Xで自称愛国保守が意見の違う相手に対してよく言う言葉「お前、本当に日本人か」、「日本人じゃないくせに」。犯罪に関しても目立った犯罪が起きると「犯人の名前が出ない。これは外国人が犯人に違いない」と早合点した言説が見受けられる。この心理はどういったものか。
保守を自認する者が全員これとは言わない(かくいう私も保守を自認している)。これは特に程度の悪い者についての心理を考察する記事であることをここで断っておく。一分自戒も込めて。
自尊心と認識のバイアス
今の自称愛国保守、ネット上にあふれる保守気取りの層は自尊心の拠り所を日本という国家、日本人という民族に依存している。「日本という国に生まれながらに住んでいること」、「日本人という民族であること」くらいしか自分自身に誇れるものが無く、多くの日本人にとって当たり前のこの2つの要素をことさらに強調しなければ自尊心を保てない。それほどまでに中身が薄っぺらい。
裏を返せば彼らにとってはこの両者が尊いもの、価値の高いものでなければならない。日本という国は世界的に見てどこをどう取っても絶対的に優れている国でなければならないし、日本人という民族は民度が高く舐められたら殺す武士道精神に溢れた民族でなければならない。でなければ彼ら自身の尊大な自尊心が傷つくから。過ち1つ、欠点1つ認めてしまえば、国家や民族といった借り物の尊厳が立ちどころに暴かれ消え去ってしまう。
これを前提に考えれば、なぜ彼らが意見の異なる相手とぶつかった時、しきりに相手の国籍や民族的な素性に食ってかかるのかが理解できる。
鉋の削り屑より薄っぺらい彼らの自尊心は「自分自身の意見が間違っている」と認めるだけでも大きく傷つくので、それを避けるために自分と異なる意見を持つ者を「こいつは外国人か外国勢力だから日本人の俺よりも正しい筈がない」と勝手なフィルタリングをし、「こんな奴の意見は聴くに値しない」と切り捨てて自分自身を守ろうとするから。相手の意見を聴いて自分自身の意見を見直すよりも、相手を自分より下の存在という事にして異なる意見をさっさと切り捨ててしまった方が楽だから。
「日本のことを外国人や外国勢力にとやかく言われたくない」という気持ちは重々理解できるが、そこには相手の意見が正しい可能性が考慮されていない。これが傲慢な自尊心と無知、道理に対する暗さと組み合わさるから余計に質が悪い。下手をすれば「俺より下の奴が言っていることなんて正しい筈がない」と考えて本当は正しかった選択肢を遠ざけてしまう。
これがリベラルが言うところの「反知性主義」の正体だろう。リベラルは時として一生懸命に正しい答えを諭してくれるが、残念ながら彼らは彼らで嫌われている面も大きいので、たとえ正論でも彼らが言えば言うほど世の中は正しい答えから距離を置いてしまう。リベラルにも問題はあってオオカミ少年化していることも否めないし、彼らが言う事が何においても正しい訳ではない。
犯罪が起きた時に犯人の国籍を真っ先に疑ってかかるのも同様。彼らにとって日本人は「世界的に民度が高く犯罪など起こさない」民族なので、ショッキングな犯罪を起こす者は外国人か、日本人であっても日本人にふさわしくない認定をする。心の中で「あんな非道なことをする人間が私と同じ日本人であって欲しく無い」と思っているのである。心ない行動をする人間と同じ民族というだけで彼らの自尊心が傷ついてしまうから。
1人の人間としての自尊心を個人で完結できず、国家や民族といった大きな枠組みに置いてしまうことは1人の人間としてのあるべき姿を見失わせ、物事に対する考え方や価値観を個人で完結できる/個人として考えるべき視点からズラしてしまう。そういった在り方を「愛国保守」と呼ぶことは極めて不健全ではないか。本当にそれは国のためを考えているのか?本当にそれは日本人のことを考えているのか?本当は自分のことばっかり考えているんじゃないのか?
