ヤマネコ目線

大体独り言、たまに写真その他、レビュー等

「お前、本当に日本人か」の思考を理解する

 Xで自称愛国保守が意見の違う相手に対してよく言う言葉「お前、本当に日本人か」、「日本人じゃないくせに」。犯罪に関しても目立った犯罪が起きると「犯人の名前が出ない。これは外国人が犯人に違いない」と早合点した言説が見受けられる。この心理はどういったものか。

 保守を自認する者が全員これとは言わない(かくいう私も保守を自認している)。これは特に程度の悪い者についての心理を考察する記事であることをここで断っておく。一分自戒も込めて。

自尊心と認識のバイアス

 今の自称愛国保守、ネット上にあふれる保守気取りの層は自尊心の拠り所を日本という国家、日本人という民族に依存している。「日本という国に生まれながらに住んでいること」、「日本人という民族であること」くらいしか自分自身に誇れるものが無く、多くの日本人にとって当たり前のこの2つの要素をことさらに強調しなければ自尊心を保てない。それほどまでに中身が薄っぺらい。

 裏を返せば彼らにとってはこの両者が尊いもの、価値の高いものでなければならない。日本という国は世界的に見てどこをどう取っても絶対的に優れている国でなければならないし、日本人という民族は民度が高く舐められたら殺す武士道精神に溢れた民族でなければならない。でなければ彼ら自身の尊大な自尊心が傷つくから。過ち1つ、欠点1つ認めてしまえば、国家や民族といった借り物の尊厳が立ちどころに暴かれ消え去ってしまう。

 これを前提に考えれば、なぜ彼らが意見の異なる相手とぶつかった時、しきりに相手の国籍や民族的な素性に食ってかかるのかが理解できる。

 鉋の削り屑より薄っぺらい彼らの自尊心は「自分自身の意見が間違っている」と認めるだけでも大きく傷つくので、それを避けるために自分と異なる意見を持つ者を「こいつは外国人か外国勢力だから日本人の俺よりも正しい筈がない」と勝手なフィルタリングをし、「こんな奴の意見は聴くに値しない」と切り捨てて自分自身を守ろうとするから。相手の意見を聴いて自分自身の意見を見直すよりも、相手を自分より下の存在という事にして異なる意見をさっさと切り捨ててしまった方が楽だから。

 「日本のことを外国人や外国勢力にとやかく言われたくない」という気持ちは重々理解できるが、そこには相手の意見が正しい可能性が考慮されていない。これが傲慢な自尊心と無知、道理に対する暗さと組み合わさるから余計に質が悪い。下手をすれば「俺より下の奴が言っていることなんて正しい筈がない」と考えて本当は正しかった選択肢を遠ざけてしまう。

 これがリベラルが言うところの「反知性主義」の正体だろう。リベラルは時として一生懸命に正しい答えを諭してくれるが、残念ながら彼らは彼らで嫌われている面も大きいので、たとえ正論でも彼らが言えば言うほど世の中は正しい答えから距離を置いてしまう。リベラルにも問題はあってオオカミ少年化していることも否めないし、彼らが言う事が何においても正しい訳ではない。

 犯罪が起きた時に犯人の国籍を真っ先に疑ってかかるのも同様。彼らにとって日本人は「世界的に民度が高く犯罪など起こさない」民族なので、ショッキングな犯罪を起こす者は外国人か、日本人であっても日本人にふさわしくない認定をする。心の中で「あんな非道なことをする人間が私と同じ日本人であって欲しく無い」と思っているのである。心ない行動をする人間と同じ民族というだけで彼らの自尊心が傷ついてしまうから。

 1人の人間としての自尊心を個人で完結できず、国家や民族といった大きな枠組みに置いてしまうことは1人の人間としてのあるべき姿を見失わせ、物事に対する考え方や価値観を個人で完結できる/個人として考えるべき視点からズラしてしまう。そういった在り方を「愛国保守」と呼ぶことは極めて不健全ではないか。本当にそれは国のためを考えているのか?本当にそれは日本人のことを考えているのか?本当は自分のことばっかり考えているんじゃないのか?

 これが理解できれば口先だけの自称愛国保守が多いのも理解できる。熱心な愛国保守を気取る割に彼らが進んで自衛隊に入るなり政治家を目指すなりしないのは、自らの尊厳を重ねる国家や民族というものが彼らにとっては現状ですでに十分素晴らしい存在であり、その発展や維持のために自分たちが何らかの形で努力する必要はないと認識しているから。素晴らしいものに威を借りつつ自分は大したことをせずに自尊心を保ちたいから。だから彼らの「日本人像」からは「真面目で勤勉」だけが都合よく欠落している。

 これは日本人の大衆全体にうっすら広がる雰囲気にも言える。誰もが何となく生きているだけで、政治も適当に政治家に任せておくだけで、いつまでもこの国がそれなりに良い国であり続けられると考えている。テレビやYouTubeで「日本ってなんて素晴らしい国なの!」と外国人に言わせ、自分たちの認識を確認するだけで満足している。

 それでも自分たちの暮らしや未来がうっすらと苦しく暗いとは感じており、その責任をどこかになすり付けたがっている。そんな中で惰性的で他責的な今どきの愛国保守的価値観は多くの人にとって心地よく、何でも外国人のせいにして自分たちの在り方を見直そうとしない。国内の現状や世界的な開発競争に対する危機感がない。危機感があったとしても政治家に煽られて安全保障のことを考える時くらいだ。

 肝心の政治家に対しては矛先を向けようとしない。政治を変えるのは大変だから。政治について考えるのは大変だから。ちょっと煽られたらすぐに矛先を外国人やサヨクに逸らす。彼らが実権を握っている訳ではないのに。

 日本国民は民主党政権のトラウマもあって変革を有む努力も、変化によって起き得るストレスも受け入れる覚悟がすっかり無くなり臆病になってしまった。「国は親のようなもの」と民主主義国家にふさわしくない家父長制的国家観に甘えている。彼らは「子が親に逆らうのはおかしい」と言うが、親がどうにかしてくれるのを延々と待っている子の現実は厳しい。

 こうした心理をうまく利用して台頭してきたのが参政党だろう。彼らは「日本人を舐めるな」とうまく自称愛国者たちの心理を刺激し、外国人を都合の良いサンドバッグに仕立て上げて躍進した。党首がかねてより行って来た新興宗教的なノウハウは尊大で誤った日本史観や日本人観を醸成するのに役立った。自民党の外国人対策も同様に選挙の時に支持される理由の1つにはなっただろう。実際はどうなっている?

 愛国心を抱くことを悪とは言うまい。しかしそれは個人としての尊厳とは分けて考えるべきだ。自尊心の拠り所を自分自身の中で確立し、その上で自分自身が育ったこの国に何らかの形で貢献したいと考えるのが健全ではないか。「お国のため」を考えるのも結構だが今この国は国民主権、民主主義国家なのだから、もっと「国民のため」を考えるべきである。

 何となくのほほんと生きているだけ、政治に興味なく自民党に任せるままではこの国は良くならない。現実に目をやれば徐々に悪くなり続けている。空を飛ぶ鳥と同じで上を目指す、ないし上であり続けるためには常に羽ばたき続けなければならない。上昇気流を捕まえる努力をしなければならない。

自称保守から感じる政治的な不健全さ

 自尊心の拠り所を国家や民族に置くことは民主主義的な価値観と根本的に相容れない。少なくとも国家に尊厳を重ねて国家 (=政治的権力者) 目線で物事を考えることは国民主権に反する。今の自称愛国保守はこれを無意識にやってしまっている。

