ヤマネコ目線

大体独り言、たまに写真その他、レビュー等

都知事選の全裸ポスター

 東京都知事選挙において全裸の女性のポスターを貼った候補がおり、警視庁から警告を受けて候補者側がポスターを剥がす珍事が発生した。

news.yahoo.co.jp

(記事題:警告受けほぼ全裸のポスター撤去)

全容

 ポスターを掲示した候補者は自称ジョーカー議員こと河合悠裕氏。候補者本人の顔は女性の局部と乳首を隠す形で(それも顔を白塗りした写真で)印刷されている。

 河合氏の議会活動用アカウント。プロフィール欄に書いていることを見るに、あくまで至極個人的な感想だが政治を食い物にしようと目論む人間のマーケティングの典型に見える。京都大学を出てやっている事がこれかよ。

 モデルになった人物は桜井みう氏。「世界一何でもするギャル」と書いてあるがもう少し仕事を選んで欲しい。それで良いのか。人として。

なぜ選挙ポスターがここまで混沌とするのか

 「自由には責任が伴う」という話はもはや語るまでも無いとして、今回のポスターは迷惑防止条例によって剥がすよう指示された訳だが、それ以前に選挙のポスターに関して規制が甘過ぎるのが第一の問題ではないか。具体的には覚えていないが、今回以外でも「これは許されるの?」と疑問に思うようなポスターはあったように思う。

 大体、選挙管理委員会は例のポスターを確認してはいないのか。都の迷惑防止条例を根拠として撤去指示が下された訳だが、都の選挙管理委員会迷惑防止条例に基づいて事前に止めることは出来なかったのか。その点についても疑問である。「表現の自由」で押し通そうとする人間は憲法で掲げられる自由権の方が条例よりも上だと言うだろうが、公共の利益に反する権利は制限され得るのでその手の擁護は無理がある。

 なお、今回のポスターは迷惑防止条例ではなく猥褻物頒布等の罪(いわゆる猥褻物陳列罪)に該当しないのかと思うが、条文や解釈を確認するに局部を露出していないならセーフの可能性が高い。乳首や陰部を候補者の顔で隠しているからセーフ。ふ~ん、とにかく明るい安村アキラ100%もセーフだったもんな。

 他にも出会い系サイトと見せかけた詐欺サイトへ誘導するQRコードが印刷された、明らかに選挙と無関係なポスターが大量に貼ってある事例もあったようだ。画像を見る限り候補者の名前すら無い。こんなのはどこの誰が貼ったのか確認して処罰するべき。

 なぜこんな事が事前に止められないのか。妙な所で規制が厳しい割に電動キックボードだのソーラーパネルだの、規制が変にユルい所がある。これを期に徹底的に見直して欲しい。

 選挙ポスターなんかもっとシンプルで良い筈だ。全員青背景、正面からの顔写真、氏名と1フレーズ程度で良いのでは。掲示枠の販売も禁止して欲しい。NHK党がやっているらしいが本当に「衆愚の衆愚による衆愚のための政治」という感じ。

候補者が多い

 最終は56人だったので上の画像は漏れがある。よくもまあこれだけ候補者が出て来たものだと呆れるばかりだが、選択肢が多いことは一概に良いとも悪いとも言いづらい。「多過ぎる」と言えば確かにそうなのだが、選択肢が少な過ぎる地方の選挙よりはむしろ賑やかで良いとも思える。

 しかし衆愚というか数ばかり多くて質が低いのは頂けない。玉石混交どころではなく石々混交。このNHK党の多さは何とかならんのか・・・同じ政党からの候補者数を絞るだけでも1列くらいは減る。他の候補者も何の目的で立候補しているのか得体のしれないのが多い。何だよ「アキノリ将軍未満」って。興味本位でggったら寒気したわ。これが民主主義だと言われればそれまでなのだが。どこぞの国は元コメディアンの大統領の下で侵略に抵抗しているしな。

 結局、ここまで泡沫候補が多いと知名度勝負になってなんだかんだで現職が勝ちそう。蓮舫氏も良い勝負にはなりそうだがネガティブなイメージが強い上、後援が立憲、共産、社民ではむしろマイナスではないか。田母神氏は一部の右翼が支持しているだけで全体で見れば勝ち目は薄い。無党派層が一番多いと言われる東京ではなおさら。

全裸ポスターに対する至極、個人的な感想

 「表現の自由」を履き違え、自由のためと言いながら明らかに反感を買うような今回の行動はどう足掻いても擁護できない。表現の自由にとっても、それを規制しようと考える人間にとっても敵でしかない。いくら何でも限度というものがある。

 それも候補者本人は白塗りでコスプレをして半ば素顔を隠し、ポスターに印刷された写真も小さく収め、候補者ではない女性を「表現の自由」のもとに矢面に立たせる。そういう事をやるなら自分が全裸になってやれよ。それが出来ないあたり卑怯で人間の小ささが透けて見える。

 また、今回の件を「表現の自由戦士オウンゴール」だのと言い出すいわゆるフェミニスト界隈が出てきたのはもはや一周回って面白い。彼らからすれば表現の自由を声高に叫ぶ人々のせいで今回のような輩が出てきたと主張したい訳だが、そもそもの問題は彼らが敵視する表現の自由の範囲が広すぎることであって、その範囲の中で「いくら何でも限度がある」という話は十二分に通用する。表現の自由を守るという話と、今回のような明らかに行き過ぎた表現は規制するべきという話は両立し得る。矛盾しない。

 俺も立候補するか(時すでに遅し)

続)定額減税が面倒くさい

 定額減税制度について前回記事に加えて面倒くさいポイントが新たにあったので改めて。前回記事は以下。

manuller416.hatenablog.com

二重で減税が受けられる可能性

 定額減税は被扶養者だけでなく、本人の分も枠がある。独身で誰も扶養に入れていない人であっても最低、当人の分=所得税3万円+住民税1万円の減税が受けられる。

 ではこれが配偶者の扶養に入りながら働いている人ならどうか。たとえば夫の扶養に入りながらパートで働いている妻の場合、夫は妻を扶養に入れているのでその分、定額減税の枠がある。かたや妻は本人分の定額減税の枠を持っている。被扶養者として、本人として二重に減税を受けられることになる。

