ヤマネコ目線

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「充電不要スマホ実現」の記事について

 PC watchの記事で中国企業が開発した原子力電池が紹介されていた。しかしこの記事、半減期に関する記述などが甘くツッコミを多く受けている。多くの一般人(と言っても私も一般人だが)が誤解するような表現があるため、ここでも少し書いておく。

pc.watch.impress.co.jp

原子力電池とは何か

 詳しくはggれば良い話ではあるが、至極簡単に説明すると「放射性物質を利用して極小電力を発電する電池」。

 ゼーベック効果と呼ばれる現象がある。物体に温度差が生じた時、温度が高い所と低い所との間に電気の流れが生じる(電圧が生じる)現象。熱電効果の一種。ペルチェ素子は逆に電流を意図して流すことで温度差を発生させ、冷却などに使用される素子。

ゼーベック効果 - Wikipedia

 となると、物体(金属)を半永久的に加熱できるものがあればゼーベック効果によって長期にわたって電力を発生させられる、と考えられる。そこで原子力電池では放射性物質を利用する。

 放射性物質は人間にとって十分に長い時間をかけて放射性崩壊を起こす。この時にアルファ線ベータ線(崩壊の種類による)が放出され、そのエネルギーを熱に変換してゼーベック効果によって電力にしよう、というのが原子力電池の原理。

放射性崩壊 - Wikipedia

 冒頭で引用したPC watchの記事では原子力電池は物理電池でも化学電池でもないため、~」とあるが、原理的に見て明らかに原子力電池は物理電池の一種である。

 「超小型の原子力発電所」と勘違いする人も見受けられたが原子力発電所とは別モノ。ざっくり書けば

[ 原子力発電 ]

核分裂→蒸気(熱エネルギー)→蒸気タービン(回転エネルギー)→電気

[ 原子力電池 ]

放射性崩壊→熱エネルギー→電気

 とプロセスも規模も異なる。原子力を使っての発電という意味では「原子力発電」と言えなくも無いが、語弊のある言い方であり両者は区別するべき。

半減期について

 現在は訂正されているので軽く触れる程度にするが、当初は「ニッケル63は半減期を過ぎると無害な銅になる」というような記述があった。

 しかし半減期は「放射性物質の半分が放射性崩壊によって別の核種になるまでの時間」を言う。半減期を過ぎても放射性物質はまだ放射性を持っており無害にはならない。

半減期 - Wikipedia

 なお、「半減」という文字に引っ張られるが半減期で電池残量50%」では無い。放射性物質が完全に放射線を出さなくなるまでにはより多くの時間がかかる(理由は後述)。専門外なので具体的な期間は書かないが、ニッケル63の半減期は約100年、ニッケル63が銅になるまではもっとかかるはず。

 一方、今回発表された原子力電池は「50年安定して電力供給」とある。ニッケル63の半減期は約100年なのでこれよりも短い。これは放射性物質は崩壊が進むにつれて放射線が出る頻度が落ちるためと思われる(理由は後述)。公称値100μWを安定して出せる範囲が50年、ということなのだろう。

活用の範囲についてほか

 PC watchの記事では「米国やロシアなどでは開発が進んでいるのだが、宇宙開発などに使われている程度だった」とある。一方で2020年にはアメリカのスタートアップ企業NDBの取り組みについて下記のような記事が出ているし、心臓のペースメーカー用電池も開発されたことがある*1など、この手の原子力電池が革新的に目新しいものとは言えない。

 どちらかと言えば中国企業原子力電池を開発し、それが中国政府の協力もあって民生用の部品として実用化される可能性が高い、ということが重要だろう。

www.sangyo-times.jp

 また、PC watchの記事では開発企業からの引用なのか

PC watchの記事より一部抜粋

 とある。一般的なスマホのバッテリー容量は3,000~4,000mWhだが、これは1時間あたり3~4Wを供給できる能力がありますよ、という意味。なので1Wの原子力電池が実現できれば大きさによってはあり得なくもない話に思う。