 自民党大会での自衛隊の政治利用から国家情報局創設での監視強化まで、いわゆる保守層は無理な擁護や危険性の無視をして肯定的な反応を示している。彼らにとっては今や「高市政権がやること=自分たちがやること」なのだろう。道理を考えれば良くないことを自民党がしても、彼らの認識の中では「自分たちがしてやった」感覚になっている。だから「まあ良いじゃんこのくらい」と平気で言える。追及されれば平気で論点のすり替えやDARVOで被害者面をする。

 心が弱く未成熟で批判を受け入れる器が無い。相手の意見を聴き入れる度量も無い。独善的に突っ走って非難されたらその場しのぎの嘘や誤魔化しで逃げ続ける不誠実さと、いかにそれを実現するかを考える狡猾さはある。

 ”お上”に歯向かう度胸は無いが、自分より下に見ている相手には「舐めたら殺すぞ」と凄む度胸はある。批判されても平気で被害者面をして見せる神経の太さもある。

 振る舞いに人生そのものが凝縮されているようだ。

 石破氏があれだけ叩かれたのは、氏の在り方や政策方針が彼らの自尊心に相容れないから。なので「同じようなことを石破氏がやればどれだけ叩かれたか」という事でも高市総理がやれば平気で擁護する。「自民党が党大会に自衛官を出す」のは良いが、「小泉今日子が憲法9条を朗読するのは許せない」。そういった芯の無さも目立つ。自称愛国保守の自分自身への甘さの表れである。他人に厳しく自分に甘い。

 小泉今日子に関して公私混同などとバカな批判があるが、一体いつから小泉今日子は公務員になったのか。愚かな自警団がバカげた事を言い出しても一蹴出来るので「表現の自由」が必要なのだと痛感させられる。

 実際に好き勝手をしているのは国民ではなく政治家であり、それで実際に生きづらくなるのも苦しむのも我々国民である。ということをそろそろ自覚するべきではないか。国家に威を借りたつもりでイケイケどんどんと政治家のやることを是認するばかりではこの先、本当にろくな事にならないだろう。

 正直言えば私もサヨクが嫌いだし、一部有名人はその人が言っているというだけで否定的なバイアスで見てしまう。が、本当にそういった見方が健全であるかは考えた方が良い。最近特に強く思う。これでも安倍政権は支持していたのだが、特に高市政権になってから自民党の動きが加速度的に危険な方向へ振れていると感じる。

 外国勢力や外国人を毛嫌いする割に、なぜ旧統一教会やそれに関与した政治家に甘いのかは未だに理解が追いつかないところ。挙句「公明党は良いのになぜ旧統一教会で大騒ぎするのか」などと韓国発祥カルトを擁護する始末。こちとら物心ついた時には何か知らんが公明党が連立に入ってたというだけで、創価学会を許した覚えも是認した覚えも欠片すら無いのだが。韓国発祥のカルト団体と関わりのあった政治家など気持ち悪くて仕方ないのだが。

余談:参政党の著作権侵害

 「スイミー」の出版社から声明が出ていたのでどこの政党かと思えば参政党だった。これを指摘されて参政党や支持者側は改めるどころか開き直り、むしろ自分たちが出版社の宣伝に利用されたとさえ言い出す始末。悪い意味で凄い人達だ。

 彼らの抱く「日本人像」には誠実さや道徳的観点も無い。国会に議員として人員を送り込み、立法に携わろうとする者が法律を蔑ろにして憚らないとは。あまつさえ被害者面までして見せるとは。それで「誇り高い日本民族」と言われても片腹痛い。いつから日本人は「不誠実で不勉強で道理に暗い臆病者」になったのか。

 たとえば日本共産党や立憲民主党が同様のことをしていたら、彼らは一体どのような反応をするのだろう。それとも「俺達のやることは正義で相手のやる事は悪」か。サヨクと程度は変わらんな。

違和感

 先日、昭和100年記念式典が開かれていた。特段興味も無かったが、その式典における高市総理の所作や政府の対応が注目されている。

 昭和100年を記念する式典で天皇皇后両陛下を招きながら、 両陛下がお言葉を述べられる場は無かった。元号を背負うのは天皇であり、象徴天皇としての戦後の歩みに多少なりとも敬意を持つのであれば、そうした場は設けられるべきだっただろう。

 高市総理は国会に出てこない割に今上天皇の御前では元気よくはしゃいでいたようだが、保守を自認する者、天皇陛下の前では誰だって多少なりとも厳かな雰囲気に合わせるように務めるものではないか。それが何だ、敬意の欠片も無いように見えるのは私だけか?

https://mainichi.jp/graphs/20260429/mpj/00m/040/064000f/20260429mpj00m040056000p

 今や現人神ではなく日本の象徴となった天皇陛下、その横で分をわきまえず騒ぐ姿は、天皇陛下を政治的に利用するだけ利用して国民の代表者たる本分も忘れ、好き放題にやりたいことをやろうとする政治家を象徴している。これで保守を自称するのだから恐れ入る。自分が天皇よりも上になったつもりか。

 何十年かした後、まだNHKがあれば、日本という国があれば、この場面は映像の世紀のような番組で歴史的に象徴的な場面として取り上げられるかも知れない。

 維新議員のこの言いようはバカにしているのだろうか。それとも本当に高市総理に心酔しているのか。世が世なら不敬罪だろう。どのみち日本維新の会が自民党と何ら変わらない政党であることの証左だろう。野党というのは建前で実際は日本維新の会は自民党の別働隊である。

それとは話が別だが

 Xにおいて漫画家だか何だかが「日本人は怒らせたら怖い」などとのたまっていたが、これも今どきの薄っぺらい保守仕草だなと思う。正直、中学生くらいの自分を見ているようで痛々しい。「舐められたら刺し違えてでも殺す」とも書いてたがサムライ気取りでイキってる中学生か?何も怖くないぞ。自分が”上”だと認識している相手には借りてきたネコのように大人しいくせに。

 現実を見れば日本人は、というか日本国民は「どうでもいい庶民的なことや自分たちが舐め腐った相手には強く出るが肝心要のところでは何をされても怒らないし権力者には喜んで尻尾を振る」。実際、

どれだけ経済が停滞させられようが

社会保険料や税金がどれだけ上げられようが

非正規雇用が拡大されて竹中ピンハネ王国が築かれようが

外国人が技能実習生などという建前でどれだけ入って来ようが

保守だ何だと言いながらいざ政権取っても外国人問題やメガソーラー問題が解決しなくても

毎年のように加速度的に少子化が進み、それを口実にクソの役にも立たない少子化対策が推進されても

税金が肝心なところに使われずクールジャパン機構のような穀潰しにばかりたんまり使われても

円安誘導によって資産が目減りして物価高で生活が苦しくなっても

「悲願の消費税減税」が遅々として進まなくても

OTC類似薬や高額療養費制度が改悪されても

政治家に対して怒りもしないし反対の声もあげない。どれだけ舐め腐ったことをされても相手を殺しにかかるどころか是認さえする。政治家が間違ったことをしても抗議しない。反対している人間を冷笑し、「野党よりはマシだから」と思考停止でいつまでも成果を上げられない無能を登用し続ける。

 結局、武士気取りでどうこう言っている痛い人間は外国人(=自分たちより下に見ている相手)に対してイキりたいだけで、クラスで弱そうな奴をいじめている割には先生や親の前では大人しい学生のような、本質的に弱くて臆病な人間に過ぎない。

 弱い犬ほどよく吠えるものだ。精一杯背伸びして強い言葉を使わないと舐められるもんな?中学生高校生ならまだ時代遅れにサムライを気取った厨二病のアホでも許せるが、いい大人が「日本人てのは舐められたら刺し違えてでも殺すまで行くからな」とか言ってるの、痛すぎる。アニメキャラに影響されて現実では何の力も無いのにセリフだけマネしてカッコついた気になってるガキみたい。刀なんか握ったことすら無さそう。