 これがまた政府から出ている手引書にはどのようにすれば良いのか記載されていない。調べてみたがこのような場合、一旦、被扶養者である妻にも月次減税を適用して所得税をゼロにし、年末調整の際に精算するとあるサイトには書いてあった。しかしそう書いてあるサイト自体も1つ見つけた程度で実際はどのような処理をするか固まっていないように思われる。

 加えて公的年金にも定額減税は適用される。自民党は主たる支持層である高齢者にキッチリ媚を売りたいので、公的年金を除外し給与所得のみに定額減税を、などとはしない。

https://www.nenkin.go.jp/oshirase/topics/2024/teigakugenzei.html

 これ、裏を返せば給与計算実務者が定額減税において所得税減税の枠を正確に計算するためには、公的年金受給者の所得税額を把握する必要がある≒年金額を本人に訊かなければならない。それも誰が公的年金を受け取っているかが把握できている前提。漏れの無い納税を行うためには給与所得の額に関わらず本人に確定申告を促すべきかも知れないが、公的年金を受け取るような年齢で今まで確定申告をしていないような人は、あえてそのような申告をするだろうか。収入によってはそもそも確定申告が義務では無い。

 また、2つ以上の事業所で働いている場合も二重減税の可能性がある。本来はざっくり言えばもらう額が少ない事業所では乙欄、額が多い方では甲欄を使用して源泉徴収を行う(従たる給与、主たる給与)。これがもし労働者がいずれの事業所に対しても甲欄で提出していた場合、事業所からは他でどう出されているか把握することは困難であるので重複して所得税分の定額減税が適用される可能性がある。定額減税が適用されるのは甲欄の人のみなので乙欄で計算される人は関係ない。

 事業所得にかかる所得税も定額減税の対象になるため、予定納税がある場合はここで給与所得+公的年金+事業所得の最大三重減税となる可能性もある。ようだが確定申告はするだろうし後で精算されるような気もする。

 年の途中で転職した場合の扱いも面倒くさい。月次減税のデータを前の職場から提供してもらうしか無いだろう。それを入社してから最初の給与計算処理に反映するための改修が必要になる。今年1回だけのために。

 書いていてもはや面倒になって来たし、正確なことを書けている自信も無くなって来た。より詳しい話は下記記事を参照されたい。

finance.yahoo.co.jp

 何にせよ、悪意というかズルいことをしてより多く減税を受けようと思えば受けられてしまう可能性がある。減税するにしても最初からやり方が間違っているために制度が複雑化しており、非常にミスをしやすい状態。これで良いのだろうか。何よりあらゆる要素を考慮して完璧に定額減税制度をマスターしたとしても、この制度は今年1回限りである。

本人が海外出張に出ている場合は

 これも手引書にはどうすれば良いか載っていない。扶養親族は非居住者=海外に住んでいる者は対象外とあるが、たとえば給与を受ける本人が日本に住民票を残したまま海外で仕事をしており、それに対して日本の口座に給与が振り込まれている場合はどうすれば良いのか。

 制度の趣旨を考えればあくまで「日本国内の物価高に対応するために国内居住者のみが対象」なので、海外で仕事をしている当人の分は対象外な筈。しかし住民票は残っているし住民税も払っている、となれば対象にするべきような気もする。もう訳が分からん。

説明するのが面倒くさい

 こうした制度、処理する立場としては当然ながら社員や経営側から何がどうなっているのかを訊かれることが多い。その際にもあまりに複雑怪奇な制度なのでものすごく説明しづらい。「うるせぇ!手前でまず調べろ!」と言いたくなるがそれが出来る人間ばかりでは無いし、それで理解できる人間ばかりなら苦労しない。こうした処理に比較的慣れている自分でも少し整理して考えなければならない箇所がある。

 特に以下、「源泉徴収に係る定額減税のための申告書 兼 年末調整に係る定額減税のための申告書」のただし書き。6月に提出する分として出すか、年末調整の際に出すかのチェック欄があり、その2つで書いてあることが微妙に違う。

 読めん!いや老眼では無いがぱっと見てこれだけで読むのすら嫌になる人も多いのではなかろうか。そんな事を言っていても始まらないので文字だけ抜き出すと

[ 6月に出す場合 ]

※ 「給与所得者の扶養控除等(異動)申告書」に記載した源泉控除対象配偶者、控除対象扶養親族又は16歳未満の扶養親族については、既に定額減税額の加算の対象に含まれていますので、この申告書に記載
して提出する必要はありません。

※ この申告書に同一生計配偶者又は扶養親族を記載して提出した場合であっても、年末調整において定額減税額を加算して控除を受ける際には、同一生計配偶者については「給与所得者の配偶者控除等申告書
兼年末調整に係る定額減税のための申告書」に記載し、扶養親族については「給与所得者の扶養控除等(異動)申告書」又は「年末調整に係る定額減税のための申告書」に記載して提出する必要があります。

 

[ 年末調整の際に出す場合 ]

※ 「給与所得者の扶養控除等(異動)申告書」に記載した控除対象扶養親族又は16歳未満の扶養親族については、既に定額減税額の加算の対象に含まれていますので、この申告書に記載して提出する必要はあ
りません。

※ 「給与所得者の扶養控除等(異動)申告書」又は「源泉徴収に係る定額減税のための申告書」に配偶者の氏名等を記載して提出した場合であっても、年末調整の際には、同一生計配偶者の氏名等を記載した
申告書を提出する必要があります。この場合、「給与所得者の配偶者控除等申告書」を提出する人は、この申告書への記載は不要となりますので、「給与所得者の配偶者控除等申告書兼年末調整に係る定額
減税のための申告書」(兼用様式)を使用して提出してください。

