ヤマネコ目線

大体独り言、たまに写真その他、レビュー等

天才:マクナマラの誤算

 NHKでたまたま映像の世紀 ベトナム戦争 マクナマラの誤謬を観た。面白かったのでまとめてみる。

ロバート・S・マクナマラ Wikipediaより

マクナマラの誤謬(ごびゅう)

 ロバート・S・マクナマラアメリカの政治家・経営者で、第二次世界大戦では陸軍の統計局で作戦立案に従事。その後フォード社で経営者としての辣腕をふるい、1961年にはジョン・F・ケネディ政権で国防長官に任命された。ウィズ・キッズ(Whiz Kids / 神童)と呼ばれたマクナマラベトナム戦争に関与する中、データ分析を駆使して勝利を目指したが、それが一因となってアメリカは敗北した。

 ここから「他の要素を無視し、定量的な観測だけで決断すること」、「数値ばかりに囚われて全体を見失うこと」をマクナマラの誤謬と言う。「誤謬」は考え、知識などの誤りのこと。他にも学ぶべき点はあるが、大まかに言えばその点に尽きる。

 映像の世紀ではこのマクナマラの誤謬が具体的な用語とともに紹介されている。「ボディカウント」、「キルレシオ」。マクナマラの考えは、戦争ではとにかくキルレシオを上げること、つまりアメリカ兵1人につき何人のベトナム兵を殺せるかの比率を上げれば、相手の兵力が先に尽きて戦争に勝利できるというものだった。「ボディカウント」は敵兵(とされるベトナム人)の死体の数を数えること。敵兵の死体の数と味方の死者数を比較して、敵兵の死体の数が多ければ戦況は有利である、という判断になる。

天才の誤算

 しかしマクナマラ氏はベトナムアメリカ双方の国民感情までは計算に入れていなかった。天才ゆえか何なのか、そもそも氏が人間的な感情を理解してそれを計算に入れる能力があったか怪しいと感じるが、単純な統計では戦争に勝てなかったのである。

 「キルレシオ」、「ボディカウント」の数字を上げようとした結果、大規模な空爆を始めとした無差別攻撃によって多くの民間人が巻き添えとなり、ベトナム人の間では反米感情が燃え上がっていった。愛国心、復讐心、人間的な感情からそれまで民間人であった人々も武器を手に取り、ゲリラ戦を展開してアメリカ兵を苦しめた。敵兵は減るどころかどんどん増えていったのである。あれ?何か似たようなこと中東でもやってたような・・・。

 無差別攻撃を掘り下げると、北爆と呼ばれる空爆では223万tもの爆弾の投下(もちろん精密誘導でも何でもない)、健康被害を出したことで有名な枯葉剤の散布、民間人かどうかを判別せずに攻撃、空中散布型地雷の散布などが挙げられるだろう。特に枯葉剤散布の目的はベトナム兵が隠れられる森林の破壊に加え、農業基盤の破壊まで行うことだった。敵味方問わず健康被害も出した。

 また、空中散布型地雷の存在はあまり知られていないがグラベルマイン(Gravel Mine / 砂利地雷)と呼ばれる小型地雷を航空機から散布していた。評価的には「迷惑」程度のものだったらしいが、死なない程度に人体を負傷させる目的で作られている事に違いはない。

 アメリカ国内でも長引く戦争に対して反戦運動が巻き起こり、その動きは黒人運動や労働運動などと結びついて大きくなっていった。ソンミ村虐殺事件のような非道な米兵の行いがメディアに取り上げられると反戦運動はさらに勢いを増し、国外からの批判も大きくなってアメリカ軍は支持を失った。

 マクナマラ氏の計算は数的要素に限れば確かに正しかったのだろう。しかし、それで戦争を計るにはあまりに変数が少なかった。いくら手足の生えたIBMマシン(=コンピュータ)と言われようと、入力する計算式が間違っていたので正しい答えを出せなかったといえる。あるドキュメンタリーでは元軍人に、「x発の弾を使えばy人の敵を殺せるといった計算をしていたんです。まったくバカバカしい」とこき下ろされていた。

戦争を計算することは難しい

 戦争の勝敗を予測することはなかなかに難しい。正規軍同士の戦闘であれば大抵は数的に有利な側が勝つ気がするが、実際は武器・兵器の質や兵士の士気、練度も関わって来る。最近で言えば2022年2月に勃発したウクライナ戦争、ウクライナがここまで善戦すると誰が予測出来ただろうか。

 ほかにも湾岸戦争では数で劣るアメリカ、イギリスの戦車がイラク軍の戦車部隊を叩きのめしており、数的有利が絶対な訳ではない。かと言って第二次世界大戦のドイツ軍に見られるように、いくら優れた武器・兵器を配備していても数が揃えられない、稼働率が低いとなれば結局は数に押されて負けることになる。兵器の質・量どちらも大事なのである。

 そして何より国民を味方につける事が出来なければ、どのような戦争であろうと勝つことは出来ない。これは兵士の士気にも関わって来る。正義を失い、国民が支持しない戦争で、帰還したら人殺しと罵られて駐車係の仕事すら無いようでは兵士は何のために戦うのかを完全に見失うことになる。ベトナム戦争では政府関係者からも裏切りが出て、アメリカン大本営発表を続けていたマクナマラの嘘が暴かれることとなった。