これが理解できれば口先だけの自称愛国保守が多いのも理解できる。熱心な愛国保守を気取る割に彼らが進んで自衛隊に入るなり政治家を目指すなりしないのは、自らの尊厳を重ねる国家や民族というものが彼らにとっては現状ですでに十分素晴らしい存在であり、その発展や維持のために自分たちが何らかの形で努力する必要はないと認識しているから。素晴らしいものに威を借りつつ自分は大したことをせずに自尊心を保ちたいから。だから彼らの「日本人像」からは「真面目で勤勉」だけが都合よく欠落している。
これは日本人の大衆全体にうっすら広がる雰囲気にも言える。誰もが何となく生きているだけで、政治も適当に政治家に任せておくだけで、いつまでもこの国がそれなりに良い国であり続けられると考えている。テレビやYouTubeで「日本ってなんて素晴らしい国なの!」と外国人に言わせ、自分たちの認識を確認するだけで満足している。
それでも自分たちの暮らしや未来がうっすらと苦しく暗いとは感じており、その責任をどこかになすり付けたがっている。そんな中で惰性的で他責的な今どきの愛国保守的価値観は多くの人にとって心地よく、何でも外国人のせいにして自分たちの在り方を見直そうとしない。国内の現状や世界的な開発競争に対する危機感がない。危機感があったとしても政治家に煽られて安全保障のことを考える時くらいだ。
肝心の政治家に対しては矛先を向けようとしない。政治を変えるのは大変だから。政治について考えるのは大変だから。ちょっと煽られたらすぐに矛先を外国人やサヨクに逸らす。彼らが実権を握っている訳ではないのに。
日本国民は民主党政権のトラウマもあって変革を有む努力も、変化によって起き得るストレスも受け入れる覚悟がすっかり無くなり臆病になってしまった。「国は親のようなもの」と民主主義国家にふさわしくない家父長制的国家観に甘えている。彼らは「子が親に逆らうのはおかしい」と言うが、親がどうにかしてくれるのを延々と待っている子の現実は厳しい。
こうした心理をうまく利用して台頭してきたのが参政党だろう。彼らは「日本人を舐めるな」とうまく自称愛国者たちの心理を刺激し、外国人を都合の良いサンドバッグに仕立て上げて躍進した。党首がかねてより行って来た新興宗教的なノウハウは尊大で誤った日本史観や日本人観を醸成するのに役立った。自民党の外国人対策も同様に選挙の時に支持される理由の1つにはなっただろう。実際はどうなっている?
愛国心を抱くことを悪とは言うまい。しかしそれは個人としての尊厳とは分けて考えるべきだ。自尊心の拠り所を自分自身の中で確立し、その上で自分自身が育ったこの国に何らかの形で貢献したいと考えるのが健全ではないか。「お国のため」を考えるのも結構だが今この国は国民主権、民主主義国家なのだから、もっと「国民のため」を考えるべきである。
何となくのほほんと生きているだけ、政治に興味なく自民党に任せるままではこの国は良くならない。現実に目をやれば徐々に悪くなり続けている。空を飛ぶ鳥と同じで上を目指す、ないし上であり続けるためには常に羽ばたき続けなければならない。上昇気流を捕まえる努力をしなければならない。
自称保守から感じる政治的な不健全さ
自尊心の拠り所を国家や民族に置くことは民主主義的な価値観と根本的に相容れない。少なくとも国家に尊厳を重ねて国家 (=政治的権力者) 目線で物事を考えることは国民主権に反する。今の自称愛国保守はこれを無意識にやってしまっている。
自民党大会での自衛隊の政治利用から国家情報局創設での監視強化まで、いわゆる保守層は無理な擁護や危険性の無視をして肯定的な反応を示している。彼らにとっては今や「高市政権がやること=自分たちがやること」なのだろう。道理を考えれば良くないことを自民党がしても、彼らの認識の中では「自分たちがしてやった」感覚になっている。だから「まあ良いじゃんこのくらい」と平気で言える。追及されれば平気で論点のすり替えやDARVOで被害者面をする。