※ 「源泉徴収に係る定額減税のための申告書」に扶養親族を記載して提出した場合であっても、「給与所得者の扶養控除等(異動)申告書」に記載していない扶養親族については、この申告書の「扶養親族の
氏名等」に記載してください(この扶養親族について「給与所得者の扶養控除等(異動)申告書」に記載して提出する場合は、この申告書を提出する必要はありません。)。

 

 これを要約すれば

  • 既に扶養控除に記載した扶養親族を再度この用紙に書いて提出する必要はありません
  • この用紙に被扶養者を記載するだけではダメで、年末調整の際に同一生計配偶者は別の用紙に、その他扶養親族はこの用紙を「年末調整にかかる定額減税のために申告書」として再度提出してください

という感じ。合ってる?これだけの事を書くためにお役所的にいちいち申請書の名称をフルで書く上、さながら遊戯王のテキストのように隙のない堅苦しい書き方なのでめちゃくちゃ分かりづらい。遊戯王でも分かりづらいと言われてるのにこんなややこしいテキスト書くなよ。

 これに限らずあらゆる点で説明するのが面倒くさい制度になっている。前の記事でも書いたが所得税計算における被扶養者の数と、定額減税で減税対象となる被扶養者の数がイコールではない時点でもう紛らわしい。

定額減税は制度そのものが間違い

 前々から書いているが、これが消費減税であればここまで複雑怪奇で穴のある制度は必要なかった。時の政権の人気取りのために地方の財源を減らし、地方自治体に事務や給付の負担を押し付け、民間企業にも余計な給与計算やソフトウェア改修コストを強いる必要はなかった。消費減税もノーコストで行える訳では無いが、定額減税ほどでは無いはずだ。それも今年限りということを考えればあまりにコスパが悪い。給与明細システムなんか来年は元に戻さなければならないのだ。

 そもそも所得税累進課税である。格差が拡大する中であえて累進課税を減らすことが意味不明。賃上げ機運が高まっている中では上がる給与に応じて所得税も増えると見込まれる訳で、これから先、所得税をしっかりと税収の柱に据えるべきである。それを一時凌ぎとはいえ減税することは間違っている。

 それも年収2,000万円までの範囲で減税するのがおかしい。年収1,999万円だったとしても対象になる訳だがそんな奴が金に困ってる訳無いだろ。これがせめて面倒な処理が無く、たとえばせいぜい「年収600万円以下は一律で今年の所得税をゼロとする」、くらいのシンプルなものであればまだ許せた。しかし、下手に減税の範囲や額を搾りたいがために余計な縛りを設けて複雑な制度にした上、実施まで時間的な猶予も与えなかった。減税するにしてもやり方がおかしい。間違っている。

 住民税は地方税地方自治体の財源であり、それを時の政権が人気取りのために勝手に減税すると言い出すことは明らかに不当である。それを急に今年から減税処理しろと言われ、例年と異なる処理をし、減免しきれない分は給付を行う。財源を削られた上にコストを押し付けられる自治体はたまったものではない。とにかく民間企業にも自治体にも余計な負担を強いている。

怒りの愚痴

 職務上すでに定額減税を適用した後の手取り額は把握しているのだが正直、「ありがたい」というよりも「ろくな使い方しないくせに普段からこんなに税金取られてるんだ」という感想が頭をよぎる。それも無駄に手間ばっかり増やしやがってと来るともう、怒りしか無い。1人あたり年たった4万円、1回こっきりの減税で何を恩着せがましい態度を取ってるんだ。パーティー券購入は5万円超から公開するらしいが、だったら1人5万円未満の減税程度、給与明細に載せるべくも無いではないか。増税額は載せないくせによ。

 減税するのであれば逆進課税である消費税を減らすべきである。インボイス制度も実質的な消費増税制度な上、余計な手間でしかないので廃止するべき。その方が減税するにしてもずっとシンプルに済む。すぐ「財源がー!」と言うが今が余計に取り過ぎなのだ。庶民と同じくらい余計なものを削ってから言え。足らぬ足らぬは節度が足らぬ!

 国会では政治資金規正法改正案が通過しそうなようだが、なーにが「5万円超えたら公開する」だ。なーにが「領収書は10年後に公開する」だ。だったら民間企業も単発5万円未満の支出は税務監査から外せよ。領収書の公開も10年後にさせろ。保存義務期間は7年間(赤字の場合は10年)なのでその間に捨ててやるわ。

 あ、政治家の政治資金収支報告書の保存期間はたった3年だったね。民間も保存義務期間3年で良いよな?3年経ったら捨ててやるよ。

 10年後に公開して不正が明らかになったとして、一体誰がそれに対して責任と取るのか。そもそも10年後に公開できるものが残っているのか。不都合なものはナイナイしてしまえば済む話だもんな。

 そろそろ自民党政権をナイナイしたい

 民主党政権みたいに円高になったらどうすんのって?金融政策が大きく変わらん限り大丈夫っしょ。それよりも我慢ならん事が多過ぎる。

 

地方創生の影

 ただの感想文。昨日、NHKクローズアップ現代で地方から女性の流出が止まらないという話が特集されていた。私は男だが内容というか、女性の声には共感できる事が多い。

www.nhk.or.jp

思い描く未来像が致命的に乖離している

 一言で表現すればこんな所だろうか。地方において求められる女性の在り方と若い女性の将来への希望がかけ離れており、地方に残ることを選択すれば確実に自分が思い描くような未来は無い。地方から出て行くことが自分の人生にとって最善の選択肢になっているので、女性はどんどん都市部へ流出する。

 地方においては男尊女卑的な傾向が強いため男性は不満を感じる度合いも低く、賃金も女性より多いので都市部へ流出するいわば”圧力”のようなものが低い。なので必然的に地方から移住する人の割合は女性が多く、地方は男余りの状態となる。

 正直、詰んでね?と思った。消滅可能性自治体というワードがあるが、もはや今からその傾向を覆せるほど何かが大きく変えられるとは思わない。自治体が消滅すればよそのどこかと併合すれば住む話。1度滅ばなければもはや変われない、それはこの国全体についても時に思う節がある。今から矯正するにはあまりにあらゆる所が歪んでいる。