 今の時代、愛国保守と武士は関係ない。刀で生きる時代ではない。武士よりも民主主義国家の国民としてふさわしい国民たり得ているかを自問自答せよ。

 本当に「舐められたら殺す」ってんなら今すぐ財務省なり首相官邸なりに突撃して神風攻撃するなりクーデター起こすなりしろ。できるもんならな。武士ならやるだろうよ。

*挙兵される際はあくまで自己判断でお願いします。市役所への届け出はたぶん不要です。

国民を舐めた政策の最先端

 国民を舐めた政策はどんどん出てきている。これもその1つ。

www.yomiuri.co.jp

(家事支援やベビーシッター利用で税制優遇、政府が調整…共働き世帯の負担軽減)

 いつの間に日本は結婚しても二馬力当たり前の社会にされてしまったのだろうか。夫婦共働きでなくとも1馬力で十分暮らしていけるだけの経済的豊かさと安定性を求めるべきではないのか?子育て中に両親とも日中は働きに出て子供のそばに居てやれないことが当たり前でいいのか。男にもそれなりに子育てへの関与が求められる時代、むしろ時代に逆行しているとさえ思う。

 で、この家事支援やベビーシッターは誰がやると思う?ここに人手が足りないからと外国人労働者をさらに入れる算段だろう。子育て世帯でなくとも貧困が広がる社会、家事支援だベビーシッターだを使えるだけの経済的余裕がある家庭は少ない。安い方が良い、となれば外国人労働者の出番である。

 日本人は外国人をどことなく下に見ているので、名称がどうあれ召使いとして外国人を雇うこと自体にはあまり抵抗が無いのでは。外国人の方がリスクもあるが、同じ日本人は日本人で妬み嫉みが怖いところもある。

 そしてこういう所で国と消費者の間に利益団体が入って甘い蜜を吸う。シロアリのような業者に補助金を出すために無駄な予算が組まれ、その財源のためにまた増税、社会保険料の引き上げ。4月から既に子供子育て支援金という名目でまた取られる金が増えたが、取られる金額はこういう政策の拡大のためにどんどん上がっていくだろう。賭けてもいい。

 子育て支援と称して利益団体のためだけの政策を企て、その財源のために現役世代への負担を増やし続け、少子化を止めるどころか加速させた上で、効果の無いことが分かりきっている少子化対策を拡大させ続ける政治家どもは逆賊である。

 国旗損壊なんかよりも国民に対する背信を罪に問えるようにして欲しい。

余談:BeRealに対する銀行の謝罪の仕方

 BeRealというアプリで社外秘を晒した行員がおり、それに対するXでの西日本シティ銀行の声明がこれ。何か違和感を覚えないだろうか。

 正しくはこうあるべきである。

 銀行の書き方では「執務室内の動画や画像を拡散したネット上のユーザーが悪い」という印象が第一に来る。事実には違いないが、本当に悪いのは執務室内で動画や画像を撮影した新入社員および教育や監理を怠った銀行。これではあたかも「拡散されてしまった銀行が被害者」ではないか。

 最近の自民党政治家のDARVOを見ていると、まだ「動画の撮影自体は問題ない」だの「個人を特定し得る情報は含まれていなかった」だの「拡散したネットユーザーに対して法的措置を検討する」だのと言い出さないだけまだ良心的に見えるが、”お上”が腐って来ると下々までマネをして腐り始めるのだなあ、という感じ。

 DARVO(否認、攻撃、被害者と加害者の逆転)という手法については知っておくべきである。高市政権になって自民党優勢と見るや、より一層この傾向が強くなった。高市総理の太田光に対する「なんや意地悪やなあ」もこの一種。

 日本維新の会なんかは前々からこういう手法を使っている。悪い意味でさすが弁護士やね。

ja.wikipedia.org

 先の自民党党大会での対応がまさにこれ。

否認=「法的に問題は無かったと認識している」、「あくまで個人としてお願いした」

攻撃=「国歌を歌っただけで弾圧にかかるサヨクはどうかしてる」、「公務員に政治活動を一切するなと言うのか」

被害者と加害者の逆転=「命じられて国歌を歌っただけの自衛官が可哀想」、「愛国者が国歌を歌っただけで刑事訴追されるなんて、愛国保守がサヨク勢力に弾圧されている」

 このようにして自分たちの非を一切認めず、むしろ被害者面さえしながら好き勝手するのが今の政治家のトレンドである。残念ながらこれに乗せられてしまう自称愛国保守は多い。自分の考え方に芯がないので簡単にこうした手法に流されてしまう。

陸上自衛隊の中隊ロゴが炎上している件

 Xでまた陸上自衛隊が炎上していた。今度は中隊のロゴについて。

モチーフや生成AI使用の是非

下記Xの投稿より

 まず自衛隊という公的組織がタイかどこかの部隊のマークを生成AIを通して著作権ロンダリングしパクっていること、これは確かに恥ずかしい。右翼はすぐ中国はパクり大国だ何だと言うが、では今回の自衛隊の行いはどうか。

 また、ロゴのデザインにゾウと良く分からん銃が使われているが、どちらも日本にいない/自衛隊で使われていないものであんまりセンスが無い。せめて銃は20式小銃にしろよ。何でよく分からんAR-15コピー系なんだよ。丸いハンドガードとかどっちかと言えば中国のAR-15コピーのようにも見える。ゾウはゾウでシンプルに何でゾウ?

ja.wikipedia.org

 海上自衛隊のロゴを引き合いに出す人がいたが確かにそっちと比べると日本らしさが無い。

mamor-web.jp

 絵柄にドクロが入っていることを批判する声もあるが、ありがちと言えばありがちなモチーフとは思う。が、自衛隊(あくまで自衛のための戦力)や平和憲法下でかろうじて容認される組織、時として災害救助にもあたる組織として、死を連想させるモチーフの採用には慎重になるべきとも言える。

 ナチスに関連づけて批判する声もあるが、米軍等でもドクロをモチーフにした部隊章は無いことはない。安直にすぐナチスと関連付けて批判するのは良くない癖だ。これだからサヨクはオオカミ少年化してしまう。

ja.wikipedia.org

 自衛隊うんぬん関係なく、世の中にはドクロをモチーフにしたものがやたらと好きな人種がいるが、ドクロのシンボル=ナチスならばそういう人たちは皆ネオナチなのか?そんなバカな話もあるまい。大抵は無害で趣味が悪いだけのDQNだ。

これに対する批判にどこまで注力するべきか

 自衛官が党大会で歌った件もそうだが、賛否両論が分かれるもののそこまで重大ではないことで我々は簡単に煙に巻かれてはいないか。エンブレム批判だ国旗損壊罪批判だも結構だが、我々がもっと注目し、監視するべきは自民党が国家情報局を作って何をしたいのか、憲法改正や緊急事態条項で何をしようとしているのかではないか。

 健康保険に関しても高額療養費制度やOTC類似薬の追加負担など、既に日本の美点がいくつか壊されてしまった。財務省はさらに高齢者に対する3割負担、被扶養者制度の改悪を要望している。

 些細なこととは言いたくないが、国民に対する分断工作で我々が右に左にと分かれて言い争っている間にどんどん、着実にこの国の良い所が壊されている。早い話、自民党や財務省は我々に「働いて働いて働いて働いて税金払うだけ払って病気になったら死ね」と言っている。国民はもっと怒るべきではないか。それとも、自民党と官僚による悪政で殺される今際の際になっても「悪夢の民主党政権」と言い続けるか。どいつもこいつも壊れたレコードばっかりだな。