 また、正規軍同士の戦いではなく正規軍とゲリラの戦いとなれば、これまた戦争の勝敗を予想するのは難しくなる。テロとの戦いはまさにそれで、戦闘員と一般市民の区別が難しい。だからと言って対戦車ミサイルなんかで攻撃するから、本来は無害であった市民が復讐心に燃えて敵となって行くのだが。

もう1人の天才

 マクナマラの特集だったので特に取り上げられなかったが、ベトナム戦争では米兵を苦しめた?もう1人の天才がいる。ユージン・ストーナーである。フェアチャイルド社の銃器部門アーマライトでAR-15を開発した銃器設計者。AR-15をアメリカ軍が採用した制式名称がM-16。先に言っておくが彼自身が何か悪いことをした訳ではない。

M16自動小銃 - Wikipedia より

 世界三大アサルトライフルと言えばこのM-16、ロシアのAK-47、ドイツのG3。中でもこのM-16は口径が5.56mmの小口径高速弾を使用し*1、それまで木製パーツが多かった銃から一転、航空機メーカーの強みも活かしてアルミと鉄、繊維強化プラスチックで構成された先進的な銃であった。真っ黒な見た目から「ブラックライフル」とも呼ばれたという。

 しかしこの未来的なフォルム、外見から兵士の間では「分解清掃が必要ない」といった誤解が広がり、弾薬に使用された火薬の質も相まってベトナムの戦場では動作不良を頻発。多くの米兵が苦しめられることとなった。いざ敵を目の前にして撃とうとしたら弾詰まり。撃たれて死ぬ。そんなことがザラだったとか。

 分解清掃をしない兵士が悪い気もするが、もともとM-14という別の銃で訓練していた上、英語は話せるけど読めはしないといった兵士もいたようで、M-16を配備する時に訓練も実施しておけばそんな事にはならなかったのでは、とも。ベトナム戦争ではそんな余裕も無かったのだろうが。

 ウクライナ戦争でも兵器の供与だけでなく訓練が行われているように訓練は重要で、M-16のような一見、単純そうな銃1つとってもきちんとその扱い方、メンテナンス方法を教育しなければ、戦場で数多の兵士が命を落とすことに繋がる。しかし訓練には時間がかかるし、当然ながら兵器・武器が高度化すればするほどその時間とかかるコストは増えていく。

 M-16の話に戻るが、ちゃんと弾が出たとしても小口径高速弾の5.56mm弾は人体を簡単に突き抜けてしまい、殺傷力が低かったとも言われている*2。興奮状態の兵士とはなかなかに凄いもので、撃たれたベトナム兵が振り返る余裕すら見せて逃げて行った、という話まであるくらい。それでも持ち運ぶことが出来る弾の量、装弾数、発射時の反動などから5.56mm弾が使われ続けて来たが、近年は防弾チョッキの普及などで殺傷力の低下がさすがに問題視され、アメリカは昨年ついに主力小銃の更新を決定。これからの西側主力小銃の弾薬はアメリカのゴリ押しで6.8mmが主流となりそうである。

 ちなみにこのM-16、分解清掃しないと動作不良を起こすというか、作動方式自体が動作不良を起こしやすい。下の動画、4 : 20 あたりを見れば分かりやすいがダイレクトガス・インピンジメントという方式で、弾を発射した際に発生する汚れたガスをそのまま機械的な部分に吹き付けて連射動作を行う。当時使用されていた火薬の質が悪いのも一因だが、燃焼時のススやら何やらが含まれた煙を機関部に吹き付ければ汚れが溜まっていく。それが動作不良を起こす。何なら水没してもアウト*3

www.youtube.com

 そこで後年、ドイツの銃器メーカーH&Kによって作動方式が改良されたHK416が登場した。ショートストローク・ガスピストン方式という動作方式で、それまで機関部に直接吹き付けられていた発射ガスを外に逃し、その時の勢いでピストンを動作させることで間接的に機関部を動作させる。汚れたガスが機関部に入ることが無いので当然、動作不良は少なくなる。なおかつ水没させても水が詰まる場所が無いので、川に入って水没させてしまったりしても安心して撃つことが出来る。その他、泥につけたり砂漠に埋めたり凍らせたりと、現代の銃はあらゆる過酷な環境でテストされている。

ja.wikipedia.org

 ドイツは同じ敗戦国でも何だかんだで軍事産業は優秀で、最近話題だったレオパルト戦車も、HK416も欧州・北欧へ輸出されて活躍している。方や日本は・・・どうしてこうなった・・・。

余談:軍事の面白さ

 不謹慎な言い方になるが、こういう話を知れば知るほど戦争、軍事というのは一筋縄ではいかず面白い。人殺しの話と言われればそれまでだが、それも人間の営みの1つ。戦後日本の流れとしては単純に軍事そのものを忌避する傾向にあるが、どんなに嫌っても争いと完全に無関係でいられる人間も、国家も存在しない。そうである以上、敗戦国である以上はむしろもっと真摯に軍事と、人間の本質と向き合うべきではないか。特に歴史として学べること、学ぶべきことは多い。

*1:AK-47は7.62x39弾、G3は7.62x51mm NATO弾でいずれもデカい

*2:体内に弾が残る方がダメージはデカい

*3:ガスを機関部に導くチューブが水で詰まるとレシーバーが吹っ飛ぶ。最悪それで死ぬ