 番組内ではそれでも地方を変えて行こうという取り組みが取り上げられていたが結局、地方に残って欲しい理由は「子どもを産んで欲しいから」ではないのか。行き着く先、将来設計がズレているのでどう足掻いても問題は解決しない。

 そこで無理強いして地方に残ってもらっても子どもを産まない、産んでも1人か2人、という話ならば無理に地方に残ってもらう事もあるまい。3人以上生まれなければ人口は減っていく。*1しかし国全体として”3人以上”が当たり前に出来るような社会にはなっていない。地方創生だのと言っても地方で出来る事など限度がある。

認識の齟齬

 特集の中で地方の祭りの在り方を見直した例が出ていた。祭りの主体はあくまで男で、女性は”接待”として料理を振る舞う。神輿を担いだり飲み食いして騒ぐのは男。女は料理を作って酒をつぐ役でしかない。昭和というかそれよりもずっと昔から続いて来たであろう地方、村の在り方が令和になっても変わっていないのだ。

 番組の中では祭りを取り仕切る男性が女性たちに意見を聴いてそれに気付かされたという話があり、それで”接待”の規模を縮小したという事だった。

 しかし、それが前進であるかのように取り上げられる事自体に認識の齟齬がある。もはや「言われて気づく」レベルでは遅い。祭りに際しての比較的大きい負担の話ですら言われなければ気付けないのに、それよりももっと細々とした日常的な女性の不満に気づくことが出来るのだろうか。否、できないだろう。

 自主的に問題点を洗い出し、それを改善して行くことが出来なければ不満を取り除くことは出来ない。ましてや地方の政治主体は男性であり大抵は高齢者。女性にも、その価値観に多少なりとも寄り添える若い男性にも実権が無い。なのでいつまでも何も変わらない。変わったとしてもそれは女性の流出を止められる程では無く、それも一部の地域にとどまる。

地方の企業の取り組み

 地方におけるもう1つの取り組みとして宮城県の水産会社の例が取り上げられていたが、あれはあくまで1つの民間企業、会社の中でそれなりの地位にいるのが女性だから出来た話。地方の取り組みとして挙げるには些か弱いというか、全ての企業が能力重視で女性を正社員にしてくれる訳ではない。あれを見て女性が希望を見いだせる可能性は低い。

 そうした取り組み自体が全て無駄だというつもりは無いし、それをテレビで取り上げることで地方の企業に改革を促す効果までは否定しない。しかし実際、それで変われるような企業ばかりなら苦労もしない。

 そもそも件の水産会社も男性は最初から正社員で雇うのに対し、女性はパートが基本=結婚して扶養の範囲で働く、子育てを主体としてキャリアは二の次、という構図。今の女性のニーズには即していない。

では、どうすれば良いのだろうか

 考えてみたが正直、たとえ理想論として書くのであってもなかなか厳しい話しというか非現実的な話になる。

 女性に「結婚して子育てするのが当たり前」という価値観の押し付けをしないことがまず求められると思うが、地方に残って欲しい理由と明らかに矛盾するために難しい。どうしてもそれが透けて見える、圧力になる所が出て来るだろう。地方に残っている中高年の女性は旧来の価値観を受け入れて来た人々なので、その点で「女性だから女性の味方」ということも有りえない。むしろ敵にすらなり得る。

 女性の負担を軽減するにしても、男性は男性で地方で負担を背負っていない訳ではない。むしろ女性側が当たり前と思っているだけで男性が女性よりも負担して来た部分はそれなりにある筈である。特に地方での産業=一次産業ではその傾向が強いのではないか。そこで女性の負担だけを大きく取り除けば今度は男性側に「俺達は肉体労働しているのに女性は何もしない」という不満がたまる。そこのバランスも難しい。身も蓋も無い話だが、もはや地方における生活の構図そのものが現代のニーズに即していない。テレワークなどで生活様式を変える手もあるが、そうなればその地域に住むことにこだわる理由も無い。

 男女間の賃金格差はもはや法的拘束力をもってして是正しなければならないレベルだと思うが、それはもはや国政の域なので地域だけでは対応出来ない。日本の経営者は罰則付きの義務化をされなければ何も変えないので、地方レベルの取り組みで変えることはほぼ不可能。最低賃金もそもそも都道府県によって違う。技能実習生ですらより最低賃金が高い地域を目指す。特にいまの世の中は金、金、金。物価は上がって子育てにかかるコストもリスクも上がっている。その中で人に金を出せない地方ではお話にならない。

 どこぞの町役場があまりに安い値段でクマ駆除を依頼して猟友会にそっぽ向かれている話、多くの人は他人事として笑っているだろう。しかしあれに限らず日本人はかけるコストに対して多くを求め過ぎる傾向にある。決して他人事ではない。ノーワーク・ノーペイならばノーペイ・ノーワークも成り立つ筈だ。「地方に残って安価な賃金と重い負担に人生をかけろ」と言うのと「二束三文でクマ相手に命をかけろ」と言うことの何が違うのか。

 その地域に暮らして来た人間はそのコストを受け入れられて来た人間なのでそれが当たり前、むしろそれが受け入れられない人間が不思議な存在に見えることだろう。しかし生まれた時から不景気の中で育った世代は違う。コストに対して極めて厳しい価値観を持っており、そこでも致命的な違いがある。映画館で2時間の映画を見ることすら「タイパが悪い」と言って避ける層が田舎暮らしのコストを受け入れると思うか?