キャバ嬢や風俗嬢が前に出てくる風潮の違和感

 先日、実業家の溝口勇児がYouTube番組において出演した男性に対し、「君たちの年収は、キャバ嬢であるゆいぴすが1日で稼いじゃう金額なんですけど。どう思いますか?」と問いかけて話題になった。これについて我々はどう考えるべきか。

news.yahoo.co.jp

(“400万円を1日で稼ぐ”人気キャバ嬢が提言「看護師さん、保育士さん、介護士さんの給料を上げるべき」)

事実の見方

 「人気キャバ嬢なら1日で400万円稼げる」というのは事実であって、ある意味では夢のある話かも知れない。しかし、それはひろゆき氏の言葉を借りるならあくまで人気キャバ嬢としての”最大瞬間風速”であって長続きする話ではない。生涯に渡ってそれだけの稼ぎを維持できる訳もなく、キャバ嬢を辞めた後はどうなるのかも込みで考えれば将来的な稼ぎを先に取りに行っているとも取れる。自分のルックスから得られる利益を最大化する手段としてのそれはある意味賢い。

 そもそもキャバ嬢なら誰もがそこまで稼げるようになる訳ではない。夢を見てそういった業界に入ったはものの売れなかった女、金のために苦痛を受け入れ続けざるを得ない女、潰れた女、性被害にあった女、自分自身の尊厳を切り売りするしかなくなった女、そもそもルックス的に業界に入れなかった女、どの業界だろうがキラキラした存在の裏にはスターになれなかったゴミのような存在が掃いて捨てるほどいる。

 業界全体に目をやれば、近年のキャバクラはコロナ禍もあって過去10年で最多の倒産ペースとそこまで景気の良い業界ではない。裏を返せば、ゆいぴすのような例を出してバカな女に夢を見させて、少しでも業界に人を入れて活性化を図っているのだろう。実業家の溝口はそこに噛んでポジショントークしているだけ。

www.tsr-net.co.jp

 結局、「ゆいぴすは1日で400万稼ぐ」というのは事実だが、それはごく一握りの存在がたった1日の記録を誇りに思っているだけ、と見るのが正常である。普通に働いている(いわゆる昼職)の年収と単純比較するべき数字ではない。そこまで稼げるのはある意味関心するが、金銭感覚があまりに一般人と乖離してしまっていつか破綻するだろう。

格差社会によって広がる拝金主義

 昨今の風俗嬢(キャバ嬢も含む)が前に前に出てきて、「金を稼げるから」の一点のみで持て囃される風潮は非常に拝金主義的であると感じている。安倍政権が道徳教育を強化したのとは裏腹に、政治家も民間人も今や「どれだけ金を稼げるか」が物事の価値の尺度として強くなっており、道徳的観念、倫理観が軽視され始めている。

 SNSでは”いいね”数やフォロワー数、インプレッション数などで人気が数値化され、高級車だタワーマンションだブランド品だのと「成功の記号」を手早く示すことが承認欲求を満たす手段と化している。「その財産や成功をどのように手にしたか」「どのような手段を使ったか」を問われることは無く、「結果としていくら得したか」ばかりがエンターテイメントとして消費される社会。価値観。インフルエンサーに関しては既存のメディアもこれに加担している。

 これは社会において格差が拡大し続けた結果として起こったモラルの崩壊といえる。自民党・公明党が日本を衰退させ続け、日本国民に将来的な不安を植え付けたことの成果だ。

 嘘をついてでも政治家になること、裏金を作ること、日本維新の会のような国保逃れ、転売ヤー、闇バイト(という名の強盗や特殊詐欺)、インプレゾンビ、嘘八百を動画にしてYouTubeでばらまくインフルエンサー、ニュースサイトに見せかけたアフィブログ、ネットにあふれかえるゴミのような広告、政府から補助金を引っ張るためだけのスタートアップや政商による政策介入etc.。今、この国においては「どのような手段を用いてでも金を稼ぐこと」が至上命題となりつつある。

 「金を稼げることが正義」、拝金主義が蔓延してしまうと、その手段が社会的にどのような影響を及ぼすのかという視点が欠落してしまう。今の生活が金銭的に苦しいし、将来が不安なのでなりふり構っていられないという気持ちは私も理解できるが、それだけで倫理観も道徳も捨ててしまうとそれは必ずや自分たちに悪い影響となって返って来るだろう。

 法律、倫理、道徳といったものの根底は「全ての人が可能な限り損をしないように、嫌な思いをしないように」という思いである。それを捨てた社会は、それを捨てた人間は必ずやどこかで誰かに損をさせる、嫌な思いをさせる、誰かに損をさせられる、嫌な思いをさせられる。時としてそれによって新たな法規制が制定される。

 現実を見れば残念ながら、日本社会は経済的にも道徳的にも後退してしまった。考え方として進んだ面もある一方で社会全体を覆う風潮、基礎的な部分が物凄く悪い。金のことばかり頭にあって道徳や倫理、物事の理非を考える人間が減ってしまった。あらゆるものが貧しいまま全体主義的な方向へ進もうとしている。

余談:至極個人的な感覚

 冒頭でも触れた年収400万円の男性とキャバ嬢の比較だが、風俗嬢が昼職に優越すると思うなど烏滸がましい。キャバ嬢だ風俗嬢だがいくら稼ぐか知らんが彼女らは社会の維持や発展に本質的に何ら貢献していない。汗水垂らして真面目に働いている人々が維持してくれている社会に実益を提供せず、言ってしまえば寄生しながらバカな男から搾取しているだけの分際で、金が稼げるからというだけで社会的地位まで手にしたつもりでいるようだがとんでもない。

 YouTuberなどの虚業が持て囃されることを歓迎できない理由も同様である。エンターテイメントとして日々に彩りは与えてくれても、彼らは社会の持続や発展に寄与する訳ではない。それらが全て無駄で無価値とも言うまいが、社会に対して実益を提供している職業よりも社会的地位を上とするのはおかしい。キャバクラだYouTubeだが無くても国は発展するし持続もするが、その逆は無い。

 どこぞの総理大臣風に言えば、金のために自らの尊厳さえ売って憚らないさもしい人間や、そんな虚業に憧れる人間ばかりになってしまっては国が滅ぶ。社会の持続や発展に寄与しようとしない人間ばかりになったらどうやって社会を持続させる?発展させる?外国人労働者か?それは果たして日本人の国と言えるのか。

 それに、キャバ嬢だろうが風俗嬢だろうがパパ活(という名の売春婦)だろうが、金のためなら平気で好きでもない相手、自分の親くらいの相手とでも寝られる時点で人間として終わっている。気持ち悪い。本人に尊厳まで売ってるつもりがあろうが無かろうが傍から見れば金のために尊厳を売っているようにしか見えない。

 男性目線で言えば、「ちょっと見た目良い女は全員隠れて売春や風俗で働いている可能性がある」と思うと世の中の女性が心底気持ち悪い存在に感じられてしまう。簡単に体を売る、自らの尊厳を売るような人間は人として尊敬できない、大切にできない。金さえ出せば簡単に買えるようなものを一体誰が生涯大事にすると言うのか。夜職は恥ずかしい存在であって憧れの存在であってはならない。

 夜職は金銭感覚も狂わせるので、そんな業界が持て囃されると分不相応に金遣いが荒い女が量産されることになる。そんな社会では余計に少子化が進む。男は男でパパ活だ風俗だと上の世代が元気に女を消費してくれるおかげで、将来を担う子供は減る一方だ。

 これは職業差別と言われても仕方ないかも知れないな。が、少なくとも「お前の年収なんて1日で稼げるけど?」と他人を見下している側にとやかく言われる筋合いは無い。「職業に貴賤無し」という言葉もあるが、あれの本意は「士農工商のような身分に関係なく勤労は等しく重要である」という話。今風の使い方は業界人にとっての都合の良い解釈でしかない。

 「職業に貴賤なし」は江戸時代の思想家、石田梅岩の言葉とされているが、当時は今ほど虚業が全盛でも多様でも無かっただろう。社会全体を見渡せば今よりずっと身分制度は強く、穢多・非人といった被差別階級もあった訳で、あえてそう言わなければならない背景もあったのではないか。当の梅岩は町人が娯楽に興じることにむしろ批判的ですらあった。「多少趣味がないと交友関係に悪影響だから」とそれなりに嗜んでいたような言葉は残しているが。

 

自衛官が「国歌を歌っただけで」掲示訴追されそうな件

 自民党の党大会で自衛官が国歌斉唱した件で刑事訴追の動きがあり、Xで大騒ぎになり擁護論が相次いでいる。

やり過ぎという声も理解するが

 そもそもの話として自衛官を政治利用したことを自民党や自衛隊幹部が揃いも揃って認めず、責任の所在を明らかにせず、責任を取ることもせずにいるからこんな事になるのではないか。行政が非を認めないならばこれについて司法の判断を仰ぐしかない。すなわち告訴するしかない。三権分立って知ってる?