 しかし、「1W」と書いてあるだけでどの程度の単位時間で供給可能なのかは書かれていない。計算すると100μWという数字は1日に供給可能な電力( 8.64J / 日 )のようで、おそらくここでの「1Wの製品」も1日で1W供給の意味と思われる。つまりスマホを動かすためにはまだ容量が必要になる。

 また、一般的に普及しているリチウムイオン電池原子力電池では電池としての特性に違いがあることを忘れてはならない。

 原子力電池はその特性上、一定の電力を定常的に供給することが出来る。裏を返せば電力供給量を調整することが難しい。スマホならゲームをしている時は最大限の電力を供給し、寝ている間は可能な限り少ない電力でスタンバイ状態に入るといった調整が難しいと考えられる。余った電力は何らかの形で逃し続ける必要がある。ドローンに使用する場合も同様で、モーターの電源に使用するのであれば長期間飛び続けることを前提とした用途に限られるだろう。

 この点、「原子力電池単体で」という意味では難しいがリチウムイオンバッテリーと原子力電池の併用であれば充電不要かつ使い勝手の良いデバイスは出来るかも知れない。リチウムイオンバッテリーを主電源としながら、充電器として原子力電池を内蔵する。一般的にリチウムイオンバッテリーは充電しながら使うと劣化が早まるとされているので使いながらの充電は難しいが、充電が減ったら放っておく→徐々にバッテリー容量が増加、という使い方は出来る。

 次点で放射性物質を含むということも大きな違いではある。放射線が漏れ出ないようなシールドが施される一方で、廃棄処分まで考えた時に扱いが難しい。実用年数を超えても放射性は保持する訳で、大量に出回ったものをどう改修して処分するか。それぞれがシールドされているのでそのまま放っておけば問題ない、という見方も出来るが、素人が興味本位で分解して被曝などの不測の事態は考えられる。ものすごく地味だがテロにも利用可能(ダーティーボム、汚い爆弾として等)。

 実現すれば面白いものの、先の一文は開発企業の売り文句をそのまま引用したものであっていささか誇張された内容であることに注意したい。また上の引用画像下段、「自己放電も発生しない」という表現はどうか。充電可能な電池と比べてそうした現象が無いという利点を強調したいのだろうが、どちらかと言えば「常に自己放電している」ような・・・。

 どのみち電池として、廃棄物としての特性や管理を考えると軍用品としての利用までで落ち着きそうな気もする。軍隊であれば通信機器に充電が必要無いことは大きな利点になるし、そうした機器の軽量化にもつながる。廃棄するにも軍用品として平時からしっかり管理されているので回収しやすい。偵察機の電源にすれば長期間の偵察活動が可能になる。そうしたアドバンテージを活かす、保ち続けるためには民間においそれと流すことが出来ない。

余談:半減期を過ぎるとなぜ放射線の出る頻度が落ちるか

 たとえば海にボートを浮かべたとしよう。そこにぎゅうぎゅう詰めで50人を無理やり載せたとする。これが原子核が出来た当初の段階。

 当然ながら誰かが降りないとボートは安定しない。1人、また1人とボートから弾き出されてとうとう25人まで減った。するとどうか。ボートに乗るにしては多いが各人、スペース的に余裕が出てくる。最初に比べればボートから降りろという圧力は少ない。

 それが更に1人、また1人と減るにつれてスペースが空き、ボートは比較的安定していく。人数が減るにつれてボートから降りろという圧力が下がり、降りる頻度も下がる。

 というように、放射性物質は安定に近づくにつれて指数関数的に放射線を出す頻度(崩壊の速度)が落ちていく。原子核から余計なヤツを弾き出す力が弱まっていくので、放射線を完全に出さなくなるまでには半減期よりもさらに長い時間がかかる。これが放射性廃棄物が長期にわたって有害たり得る要因。

www.env.go.jp

*1:今は使用されないようだが