余談:田舎暮らしのデメリット

 つい最近、YouTuberが田舎で古民家を買って住むような動画を企画し、地元住民と揉めて企画を中止したことがニュースになっていた。理由は以下の通り。(https://yutura.net/news/archives/116495 より一部抜粋)

 ルートルは物件を購入する際、自治会に入る必要はないと言われていたとのこと。ところが蓋を開けてみると、「自治会に入れ」と要求されたのだとか。さらに、「協力金」として年間9万円、「放送設備設置代」として1万円の支払いと、年に数回おこなわれる水路の清掃、ゴミ置き場の清掃、墓地のゴミ置き場の清掃、堤防の草刈りへの参加を求められたそうです。

 田舎では若者は貴重な労働力である。肉体的に健康なことはもちろん、高齢者しかいない地域では良い言い方をすれば頼もしい、悪い言い方をすれば年下なので命令出来るし便利使い出来そうな存在。なので”活用”しない手は無いし、それに従わない人間は非協力的とみなされて敵視されることになる。それが外部から来た人間が居着きづらい理由。

 しかし地方における様々な奉仕活動は地域の環境を維持するために必要であり、その正当性を否定することは出来ない。地元住民からすれば長年、彼らがコストを支払って維持し続けてきた地域に住むもうとする中で、健康な肉体も経済力もありながらあらゆる協力を拒否するYouTuberはいわば「よそ者のくせにいいとこ取りしたいだけ」で、反感を覚えるのも無理はないだろう。もっとも消防団なんかは本当に必要か?と思うが。

 で、そこでYouTuberが企画を中止した理由は嫌がらせを受けたという点もあるだろうが、おそらく一番大きいのは環境維持のためのコストを支払ってまで、負担を背負ってまで地方に住みたいとも思っていないから。記事ではYouTuberが被害者であるような書き方だが、私から言わせれば最初から地方での暮らしの本質を理解していないのが悪い。金のための動画作りのことばかりで当たり前の道理を理解していない。

 それでも、どうしても何の負担も背負うことなく田舎暮らしがしてみたい、と言うのであれば人家がほぼ無いようなガチな過疎地をオススメする。人家があっても1件、2件くらいでそれこそその地域で住んでいるだけでありがたがられる様なガチのド田舎がおすすめ。もちろん手入れされた道路や綺麗な田畑のような整った田舎の風景を期待してはいけない。

 都市部に住むにはそれなりの家賃が掛かるだろう。田舎では家賃は安いがそれ以外で金が掛かる。社会の一員として、人間としていずれかの地に住む以上、それ相応に社会から求められる負担から逃れることは出来ない。不景気でコストに厳しく育った一員としてそれに抵抗があることは理解出来るが、それを皆が皆、拒否し続けては社会は成り立たない。

 俺も都市部に住みてぇ

 

*1:事故や病気の場合を考慮すると2人では現状維持すら出来ない

買って良かったものランキング2024上半期

今週のお題「私の〇〇ランキング」

 やっぱりこの手のランキングと言えば「買って良かったもの」ランキングだろう。と言う訳で2024年も6月中頃。2024年上半期のランキングを考えて見る。ランキングにする意味?知らん。

第5位:傘型サンシェード

実際に購入したものの直リン(Amazon埋め込みは参考)

https://www.amazon.co.jp/gp/product/B0C7GNY11P/ref=ppx_yo_dt_b_asin_title_o06_s00?ie=UTF8&psc=1

 今までは普通の?屏風のように折り畳むサンシェードを使っていた。しかし端っこのフェルト部分が日光で劣化してボロボロ取れて来たので買い替え。

 こいつは折りたたみ傘のように手軽に展開・格納が出来るしちゃんと効果がある。今のところ不満無し。完全に畳むのが面倒くさいがそれは夏が終わってからしまう時で良い。買う場合、サイズだけは注意。

第4位:サウンドバー

 共有PCのスピーカーとして購入。正直、思ったよりデカかった。ただしそれだけあって音質は良い。接続も通常のオーディオ端子、Bluetooth、USBが選べる。Windowsの仕様でUSB接続ではイコライザーが使用できないためAUX端子で接続している。

第3位:モニターライト

 眼の疲れが軽減されるというので試しに購入。眼が疲れづらくなったという実感はぶっちゃけあんまり無い。もう少し使ってみないと分から無さそう。

 それはともかく、部屋の明かりをこいつだけにする事が多くなった。PCモニターとキーボード付近を照らしてくれるので作業しやすいのはもちろん、光量的に部屋もうっすら明るいので間接照明っぽくて良い。今までは部屋のLED電灯ガンガンで明るくしていたが、これだけにしてからは夜に強い光を浴びる時間が減ったためか入眠しやすくなった。外に漏れる光が減ったからか虫が入って来ることも減った気がする。

 モニター上部に設置することが前提の設計だが読書用ライトとしても良さそう。光量自動調整機能や色味の変更も可能。ただし電源はACアダプター(別売り)で5V / 2A以上のUSB Type-A充電器を別途買う必要がある、ON / OFFは本体で行わなければならずその際に位置がズレやすい*1、発熱がそれなりにある*2という欠点はある。

第2位:共有パソコン

 パーツ単位で買って組み立てているが面倒くさいので1カウント。家族共有で家のことに使うためにパソコンを組んだが、やはり新しいハードウェアと言うのは見るだけでも満足感がある。加えて自作PCは新しいパーツを買い集める楽しみに加え、1台のパソコンとして完成させるという達成感も味わうことが出来る。

manuller416.hatenablog.com

 新しくPCを組むにあたって改めてその時、最新のパーツの情報などを調べるので知識をアップデートする機会にもなる。数年前の知識で止まっているとパソコン選びはミスをする。

 たとえばCPU、一昔前ならば

Intel core i7が高スペックでcore i5は中堅、i3は最低限、Celeronはゴミ」

 という感じだったが、今は

core i9core i7は普通の人には必要ないレベル、core i5で高スペック、core i3でも十分、CeleronはゴミだがN100あたりは事務処理程度なら十分」

 くらいの差がある。なんなら最新のIntel CPUはiが無くなって「core 5」や「core Ultra 7」などの名称になっている。私が去年、組んだマシンはcore i5-13500だがそれでも14コア20スレッドともはや何に使えば活かしきれるのか分からない。