 「命令されて歌っただけの美人自衛官が訴えられるのは可哀想」というお気持ち論は理解するが、自民党は高市総裁や小泉防衛大臣すら「自衛官が国歌斉唱することは知らなかった」、「企画した会社が悪い」、自衛隊幹部は「悪いと思ってないが指導を徹底する」と誰一人責任者であると名乗り出ず、まさしく「命令されて歌っただけ」の自衛官を組織として守ろうとしない。「私の責任です。以後、このようなことが無いように徹底します」と言わない。どいつもこいつも責任感が無く、この上なく不誠実で卑怯極まり無い。

 弁護士を非難するのも結構だがまず自民党や自衛隊幹部を非難せよ

 誰も法的責任を認めない以上、それに納得できない人間がいる以上、刑事告訴されるのもやむを得ないだろう。一体どういう罪状や求刑になるのか分からないが、問題はこうした訴訟を起こす側ではなく、自衛隊を政治利用するだけしてその責任を負わない、背負おうともしない自民党や自衛隊幹部にある。

 ”上”が好き勝手して責任は下になすりつけられる、犠牲になるのは下の人間という構図は先の大戦に通じるものを感じる。戦場で若き日本人が戦死する一方、政治家や軍幹部が料亭通いしていた頃と何も変わっていない。

問題の本質を見誤るな

 Xでは何かと言えば「国歌を歌っただけで」と事態を矮小化して見せる理解力の無い人間が目立つが、問題は「自衛隊という公務員が自民党の党大会でパフォーマンスとして国歌斉唱を行い、もって自民党の政党としての宣伝活動に与したこと」である。これは自民党=日本という国、政府という印象を植え付けるための宣伝活動であり、自衛隊の公務員としての政治的中立性を害している。

 たとえばの話、「警察官が制服を着て日本共産党の党大会に出席し、その様子がNHKで放送された」らどう思うのか。今は自衛官を擁護している人々は一斉に叩き始めるだろう。「どこの警察官だ」と犯人探しを始める。そうでなくとも、私だって「制服を着て警察官があんな場に?」とドン引きしてしまう。民間企業でも公務員でも制服を着て行動するということは組織の看板を背負って行動するということ。「あくまで私人として」などという言い訳が通じると思われていることだけでも腸が煮えくり返る。バカにするのも大概にしろよ。

 「良いじゃんこれくらい」と世の中の人は考えがちだが、悪いことは悪い、ダメなことはダメと言えないからこの国はどんどん落ちぶれて来た。非正規雇用の拡大、郵政民営化、外国人労働者の増加、意味のない少子化対策、増え続ける国民の負担、旧統一教会問題、裏金問題、一体どれだけ「良いじゃんこれくらい」で許せば良いのか。日本人が滅びることも「良いじゃんこれくらい」か。

 「国歌を歌っただけで思想統制か。中国みたいだな」などという声も聞こえてくるが、軍人*1が政権与党の党大会でパフォーマンスすることの方が中国共産党のように見える。そのうち北朝鮮みたいに自衛隊にパレードやマスゲームをやらせ始めないか心配だ。

 そもそも党大会での国歌斉唱が問題視され始めてすぐ、自民党側は「あくまで私人としてお願いした」と言い訳を始めた。彼らは問題であると理解しながら苦しい言い訳に徹したのである。その後、擁護してくれる人間がいると見るや小泉大臣や自衛隊幹部は「問題は無かった」と押し切り始めた。法的に問題があるかどうかを決めるのは司法であって政治家ではない。「高市サンが問題ないと言ったから問題無いんだ」などと言う三権分立も忘れたようなバカの言い分はとっとと捨てて来い。

 陸上自衛隊幹部は幹部で「問題はないと思うが指導を徹底する」と述べていた。本当に問題がない、後ろめたいことが何も無いならなぜ指導する必要がある?そもそもあの自衛官が着ていた礼装は幕僚長の許可が無ければ着られない。あれで「あくまで私人として」は無理がある。

 政治家が自分たちの問題行動を問題であると認めない以上、訴訟によって司法に判断を仰ぐことになるのも無理はない。彼らが責任の所在を明らかにしない以上、最も確実な当事者である例の自衛官が訴追されるのも仕方ない。重ねて書くが一番卑怯なのは自衛官を利用するだけ利用して追及から逃げた政治家や自衛隊幹部である。

 中には「こんな訴訟起こしてる暇があるなら辺野古の事件を訴えろよ」などと言うクソバカもいたが、どう考えても「それとこれとは別の話」。一体どこに何の関係があるのか。

 既に警察が活動化の拠点に家宅捜索に入っており、刑事告発するとしても亡くなった女子高生の遺族がするだろう。それでも足りないと思うなら下らない詭弁を弄する暇な輩が刑事告訴すれば良いだけの話。どこまでも他人任せな愚か者が。そう思うならお前がやれよ。お前が刑事告訴しろ。

 この意見に関しても程度が低い。教員が自衛官のような制服を持っていないことを知りながら引き合いに出すあたりがまさしく詭弁、単純比較できない部分をあえて引き合いに出すことが狡い。お前ら散々サヨク教師を非難して来た側じゃないのか。だったらなぜ公務員が制服を着て政治活動とみなし得る行動をすることを擁護する?一貫性がない。公務員の政治活動を規制するならすれば良い。逆に今回の自衛官の政治利用を許すなら公務員の政治活動も全面解禁するべきだ。制服着て共産党の党大会に出ようが街宣活動しようが許すべきだ。

 しょうもない。消防士がコンビニで休憩してた程度でクレーム入れるような無駄に厳格な国民性のくせに肝心の善悪の判断が緩すぎる。

物事を一歩退いて見れば

 自民党、優秀な政策集団のはずが今回のようなグレーな(賛否が分かれる)行動をあえて取るあたり、改めて俯瞰して見れば国民に対する分断工作とも取れる。国民同士で賛成/反対に分かれて叩き合ってくれていれば政治家には矛先が向かずに済む。その間に自分たちは国民会議だ憲法審査会だ皇室典範改正だとやりたいことが出来る。

 国歌斉唱がどうのと「自分たちより左に見える人間」を叩く火種さえ与えてしまえば、現実を見ずにいつまでも下らないことで争ってくれているのだからこれほど御しやすい国民もいない。

 「ひょっとしたらこれは政治家が自分たちの本当にやりたいことから/瑕疵から目をそらさせるためにやっている事かも」という目を持つことは重要だ。そういうことだけは連中、知恵が回る。

