどう変わるのかは更にこの下の図。

https://www.kyoukaikenpo.or.jp/g3/sb3020/r151/

 ここからどう変わるのか示したのが毎日新聞の以下の図。

https://mainichi.jp/articles/20241225/k00/00m/040/266000c

 ぱっと見てそこまで大きくない負担増に思う人もいるかも知れないが、高額な治療費が必要な大きな病気の場合は療養している間、無収入になる可能性もある。その中でたとえば月々の負担が8,100円増えるだけでも苦しいものはあるだろう。

 年収が上がるにつれて負担率も上がるのは仕方ないように思う。しかし年収が高いほど普段から相応の保険料を納めている訳で、いずれにせよ高い保険料を取っておいてこのようなサービス低下を勝手に決めることは許しがたい暴挙である。

 たとえば年収1,650万円の人は健康保険料+介護保険料で月 82,149円払っている*1。これだけ払っていていざ大きな病気の時に自己負担を毎月44万円求められるとなれば、健康保険に払う金で普通に任意保険をかけておいた方が得では?と思わざるを得ない。

 ここまで書くといずれ国民皆保険制度まで壊したいのかな?とも思えて来る。入るメリットを削っていけば廃止に反対する人も居なくなるだろう。

 正直、年収が1,650万もあれば毎月44万払ったとてそれなりの金額が残るのであまり同情する気にはなれないのだが、先述したように大きな病気をすれば働けない=無収入になる期間が存在し得る。そうした状況下で今までと比べて約1.8倍の速度で貯金を切り崩さないといけなくなる、と考えると決して国民に優しい政策ではないし、上に比べればマシとはいえ下々もしっかり負担を増やされていることを見逃してはならない。

 だったらもっと高齢者だって収入に応じて医療費を自己負担してくれよ

 と現役世代が反発するのも当然だろう。高齢者と一括りにするのはどうかと思うが、中にはその辺の現役世代よりも収入のある人はいる。まずそういった人々に相応の負担を求めることが公平な制度改革ではないか。

 ある意味、こうした制度改革内容を見ると厚生労働省が富裕層と貧困層の分断を煽っているようにも見える。そもそも今、ここに手を入れる必要はあったのか。富裕層、貧困層に関係なく現役世代の負担を増やすこと自体が大きな間違いだ。

意識の問題

 税や社会保険料に累進性が必要であること自体は否定しないがそれにも限度があり、あまり重税を課せば「働けば働くほど損をする」という認識に繋がる。決して年収が高くない私でもそう感じることがあるので、高収入と自慢できるほどの労働者はなおさらその感覚が強いのでは。

 世の中で転売ヤーだYouTuberだ闇バイトだが流行るのもよく分かる。まともに働くのが一番損(をした気分になる)。実際はまともに働いて社会保険料、税を納めることで得をしている部分もあるのだが、今はそのバランスが悪い。

 税や社会保険料を取られずに済む収入源が欲しいと感じるのはもはや当然であり、その雰囲気を感じ取った若者がSNSの普及もあいまって、まともでない稼ぎ方を目指してしまう。日本の民度や治安が悪化している遠因は政府、特に厚生労働省財務省にあると言っても過言ではない。

 なお、Xでは一部で「年収1,650万円は月に14万も保険料を払っているのに」という意見を見かけたが、それは厚生年金保険料も含めているだろう。健康保険料だけで言えば71,000円前後では。

 年収の壁引き上げについては「対応を苦慮」するくせに、国民の負担を増やす増税社会保険料の引き上げ、果てはこうした健康保険制度そのものの改悪はいとも簡単に決めてくれる。自民党財務省厚生労働省および経済界は日本を破滅に導こうとしている国賊であり、自民党議員を国会から追い出して少しずつ政治を変えるしか治療法は無い。官僚は選挙で変わらないので厄介なのだが・・・。

つ い で

 立憲民主党原口一博議員がとうとうMeiji Seikaファルマから提訴された。氏は以前から陰謀論に傾倒しており、ワクチンを巡っても反ワクチンの立場から独自の主張を繰り返して来た。

www.fnn.jp

(記事題:【独自】レプリコンワクチン巡る原口一博議員の「生物兵器まがい」発言で製薬会社が提訴へ“科学的根拠のない中傷で名誉を毀損された)

 ワクチンを打つ/打たないの判断は個人ですれば良いと思うが、一体どこまで確かな根拠があって「生物兵器まがい」とまで言うのか。情報処理能力に欠けるというか、少々思い込みが激しいように思う。氏にとっては十分な根拠があるという認識なのかもしれないが、客観的に見た時にその根拠は十分なものではないだろう。

 陰謀論の根底を辿っていくと、必ずどこかで根拠が無い/薄い何かを信じている部分がある。根拠の薄い情報を簡単に信じてしまう人物は情報の確度を確認する力が甘い。そして一旦こうだと思い込んでしまったら、それに都合の良い情報ばかりを集めてしまう(確証バイアス)傾向が強い。

 確証バイアスは誰しもあるものだが、陰謀論者は間違いを指摘されてもそれを認めない。むしろ間違った認識を強める傾向にあるという。おそらくそういう人間は尊大な自尊心を持つがあまり、己の過ちを認められないのだろう。間違っているという現実を突きつけられても、自尊心が傷つくのが怖くて間違いを認められず、より一層自分の意見を信じる方向へ向かってしまう。

 それはそれとして、以前から原口氏に関する問題は指摘されて来たにも関わらず立憲民主党は何ら動きを見せてこなかった。言論の自由があるとはいえ、こうした人物を放置し続けるのは一体どういう了見なのか。

 個人の意見、自由を尊重することも重要だが、それゆえに立憲民主党には原口氏に限らず問題児の多い印象が拭えない。野党ならそれでも良いかもしれないが、政権与党を狙う場合においてこれは国民の目にリスクとしか映らないだろう。万一政権を握ろうものならあらゆる点で批判に晒され、原口氏のように隙の大きい者はマスコミに吊し上げられて、「やっぱり野党は頼りない」という印象を国民に与えることになる。

 現実はそこに行くまでもなく、すでに「やっぱり立憲民主党はダメだ」という印象を有権者に与え続けている訳だが。立"件"民主党の誹りはしばらく消えそうに無い。

*1:試算の都合上、1,650万円を12で割った場合を月額とし、単純に協会けんぽ奈良の料額表を使用した。どのみち保険料は