 「Celeronはゴミ」と書いたが新しいもので軽い用途ならあまり不満は無さそう。ただちょっと重い処理(特にWindowsのアップデート等)が入るとストレスが溜まるだろう。N100はCeleronの上位互換みたいなもので、最近流行りの?ミニPCによく搭載されている。

第1位:ライブチケット

 説明不要、文句無し。世間ではいろいろ言われているようだが実際に行った1人として不満は無い。2日間で14万人を動員した最大級のお祭り騒ぎ。私はEQ、感情の起伏や共感力に乏しいが途中で感動して泣きながら笑っていた。思い出はプライスレス。

manuller416.hatenablog.com

 ライブで聴いた曲は今までそこまで好きではなかったものも好きになってしまう。そして信じられないくらい記憶が消える。でもあの時、楽しかったという記憶、振動する服や身体、ステージの光景の一部、全身で浴びるように音楽を聴いた感覚は確かに自分の中に刻まれている。

 「踊」や「唱」も良いが一番良かったのは「ショコラカタブラ」。音源も良いがライブで聴くとめちゃくちゃ盛り上がる。アンコールでB'zの松本さんが出て来ての「DIGNITY」も素晴らしかったし、初音ミクとのコラボからの「心という名の不可解」でフィナーレ。楽し過ぎて本当にあっという間だった。体感5分くらい。あれ?ここだけ時間の流れ速くなってない?

 まだ21歳の女性歌手が1人でステージに立ち、あれだけの事を成し遂げたという事実。それだけでも誰にも文句を言われないレベルの偉業。その観衆の1人として現地に居られたことは間違いなく上半期で良かった事の1位。

番外編

 以前からちょくちょく使っていて共有PC用に買い増したキーボード。単4乾電池2本でかなり長く使える。遅延も気にならない。形状や機能はオーソドックスだがプライベートにも仕事にも使いやすい。

 洒落たパッケージのチョコレート。コーヒーに合うチョコレートというコンセプトなので「カフェタッセ」。贈答用にも自分用にも良い。

 12月発売予定で予約したもの。未着なので未評価だが今から楽しみ。ゾイドシリーズの1種でAZシリーズとして再構築された電動モデルであり、ただのプラモデルではなく歩行する。接着剤不要、お値段は大人向け。

 最近知った曲。2020年の曲だが癖になる良いインストとAdo氏の間違いないボーカルが良い。ライブでは聴いたことが無いが「たった1人でステージに立って」の歌詞が国立で1人、ステージに立っていた姿と重なる。

 ライブグッズはまた後日、別記事で。常用するのがもったいなくてなかなか使えるものが少ない。ネックタオルはキーボードカバーとして使用中。

*1:スイッチ付き延長コードのスイッチでON/OFFが出来ない

*2:長時間使った後にOFFにしようと触るとほんのり暖かい

政治資金規正法改正案のザルさ

 政治資金規正法改正案が国会を通過しつつあるが、これがやはりザルと言うかもはやこれ、ザルとすら呼びたくない。ザルを作っているメーカーの方々に失礼。

www3.nhk.or.jp

連座制

 自民党の改正案では以下のようになっている。

議員に収支報告書の「確認書」の作成を義務づけ、会計責任者が不記載や虚偽記載で処罰された場合、議員が「確認書」を作成していなかったり、内容を確かめずに作成したりしていれば、50万円以下の罰金を科し公民権を停止する

 確認書を作成しないのはまずアウトとして、確認書と実態が異なっていた場合のペナルティは一切無い。確認書さえあれば今まで通り会計責任者に全ての責任をなすり付け、逃げおおせる事が可能である。

不記載自体に対するペナルティ

収支報告書に不記載などがあった場合、相当する額を国に寄付できるようにする

 これはあくまで任意での話。「寄付」という表現が適切なのかも疑問に思うが、何にせよ不記載分に対する追徴課税的なペナルティも設けられていない。国民は納税が少しでも遅れれば追徴を受けるのに、政治家は数年後しに不正が明らかになった場合でもその期間に対するペナルティを受けないというのはおかしいではないか。

 不記載があった場合、その金額に加えて追徴課税相当額を国庫に返納、あるいは政党交付金を減額するくらい必要ではないか。まさかこの「寄付」で寄付控除なんか受けようとしてないよな?政党支部に寄付して受けていたみたいに。

外部監査の強化

 以下、冒頭記事より一部抜粋。

 この辺りはまあまあ、と思ったが「政治団体の支出だけでなく収入も監査の対象に含める」とは。今まで収入は監査対象じゃ無かったんだね。これからは含めるんだね。へ~すご~い。元からザルなのでは?

パーティー券購入者の公開

 パーティー券の購入者を公開する基準額については、当初は現在の「20万円を超える」から「10万円を超える」にするとしていましたが、公明党の主張を踏まえ、法律の施行から1年後に「5万円を超える」に引き下げると修正しました。

 これも経理をやっている人間としては到底納得できない所。お金の管理は1円単位で行うことが当たり前である。それもインボイス制度、電子帳簿保存法、定額減税と何の生産性も無い手間ばかり増やしてくれておいて、自分たちは「5万円超えたら公開します」だぁ?バカか!いい加減にしろ!

 それも法律の施工から1年後と地味に時限措置を入れているあたりがセコい。民間企業が税務署の監査で「単発5万円以下は見せられません」なんて言えるか?1円から公開するのが当たり前だろ。パー券1枚、1円から公開しろ。

 なお、パーティー券は現金での販売を辞めて口座振り込みだけにするとか。で?それが何?銀行振り込みなら金融機関に記録が残るので誰からいつ入金があったか追跡しやすいから1枚単位で情報公開できるよね?それくらいの会計処理はして当たり前だよ?

政策活動費

 党から議員に支給される「政策活動費」については、当初の案では50万円を超える支給を受けた議員が使いみちを項目ごとの金額で党に報告し、党が収支報告書に記載するとしていました。

 これに支出した年月も開示する修正を加え、さらに日本維新の会の主張も踏まえ、1年ごとの支出の上限金額を定めた上で、50万円以下の支給を受けた場合も使いみちを開示する対象とし、領収書などを10年後に公開することも盛り込みました。

 まず整理すると

  • 50万円を超えるか否かに関わらず使い途を項目ごとの金額で開示
  • 支給が50万円を超える場合は支出の年月も開示
  • 1年ごとの支出に上限額を設定する
  • 領収書などの公開は10年後

 言わせて欲しい。何を甘っちょろいこと言ってんだ?