 いわゆる保守勢力はもはや誰も消費税減税を反故にしたことについて責めなくなった。あんなに信じていた高市さんが選挙でかろうじて掲げた悲願だったのに、あれやこれや業界団体の言い訳をいつになく素直に信じて、できない理由ばかり探してやらないことを正当化してしまった。憲法改正など都合の良いことには「できない理由ばかり探すな」ともっともらしい前向きなことを言うが、あの前向きさは国民の負担軽減となると一体どこへ行くのか。国民健康保険も「保険料引き下げ」と言いつつ改悪されたし。

 もし先の選挙で自民党の総裁がまだ石破さんで、唯一の争点として消費税減税を掲げて悲願とまでのたまい、その割にまだ実現のめどが立っていなかったらどれだけ叩かれただろうか。どいつもこいつも人を見て態度を変えやがって。空気ばっかり読んでるんじゃねえよ。

個人的な危惧

 主権者たる国民が自分たちを主権者であると自覚せず、道理に暗く物事の理非を知らないまま簡単に権力者に操られ、正しい審判を下すことも政治を糺すこともせず、このまま憲法改正などという分不相応な行動に突き進めば必ずや報いを受けるだろう。それは日本という国、日本民族の滅亡につながるかも知れない。

 日本という国、文化を愛する人間として、この国に暮らす1人の国民として現状を非常に危惧せざるを得ない。

 右翼はすぐ強気なことを言うが、というか一昔前まで私もその手の右翼だったが、冷静に考えて何十年と停滞し続ける経済、不安定化する雇用と物価に追いつかない賃金、加速度的に進む少子化、悪化した資源不足、技術立国としても凋落の一途でドローンや3Dプリンターさえまともに作れない。こんな現状で一体何をどうしたら「中国に安全保障で対抗できる」と思えるのか。国力が衰える一方で何が安全保障か。下手すれば先の大戦の戦前よりも状況が悪いのに未だに闘魂さえあれば何とかなると思っているのか。頭がおめでた過ぎる。

 安全保障はよく家で例えられるが、今の日本を見れば家財は少なく住む者も減り続ける一方。うんと金をかけて防犯対策をしてもそのうち守るべきモノが無くなる。いつになったら現状に気づくのか。

 それでいてネット保守はある面ではリアリストを気取っているのだからお笑いだ。安全保障の面では左翼よりは現実を見られているかも知れないが、それ以外で現実を見られていない。安全保障だけで国が成り立つ訳ではない。国民は体よく搾取され続ける一方だ。防衛力強化のためと言われれば何もかも差し出すか。消費税率25%でも所得税率20.24%でも我慢するか。安全保障のためなら死ぬ覚悟か。脳みそまで既に供出済みとは恐れ入る。とっとと81年前に帰れ。そして戻って来るな。

余談:太平洋戦争からの戦訓

 先の戦争から得られた戦訓は「日本のような小国は核兵器無しには絶対に物量面で大国に勝てない」であると思っている。たとえ日本の技術力がまだ世界一だったとしても、兵士も兵器も中国ほどの数は揃えられない。いざ通常戦力でのぶつかり合いになった時には必ず負ける。あの圧倒的な技術力を誇ったナチス・ドイツですらソ連と連合軍の物量に押しつぶされた。

 今まではアメリカが核の傘を差し伸べてくれていたから良かったが、ここからもしトランプにハシゴを外されるとかなり危険な状況に陥るだろう。日本はどうあがいても物量を用意できない。自前で核兵器も用意できないとなれば詰む。日本国民はこれからそうした最悪のケースも考えて行動しなければならない。

*1:小泉大臣いわく軍人らしいので

憲法改正はスマホのアップデートと全く違う

 旧ジャニーズの中間亮太が憲法改正を「スマホのアップデートのようなもの」と言っており驚いた。実際にこの程度の認識しかない国民は多いのかも知れない。

(『WEST.』中間淳太、憲法改正は「スマホみたいなもん」まさかの“持論”で「38歳児やん」衝撃の言葉選びが波紋)

認識の甘さ

 「スマホのアップデートのようなもの」という言葉が認識の甘さを露呈させていて逆に見事とすら思う。

 つかぬ事をお伺いしますが皆さん、スマホをアップデートする前に具体的に何がどう変わるのかを全て把握してからアップデートしていますか?

 アップデートした後でどんな影響が出るかも考えてしていますか?

 後で元に戻せるかどうかも考えてからも考えてアップデートしていますか?

 おそらくここまで考えてスマホのアップデートをしている人は希だろう。細かいバグ修正なんかも含めたらそもそもメーカー側は全てを教えてくれる訳ではないし、内容をチェックしていないからアップデートした後のことなど分からない。元に戻せるかと言えば大抵はNOだ。私の周囲でもiPhoneを不用意にアップデートして画面が見づらくなっただのどうのと後から文句を言う人が大多数。スマホに限らず利用規約をちゃんと読まない人も多い。

 我々の基本的人権や国家の根幹に関わる憲法についてその程度の認識では困るのである。「私が困る」のではない、不用意に憲法改正を許してしまえば国民全体が困る。スマホのアップデート程度であれば困るのはそのスマホを使っている人だけだが、憲法改正はその影響が国民全体に及ぶ。望む望まないに関わらず、乳児から100歳オーバーの爺さん婆さんまで、1人残らず。改正が人生を大きく左右する可能性がある。逃れるには日本という国を出るしかない。

 憲法改正という重大な判断を、「スマホのアップデートのようなもの」という日常的で軽微なものに置き換えて考えることは非常に危うい考えである。今すぐに考えを改めて欲しい。「古くなったから新しくするべき」といった戯言で手段が目的化してしまい、その中身の是非についてまともな議論がされないまま話が進むのは極めて危険。

スマホのアップデートと憲法改正の本質的な違い

 スマホのアップデートは基本的にユーザーの利便性向上のために行われる。ベースとしてスマホは日常生活を送る上で便利な道具に過ぎない。要らなくなったらいつでも捨てられる。

 一方で憲法の目的は権力者を縛ること。政治家が暴走しないように歯止めをかけ、国民を守り、国民自らがこの国をどのような国にしたいかを示すもの。スマホのアップデートのように上から押し付けられて良いものではない。そもそも国民の無関心をいいことに政治家が良いように憲法改正草案を作っていること自体がおかしい。犯罪者を檻に閉じ込める時に檻の作りについて犯罪者に希望を聞くようなものだ。

 「いや、私は関心あるけど?」と言う人もいそうだが、では自民党の憲法改正草案と現行憲法を全編に渡ってきちんと比較し精査したのか?きちんと見比べた上で自民党の草案が良いと言うならもう私から言えることは何も無い。度し難い。

 憲法を一度改正してしまえば後から不都合が出ても修正は容易ではない。「要らなくなったら捨てる」という選択肢が取れない。なぜか。憲法改正のためには国会議員(政治家)による発議が必要だからだ。一度政治家にとって都合の良い変更を許してしまえば彼らはそれを手放さない。修正は不可能と言って良いだろう。

 スマホのアップデートに例えるにしても、何をどう見て暮らしていれば「政治家(メーカー)は国民(ユーザー)のためを思って憲法改正(アップデート)をしようとしているんだ」と思えるのか。ずいぶんと政治家に対する信頼が厚いようだが、この数十年日本経済はどうなって来た?食べ物はどんどん小さくなり、賃上げがあっても税金や社会保険料もたんまり取られるので手取りが物価上昇に追いつかず、少子化は止まるどころか加速している。

 スマホに例えるなら新しい機種が出るごとにバッテリー容量は減り、基礎的なスペックも落ちて価格も上がっているレベル。こんな有様ならアップデートうんぬん以前に買うのを辞めるレベルだ。アップデートどころの話ではない。

憲法改正そのものの是非

 それにしても、中間亮太氏は今年で38歳だっけか?元ジャニーズだか何だかしらんが、40手前のいい歳したおっさんがこの程度の認識とは。いい加減にして欲しいものだ。これは何も難しい教養の話ではなく義務教育のレベルの話。

www.m-manabi.jp

 日本国憲法前文を読むと「このレベルのものは今の日本人からは出てこないな」と思う。「アップデート」と言えば聞こえは良いがやるからには「より良くなる」ことが大前提だ。果たして今の日本国民に、日本の政治家(特に自民党)に現行憲法より良いものが出せるか?何もかも衰退させ続けて来た連中に?