心が弱く未成熟で批判を受け入れる器が無い。相手の意見を聴き入れる度量も無い。独善的に突っ走って非難されたらその場しのぎの嘘や誤魔化しで逃げ続ける不誠実さと、いかにそれを実現するかを考える狡猾さはある。
”お上”に歯向かう度胸は無いが、自分より下に見ている相手には「舐めたら殺すぞ」と凄む度胸はある。批判されても平気で被害者面をして見せる神経の太さもある。
振る舞いに人生そのものが凝縮されているようだ。
石破氏があれだけ叩かれたのは、氏の在り方や政策方針が彼らの自尊心に相容れないから。なので「同じようなことを石破氏がやればどれだけ叩かれたか」という事でも高市総理がやれば平気で擁護する。「自民党が党大会に自衛官を出す」のは良いが、「小泉今日子が憲法9条を朗読するのは許せない」。そういった芯の無さも目立つ。自称愛国保守の自分自身への甘さの表れである。他人に厳しく自分に甘い。
小泉今日子に関して公私混同などとバカな批判があるが、一体いつから小泉今日子は公務員になったのか。愚かな自警団がバカげた事を言い出しても一蹴出来るので「表現の自由」が必要なのだと痛感させられる。
実際に好き勝手をしているのは国民ではなく政治家であり、それで実際に生きづらくなるのも苦しむのも我々国民である。ということをそろそろ自覚するべきではないか。国家に威を借りたつもりでイケイケどんどんと政治家のやることを是認するばかりではこの先、本当にろくな事にならないだろう。
正直言えば私もサヨクが嫌いだし、一部有名人はその人が言っているというだけで否定的なバイアスで見てしまう。が、本当にそういった見方が健全であるかは考えた方が良い。最近特に強く思う。これでも安倍政権は支持していたのだが、特に高市政権になってから自民党の動きが加速度的に危険な方向へ振れていると感じる。
外国勢力や外国人を毛嫌いする割に、なぜ旧統一教会やそれに関与した政治家に甘いのかは未だに理解が追いつかないところ。挙句「公明党は良いのになぜ旧統一教会で大騒ぎするのか」などと韓国発祥カルトを擁護する始末。こちとら物心ついた時には何か知らんが公明党が連立に入ってたというだけで、創価学会を許した覚えも是認した覚えも欠片すら無いのだが。韓国発祥のカルト団体と関わりのあった政治家など気持ち悪くて仕方ないのだが。
治安維持法の時もそう言った。 https://t.co/DCYkMCxK9T pic.twitter.com/KM6bf2kXdp
— マヤ (@MayaF56222) 2026年5月8日
余談:参政党の著作権侵害
「スイミー」の出版社から声明が出ていたのでどこの政党かと思えば参政党だった。これを指摘されて参政党や支持者側は改めるどころか開き直り、むしろ自分たちが出版社の宣伝に利用されたとさえ言い出す始末。悪い意味で凄い人達だ。
彼らの抱く「日本人像」には誠実さや道徳的観点も無い。国会に議員として人員を送り込み、立法に携わろうとする者が法律を蔑ろにして憚らないとは。あまつさえ被害者面までして見せるとは。それで「誇り高い日本民族」と言われても片腹痛い。いつから日本人は「不誠実で不勉強で道理に暗い臆病者」になったのか。
たとえば日本共産党や立憲民主党が同様のことをしていたら、彼らは一体どのような反応をするのだろう。それとも「俺達のやることは正義で相手のやる事は悪」か。サヨクと程度は変わらんな。
今般、当社が出版している『スイミー』(レオ・レオニ/作 谷川俊太郎/訳)の絵及び文章を模倣し、特定の政党の宣伝と思われる目的でSNSに投稿等している事例を確認いたしました。
— 好学社 (@kogakusha_ehon) 2026年5月8日
版元である当社及び著作権者・翻訳権者は、いずれもこれらの利用について一切許諾を行っておりません。↓
クリエイターへのリスペクトが無いのだろうか?
— ひろゆき (@hirox246) 2026年5月8日
著作権法違反だとわからない国政政党。。。 https://t.co/QX3TcaeBDI pic.twitter.com/mENEElSk2v