 まず50万円という基準は一体どういう基準で出てきたのか。50万円超えようが超えまいが1円単位で公開して当たり前ではないか。民間企業が税務監査でそんn(ry

 加えて使い途の開示も「項目ごと」と書いてあるのがいやらしい。項目ごととは?企業で言えばおそらく「接待交際費」だとか「雑費」だとか勘定科目ごとに開示するという話だろう。それでは詳細が分からないままではないか。

 真っ先に報告するのが党になっているのは実務上仕方ない面もあるかも知れないが、これで政策活動費に関する透明性が高まったなどと言うつもりなら認知症の可能性があるので政治家を辞めて療養して頂きたい。

 それで、使い途公開においては支出した年月も公開すると言う事だがこれも甘い。普通、経理は年月だけでなく何日かまで記帳している。支出のタイミングなんか公開して当たり前。それを何を今さら、無駄に日付を抜いた形で公開するなどと言うのか。甘い甘い甘い甘すぎる。

 「1年ごとに支出額の上限を設定する」というのも何か含みがある表現。政策活動費に上限を設定するのではなく、あくまで支出額に対する上限というのはどういう意図があるのか。たとえば年の支出上限が1,000万円だとして、政策活動費の支給が1億円ならば使えない(筈)の残り9,000万円はどうなるのか。

 ニ階元幹事長の政策活動費は20年で50億円。単純計算で年2.5億円。そういうケースは少ないにしても上限設定によっては政策活動費の繰越が有り得る。

 1年の支出上限で余るケースに加え、単純に使い切らずに残った政策活動費はどうなるのか。繰り越されるのではないか。その場合、新たに支給される額が50万円以下でも実質的に使える政策活動費は50万円を超える訳だが、それはそれで都合よく「50万円を超えない」と判定するのではないか。

 そして何より一番おかしいのが「領収書等を10年後に公開する」という話。10年後に公開してその内容に対して誰がどう責任取るの?今でさえろくな責任の取り方をしない愚かな政治家どもが10年後にどう言うのか見ものである。いざ不正が指摘されれば「10年前のことを言われても困る」と言うのだろ。それでもまだ良い方で政界を引退しているケースも十分に考えられる。

 加えて見逃してはならないのが領収書等の保存期間。下記資料によれば保存義務のある期間はわずか3年間である。

https://www.soumu.go.jp/main_content/000077911.pdf

資料163ページ参照

 一般に民間企業は帳簿類の保存期間が7年(赤字の場合は10年)、個人事業主でも青色申告で7年、白色申告で5年と最低でも5年である。逆に言えば10年後に残っている可能性のあるものは赤字企業くらい。

www.ntt.com

 政治家の収支報告書等の保存期間は随分短いものだ。「10年後に公開する」などと言っているがいざ10年経ってみれば「保存義務が無いので捨てました」とでも言うのだろう。つくづき汚い奴ら。

 監査のための第三者機関の設置などと言っているがそんな事よりもまずやるべき事がなされていない。10年後と言わずせめて翌年に公開すべき。

 裏金問題から政策活動費へも飛び火していろいろやってる訳だが、つくづく自民党の政治家は自分たちに甘い。裏金議員の処分も有りえないほど甘い。公明党も役立たず。「自民党がぐずぐずしているから」などと言えたタチではない。マジでいい加減にしろ。

news.yahoo.co.jp

 他にも国民民主党からの提案などがあるようだが固まっていない(+ここまでツッコミいれるので疲れた)ので今回はスルー。

 インボイス制度、電子帳簿保存法、定額減税といずれも何の生産性も無い、ただただ手間と税金が増えるだけの悪法に個人的に相当アタマに来ている所、それとは比較するべくも無いほど合成甘味料よりも甘い、めまいがするほどザルな改正案を出してこられてもはや怒りを通り越して変な病気になりそう。何かもう、疲れた。

 そろそろ下野しろよ、なぁ!裏金議員なんか全員が議員辞職するのが当たり前だ。

 

3Dプリンタ用フィラメントホルダー

 3Dプリンターのインクに相当するもの=フィラメント、樹脂をワイヤー状にしたものは湿気に弱い。出しっぱなしにしておくと湿気を吸って劣化し、印刷品質に影響が出てしまう。なので世の中には専用のケースなんかも売られている訳だが、まあまあお値段するのでせっかく3Dプリンターを持っているなら作ってしまおう。と思いついて早数年(ダメじゃん・・・)。何とか形にはなったので紹介したい。

 印刷したパーツがこれ。モデリングはMetasequoia4。餃子の羽のような部分は反り対策+モデルの密着性を上げ、印刷中にステージから造形物が剥がれないようにするためのもの。

 これを2個印刷して羽をデザインナイフで切り取り

 ドッキング。思ったより綺麗に入った。ジョイント部のクリアランスはノズル径と同じ0.4mmを見ている。3Dプリンターの造形可能サイズを超える大きさのものはこのようにして繋げるしかない。

 ホームセンターで1個130円程度の戸車を4つ購入。最初、木の板材にこの戸車を固定するだけで行けると思ったが、木材に戸車をネジで固定する段階で板材が割れてしまった。

 向きや角度に注意しながら両面テープで固定。幅は調整できないが今のところ大した問題には感じない。

 フィラメントを乗せてみたところ。及第点。

 同じくホームセンターで買った1,000円程度の米びつを逆さまにし、蓋と土台部分を固定して収納。米びつなので湿気からはある程度守られるはず。

 米びつの上(本来なら下になる部分)に蓋があるのは乾燥剤を入れるスペース。

 フィラメントのボビン?の真ん中に軸を通すタイプでは無いので、真ん中の部分に乾燥剤を入れてみた。上の部分の蓋を取り払って通気孔はガムテープで塞ぐ。フィラメントを引き出す部分だけストローで確保。