 現行憲法は言葉遣いが古風というだけで内容に文句のつけようが無い。安全保障の話を言えば現行憲法の下でも出来ることはある。それを政治家は「憲法が邪魔なので出来ません」と言い訳している。先の選挙で掲げた消費税減税にしたって何にしたって何かにつけて言い訳をして国民が求めることをしようとしない。うんざりだ。

 少なくとも私は憲法改正など許さない。許せない。程度の低い自民党や日本維新の会の政治家に良いようにされて、義務教育の内容すら理解していない大衆がその重大さを理解しないまま行う憲法改正など絶対に反対である。

 「ドイツは同じ敗戦国だが戦後何度も憲法改正をしている」と言う者もいるが、その憲法改正の内容まで確認したのか?ドイツと日本では事情が違うことも理解せず、ただ「あの国はやっているから」が改正を是認する理由になるのか?国民がニワトリ未満の判断能力しか持ち合わせていないから戦争には負けるし原子爆弾を2発も落とされるんだよ。いい加減にしろ。何が世界に誇る日本民族か。そう思う、そう思いたいならもっとそれにふさわしいだけの行動をせよ。

余談:人の心とか無いんか?

 政府自民党が就職氷河期世代向けにiDeCoの追加拠出枠を設けるとのニュースが話題だった。

www.nikkei.com

(iDeCo50歳以上に追加拠出枠 自民党案、氷河期世代の資産形成を支援)

 私はゆとり世代なので直接的な関係は無いが、就職氷河期世代の扱いは政府による人災と言って良い部分もあると思う。日本政府は、自民党・公明党は就職氷河期世代を冷遇し続けて来た。

 それがここに来て「50歳以上に追加枠」、つまり50歳からでも自己責任で老後に備えて資産形成してくださいよと来た。そもそも就職できなかった、就職できても不安定な非正規雇用で日々をなんとか生き抜くので精一杯だった、という人々に対してこの言いよう、それも彼らに手を差し伸べるどころか、力があるにも関わらず放置してきた側がこれを言うのか。人の心が無い。年金制度が将来的に破綻するにしても何のためのGPIFなのか。彼らは資産形成をするだけの元手すら無いから困っているのではないか。

 もしや、憲法改正をして緊急事態条項を制定した暁には緊急事態を口実にGPIFの金を接収して良いように使おうと言うのではあるまいな?石油危機に際してもイランと交渉しないのは石油不足にしてしまえば実際にこの国を緊急事態にしてしまえるからか。

 世の中、投資家の中には戦争を儲ける機会としか見ていない人間もいるようで、むしろ戦争に積極的な政治家を支持する人間すらいるようだがとんでもない。戦争ほど不経済なことは無い。通常の経済活動への支障を見ても、人的資源の浪費の面から見ても。

 「イランが爆撃されようがガザで子供が虐殺されようが自分には直接関係無いわ」と思っているのだろうが、権力者に近い訳でもない半端な投資家は「明日は我が身」と思っておいた方が良い。石油不足は水面下で確実に我々の日常生活を脅かしつつある。よほどのコネが無い限り政治家は守ってくれない。半端な小金持ちなど搾り取るだけ搾り取ったら戦場に送って死んでもらうまでだ。

 政治家はむしろ自分たちの不始末を誤魔化すために国民に危機を煽り、一体感を演出して戦争を始めるかも知れない。そうなった時、爆弾で吹き飛ばされるのは遠いテレビの向こうの世界の人間ではなく、今ここにいる我々である。

 

武器輸出三原則の大幅緩和の是非

 高市政権は武器輸出三原則における分類規制を撤廃し、殺傷力のある武器の輸出も可能とする方針転換を行った。

news.yahoo.co.jp

(武器輸出が原則可能に 狙いと課題は 政権幹部「普通の国になるだけ」)

厳しい現実と緩和の是非

 最初に書いておくとこの件に関して私は「どちらかと言うと否定的」な立場である。

 肯定的な面を見れば「オーストラリアやフィリピンのような対中国で一致する国に兵器を輸出して地域の安定に貢献する」といった事例の意義は否定できないし、防衛産業は競争が激しい上に信頼性に重きが置かれる世界なので、リベラルが批判するほど日本が防衛産業で大儲けすることは難しい。かねてよりリベラル?左派?は日本の国産武器・兵器についても高額であると批判してきた訳だが、生産コストを下げるためには量産する(=輸出も視野に入れる)しかない。

 武器輸出は憲法違反であるとの声もあるがこれは議論の余地がある。「平和主義の精神に反する」との主張も理解できるが、何をもって平和とするかで見解の相違が大きい。出羽守がよく引き合いに出すスイスやドイツに至っては世界的な軍需企業がある。ぱっと思いつくだけでもSIG、SAAB、H&K、ラインメタルetc.。先進国で武器を輸出していない国の方が珍しいのでは。

 一方、輸出する兵器の種類や実際に戦争が起きた時のことを考えれば、殺傷力のある武器を輸出することは確かなリスクとなり得る。

 たとえばフィリピン、今は対中国で一致しているとしても、もし実際に戦争となった時に彼らが早々に降伏してしまったら?裏切られたら?日本から売った兵器は中国人民解放軍の手にわたりリバースエンジニアリングなり彼らの武器としてなり良いように使われる。ひょっとしたら自衛隊員が日本製の兵器で殺される未来もあるかも知れない。

 また、兵器は廃棄される時までのことも考えなければならない。陸上自衛隊の高機動車すら「適切に廃棄された筈」がウクライナ戦争でロシア軍に使われていて問題になった。兵器を売るのは良いが廃棄まで面倒を見られるか。日本製の武器がどこかで横流しされて、紛争地帯で使われることは無いと言えるのか。日本製の武器で無辜の市民が殺害された場合、その事実を受け入れる覚悟が日本国民にあるか?もし殺害されたのが日本人であったらどう感じるのか。

 それに、今の政治(特に自民党)を見ているとこの世界情勢でも平気でイスラエルに武器を輸出しようとするような不信感がある。むしろ不信感しかない。本当に日本は武器輸出で世界の平和と安定に貢献できるのか。むしろ地域の不安定化に与し、虐殺に加担してしまう危険性は無いか。

 「武器を輸出するのは平和のためなんだ」という政治家の甘言に惑わされず、「殺傷力のある武器を輸出する」ことの重大さを国民は考えるべきではないか。武器輸出三原則は法律ではないので国会を通す必要は無い、にしても戦後日本として大きな方針転換であることに変わりは無く、先の選挙でこの是非について国民の審判を仰がなかった高市政権、自民党は極めて不遜で不誠実である。

 こうした重大な判断について国民の審判を仰がず、むしろ「これを出すと選挙で負けるから隠して進めよう」というスタンスの政治家をどうして信用せよと言うのか。この1点だけでも私は彼らに政権を任せたく無いし、憲法改正も許したく無い。

韓国の反応について

mainichi.jp

(韓国政府「平和憲法の堅持を」 日本の「5類型」撤廃受け)