 拡大図。これで3Dプリントし終わった後でもいちいちフィラメントを防湿ケースにしまう必要が無くなる。

 土台分のフィラメントと印刷にかかる電気代以外の材料費は1,520円程度。市販品は安くて3,300円くらいなので設計にかかった時間等も加味すると「多少安い」程度か。

 

東京都がマッチングアプリを導入する件

 東京都が独自にマッチングアプリを導入することがXで話題になっていた。自治体としての少子化対策への取り組みとしてはなかなか例を見ない。登録には「顔写真付き本人確認書に加えて、独身証明書か戸籍謄(抄)本の提出が必要。事前面談も課す」としている。

news.yahoo.co.jp

目指す方向性は悪く無い

 民営のマッチングアプリはサクラや売春、詐欺の温床になっているので、官営でそうした心配の少ないマッチングアプリを登場させることは方向性としては悪く無いと思う。現在の民営マッチングアプリの多くは女性が無料、男性が有料という非対称的なものが主流なのも良くない。

 一方で官営マッチングアプリを作るのであれば東京だけでなく、国としてより大きな枠組みで行って欲しいとも思う。他の地方自治体にはそのようなアプリを運営する余裕など無い訳で、サービスの質という面では地域間格差が拡大する。マッチングする相手を都内に絞る必要も無いのでは。

 また、登録に際して戸籍か独身証明書、本人確認はなりすましを防ぐために必要として、その他の個人情報、源泉徴収票の提出義務に加えて有料でのサービス運営を検討している点は厳しいものがある。登録者数は伸び悩むのでは無いだろうか。

 記事では低収入、無収入ではマッチングしないケースが多いと指摘しているが、マッチングアプリでは収入に限らず身長などの数値的なスペックで足切りをされる事が多い。本当に適切なマッチングとはどういったものかを検討する必要があるというか、そうしなければ従来の民営アプリと同じく、一部の恋愛強者が婚活市場を食い荒らす結果にしかならないだろう。

 「低所得者の収入を上げる施策が必要ではないか」という指摘についてはそれはそう、としか言いようが無いがそれはそれ、これはこれ。マッチングアプリなんか作っても中間層が厚くならなければ結婚する人間も子供も増えることは有りえない。格差を拡大させ続ける限り未来は無い。

懸念事項

 Xではマッチングアプリの制度面への批判*1が大きかったが、個人的に気になるのは「どこに委託してアプリを作成・運営するのか」という点。もはや忘れ去られているかも知れないが、コロナ感染者との接触を知らせるアプリCOCOAでは以下のような報道もあった。

www.tokyo-np.co.jp

 マッチングアプリを作ると言うのは良いのだがデジタル庁が自ら作って運営するなんて事もなく、東京都がどこぞの業者に”それなりの”金額で委託して、”それなり”の金額で運営させるのだろう。それに一体どれだけの税金が投入されるのか。私は都民では無いので高みの見物だが、おそらく相場というものが存在しないので中抜き業者の言い値で契約をするのだろう。業者側からすれば少子化対策にかこつけて半永久的に税金を吸い取るチャンス。運営に月いくら、改修費用に1回いくら。ボロい商売ですわ。

 はい来ましたNAKANUKIチャーンス!オリンピック競技に中抜きがあったらこの国は間違いなく表彰台を独占できる。

 どうせ作るのならアプリ作成も運営もデジタル庁がやれば良いのに。あの役所は一体何をしているのか。そういう事が出来ないなら無価値なので解体すべき。記事によれば事前面談もするとあるが、お役所の人間が面談で一体何を見抜けると言うのか。

マッチングアプリはあくまで「小手先」

 少子化最大の原因は「経済的に大人になれない人間が増えたこと」である。格差が拡大して多数の貧困層と一部の富裕層に分かれてしまうと、当然ながら経済的な要因で結婚できない人間が多数を占めることとなる。それでも欲求は抑えられないのでパパ活という売春や風俗が流行ったり、ホスト狂いのバカ女が量産されたりとさらに社会はろくでもない方向へ傾く。

 少子化対策として本当に必要なことは格差を是正し、貧困層と富裕層の間、中間層の厚みを確保して「ものすごく恵まれている訳でもないが人並みの人生を送れる」人間を増やすことである。それが本筋であって、マッチングアプリだの子ども手当だの教育無償化だのは俗筋、枝葉、一時しのぎでしかない事をよくよく理解しなければならない。

 これを言えば身も蓋も無いが、マッチングアプリなんか使わなくてもその辺で出会って自然と恋仲に陥る方がよほど健全なのだ。それが出来ない歪な世の中になっているからマッチングアプリが必要になっている。一部の恵まれた/考え無しの層以外は誰も彼も理想と現実のあまりの落差に失望し、絶望し、諦めと欲求の間で葛藤を抱いている。

女体好きの女嫌い

 同時期にXで話題になっていた言葉。なかなか酷い言葉だがその中身は理解できる。男としては本能的に女性に惹かれる面がある一方で、人としての女性が嫌いという気持ち。特に私のような恋愛弱者はその傾向が強いように思う。いわゆるフェミ女性と同じで「自分自身が異性として相手にされないから、自尊心を守るために自分自身の価値を認めない相手を嫌いになる」のだろう。

 そうでなくとも何というか、優しい人間よりはクズの方がモテるようだし残念ながら当然じゃないっすかね。男余りになればそういう男が増えたと感じるのも自然。相手を尊重しない人間は尊重されない。私は私を尊重しない人間を尊重しない。低身長は「人権無い」らしいがそう言う奴には私も人権を認めない。結婚とか子育てとか、好きな奴、向いてる奴がやれば良いんじゃない?"人権"無い奴は付き合うまでも行かない。

 ああ、生きづらきパラダイス

manuller416.hatenablog.com

 

*1:単純に面倒くさいという感じ