 武器輸出制限の見直しに関してこのような声明を出している韓国だが、ウクライナ戦争を商機としてポーランドなどの欧州各国、モロッコ、イランなどに兵器を売り込んでおり、実際にポーランドと大口の契約を交わしている。「お前が言うな」大賞受賞候補。

worldtanknews.info

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兵器産業の実情を考えると

 改めて書いておくが、リベラルが思っている「日本は武器輸出で大儲けする死の商人になる」という読みは甘い。理由は大きく分けて3つ

  • 既に競合が多く日本の技術力はその中では大したことが無い
  • 実戦経験が少なく信頼性に欠けている
  • その割に値段が高く量産能力も低い

 まだまだこれから育てる段階とはいえ、良くも悪くもこの辺りがネックになるだろう。

 ネット右翼は日本の技術力に未だに全幅の信頼を置いており、まだまだ日本は世界をリードする技術大国だと思いたがっているが、現実はスマホやドローンすら満足に作れず国内産業の時間が止まっている。SONYとHondaはEVでコケた。家電は軒並み中国・台湾メーカーが強くなって来ている。アシモで胡坐かいていたらロボット技術でも中国に抜かされてしまった。中国でロボットがマラソンしている動画を見てしまうと、なぜこれが日本で出来なかったのかと思う。

 それはそれとして、日本は基礎的な工業力はまだ高い部類にしても日進月歩の軍需産業にはまだまだ対応出来ていない。アメリカや中国、ドイツなどの軍需企業の先進性を知ると日本は10年、20年遅れている。直近の水陸両用装輪装甲車の受注も三菱重工ではなくフィンランドのパトリアAMVに決まった。日本の右翼が思っているほど日本企業に技術的優位性は無い。

 実戦経験についても(ある意味で幸運ながら)日本の武器・兵器は実戦経験が少ない。訓練で問題なく動作しても戦場の過酷な環境下ではどうなるか分からない。実際にそれを扱う兵士にとって使いやすいかどうかも未知数。そんなものに兵士の命を預けることは難しい。

 裏を返せば、日本製の武器・兵器の信頼性を世界に示すためには実戦に投入するのが一番な訳で、いざ兵器産業が本格化した時に手っ取り早くフィードバックが得られるよう紛争地帯への輸出をしようとするのではないか。今は紛争当事国への輸出は控えると言っていても将来的にどうなるか分からない。イスラエルに輸出してガザでの虐殺で実地試験を行おうとするかも知れない。国民がよくよく監視しておかなければならない。

 もっとも、これらの問題は海外メーカーの兵器をOEM生産することである程度は解決可能な訳だが。パトリアAMVは日本製鋼所がライセンス生産している。

 そして最大の問題は価格。昨日、事故を起こした10式戦車は1輌あたりの価格が金と同価と言われて来た。自民党がどこに兵器を売ろうとしているか知らないが、もし日本の国産兵器を海外に売ろうとすれば競合製品よりは確実に高額になる。競合よりも技術的に遅れているし実戦経験も無いのに高い、となれば買い手は限られる。

 これもOEM生産というかライセンス生産で解決できる可能性はあるが。円安なら昔よりは安く買えるだろう。ひょっとして、あらゆる通貨に対して円安誘導して来た狙いにはこういう所にもあったのだろうか。

 なお、昨日の事故が武器輸出に影響するのではという希望的観測があるがそれはあまり無いと思う。10式戦車を輸出することは決まっていないし、事故の内容からして10式戦車自体の不具合ではなく運用上の不運である可能性が高い。それにしても、自衛官が3人亡くなっているのにその兵器が売れるかどうかの心配とは。右も左も人の心とか無いんか?

 そもそも10式戦車は日本国内向けの戦車であって海外での需要はあまり見込んでいないと思われる。というかぶっちゃけ小さいのでは。今どき「大きさこそ正義」でも無ければ旧日本軍の戦車ほど非力な訳でも無いが、ドイツ軍のレオパルト2A8なんかを見てしまうと何となく頼りなく思える。それでも10式が小型化を選んでいるのは日本国内のインフラで運用できるようにするため。逆に言えば海外輸出するならあそこまで小型でなくて良い。

www.youtube.com

看過できない戯言

 看過できないレベルで癪に触ったXの投稿があったので晒しておく。

https://x.com/JapanTank/status/2046539420741083511

 日本経済が長年停滞して来た理由が「武器が輸出できなかったから」とは初めて知ったよ。「兵器の輸出をして金を稼ぐほど落ちぶれてはいない」という言葉を、後に総理大臣となる宮澤喜一外相(当時)が発した1976年の景気はオイルショックがあったとは言え回復基調でそこまで悪く無かった筈だが。何ならその後バブル期が来る訳で。

 日本経済が停滞している理由は他にいくらでも思い当たるのだが(特に政治家が考えなしに増やし続けた税金と社会保険料、非正規雇用)、露骨に停滞の原因を武器輸出規制にすり替え、もってして武器輸出の全面解禁を肯定するように仕向けようと言う。

 この陋劣さ、心底反吐が出る。はっきり言って死ねば良いのに。

 これに関しても非常に不快かつ懸念を抱かざるを得ない。

https://x.com/nipponichi8/status/2046536355396927715

 なるほど、「殺傷力のある武器を輸出すること」の是非を「仮想敵国(中国)にとって不都合かどうか」にすり替え、「武器輸出に反対する奴は中国の手先」と言いたい訳だ。

 このような稚拙な論点のすり替えで脅威に対する一体感を煽り、国民の判断力を麻痺させ、政府のいかなる方針についても批判や反論を許さない=翼賛体制の構築に与する人間をいざ実際に目にしてしまうと危機感を抱かざるを得ない。これから先、自民党がどんなに好き勝手なことをしてもこのような誤魔化しとお気持ち論で肯定されていくのだろう。

 こういう人間が日本を太平洋戦争開戦からの敗戦へと至らしめ、「非国民」という言葉を生み出したのだ。そういう人間が今、実際に我々と同じ時代、同じ国に生きているのだ。我々は歴史から一体何を学んだのか。リベラル左翼が「平和ボケ」ならこいつらは何と呼ぶべきか。無知蒙昧という言葉しか思い浮かばない。

 NHKはNHKで武器”輸出”ではなく武器”移転”という言葉に固執している。撤退を「転進」と言い換えて誤魔化した時から何も変わっていない。何も学んでいない。映像の世紀を作っている側がこのザマとは。

 あまり好きな言葉ではないが何事も「一事が万事」、こういう所で無理な誤魔化しをする人間は他の所でも同様に無理な誤魔化しをする。何せ「無駄死に」も「名誉の戦死」と言い換えてきた国民性だ。言葉遊びだけで済んでいる間は良いな?

余談:小泉進次郎防衛大臣の「軍人」発言について

 小泉防衛大臣がXで自衛官について「軍人」と表記し炎上した。

news.yahoo.co.jp

(自衛官は「軍人」なのか 波紋の自民党大会から1週間...小泉進次郎防衛相のSNSがまた炎上)

 「実際に海外からすれば自衛隊は軍隊だし」という意見も十分理解するが、私はこれも問題だと思う。結局、小泉進次郎は公人として最低限守るべき建前すら守れない程度の政治家なのである。実際にどう見えるかはともかくとして自衛隊はまだ軍隊ではない。

 細かいことかも知れないが、こういう細かいことの積み重ねが問題だ。こういった細かい横暴を国民が許してしまうのがいけない。政策でも経済でも何でも国民があまりに寛容なので政治家がツケ上がる。小さく始まった病気がいつの間にか大きくなっている。悪い芽は小さいうちに摘み取っておかなければならない。

 そもそも小泉進次郎が大臣とは。それだけで来る所まで来てしまった感がある。共産党に対する「ミサイル大好き」発言といい根本的な品格も無ければ、党大会で問題の自衛官とウキウキで記念撮影するくらいには善悪の判断も無い。あんなボンクラがルックスと生い立ちだけで大臣になれてしまうのは国民にも問題がある。

 それにしても、軍人が党務(党大会での国歌斉唱)を行うなんて中国みたいだね