ヤマネコ目線

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北方領土は武力で取り返せるか

取り返せません。

 少し前、Twitterの一部界隈で「今、自衛隊北方領土に派兵したら取り返せるんじゃね」、などというバカげたアイデアが盛り上がっていた。火元?はひろゆき氏のようだが、ネタをネタと見抜けない人間は(略)。

ゼレンスキー氏の発言の真意

 本題に入る前に、ひろゆき氏がそうした発言をしたきっかけはゼレンスキー大統領の「北方領土は日本の領土」発言だと思うが、その真意を考えてみた。正直ただのリップサービスとも思うが、氏はあわよくば焚きつけられた日本がロシアを攻め、プーチンを追い込むことに戦火をもって加担することを期待したのかもしれない。だとすればとんだ食わせ者だと思う。あるいは本当にただのリップサービスか。はたまた他国の領土紛争を引き合いに出して国際社会からの非難を強める狙いか。兵器供与をしていない、いつぞやの支援感謝の動画か何かに名前もなかった日本に、なぜ今さら。

単純な損得勘定で

 北方領土自衛隊を派遣する、という選択肢は日本には無い。そこまでして北方領土を取り返す理由がない。資源は無いこともないが水産資源がメインであり、それ以外にも鉱物資源はあるものの今、問題になっているエネルギー資源は無い。

 一方でエネルギー関連で言えばサハリン1への出資が一応は日本企業に許されており、もしここで日本が自衛隊を派遣すればそれが取り消されるであろう事は明白。エネルギーの安定供給を取るか、犠牲を払うことを覚悟で水産資源の増加を取るか。となれば当然、前者を取るべきだろう。

 なので単純な損得勘定だけでもやる理由がない。賛同している人間はひろゆきにおちょくられているだけだという事を自覚した方が良い。

憲法の壁

 一部の人間は「北方領土は日本の領土なのだから自衛権の行使の範囲内として自衛隊派遣を合憲的に出来る」などと言う。しかしそれは明らかに都合の良い解釈であり、憲法が求める「国際紛争を解決する手段として」の武力行使の放棄に反することは明らかだろう。

 もとよりそのような都合の良い解釈が通用するのは日本国内、それも一部界隈に限っての話であって一般的な感覚では通用しないであろうし、国際社会は違う。もし日本がそうした行動に出た場合に国際社会で失うものと、北方領土を天秤にかけた場合にどちらが重いか。

戦略的に見て

 ウクライナ戦争において兵士の士気が重要なのは多くの人が理解した筈だ。ではもし北方領土に派遣されるとなれば自衛隊の士気はどうか。私は上がらないと考える。自衛隊員は北方領土を武力で奪還するために命をかける事に納得できないだろう。もちろん命令されれば死地でも赴くのが兵士だが、人間である以上はその辺りの納得できる・できないという感情の影響が確実にある。

 また、国民感情としても反対が多数となることは容易に予想できる。領土問題の解決という題目に固執し、武力行使を容認するのはごく一部の人間に留まるだろう。元島民だってそこまでして島を奪還して欲しいと思ってはいるまい。そうなれば自衛隊の兵士は国内からの強烈な反戦運動に直面することになる。国民を味方につけられぬ戦争に勝ち目はない、それはベトナム戦争ウクライナ戦争を見ればよく分かる。

 そもそも自衛隊は人手不足になりつつある。止まらない少子高齢化、過酷な仕事にパワハラ・セクハラ体質。少し前までは志願者が多いという話で誤魔化していたが、最近はその誤魔化しすらしなくなった。全体的な兵力はお世辞にも多いとは言えないし、国産兵器は高額過ぎて思うような配備ができていない。ただでさえ少ない戦力の中で、北方領土奪還とやらにどれだけの兵力を割けるのかという問題もある。リソース面でもやる理由は無い。よく「攻める側は守る側の3倍の兵力を要する」と言う(攻撃三倍の法則)。それを加味しても良い手段とは言えないし、みすみす核保有国に日本攻撃の口実を与えるだけになる。

 そして"北方領土奪還"はロシア国内の世論にも悪影響があるだろう。もともと同じ民族なのでウクライナ人を殺すことに抵抗がある、プーチンの野望のために死にたくないと言っているロシア人も、「日本がウクライナ戦争での隙を突いて戦争を仕掛けてきた」となれば厭戦ムードなど吹き飛ばし、祖国を守るためにと反撃して来るだろう。日本を叩けるとなればそこに中国・北朝鮮が手を貸すことも十分考えられる。そうした物量に自衛隊が敵う訳がないし、そうした流れがウクライナの戦局にも悪影響を及ぼすことも予想できる。アメリカの援助があれば日本も多少は物量に対抗できるかも知れないが、アメリカが武力による北方領土奪還になど最初から首を縦に振る筈がない。始まる前から終わっている。

 第二次世界大戦で得られた戦訓は、「小国はどう足掻いても大国に物量で押しつぶされる」、「その物量を覆し得る唯一の策は核兵器である」。しかし日本は後者が使えない。ならば自ら大国に戦争を仕掛けるべきではない。

 ウクライナが手厚い支援を受けられている理由は何か。彼らは白人のキリスト教国家であり、欧州の一部であり、欧州からもアメリカからも重要な国だからである。日本はそうした面からしても立場的にどうしても弱い。白人でもないしクリスチャンでもない、極東アジアの斜陽国家。ウクライナと同じように支援を受けられるか?受けられる筈がない。

兵站面での問題

 軍事物資は今、ウクライナ戦争に集中している。実際問題として米軍の155mm砲弾が尽きかけており、増産体制の構築が急務となっている。

milirepo.sabatech.jp

 これは155mm榴弾砲の砲弾についての話だが、武器・兵器というのはいつでも欲しいだけ欲しい所にある訳ではない。それをいかにして充足させるかが兵站であり、日本軍が負けた理由の1つはそれを軽視したからでもある。

 今、もし日本が武力行使に打って出た場合、このような軍需物資がウクライナと取り合いになる可能性がある。日本が自力で賄える武器弾薬の範囲内でカタがつくのであれば問題ないが、そう都合よく事が運ぶとは思えない。つい先日も日米共同訓練がHIMARSの弾薬が届かなかったことによって中止されている。表向きは「手続き上の不備」とされているが、ひょっとすればウクライナへの弾薬供給が優先されたのではないかと私は疑っている。

news.tv-asahi.co.jp

 北方領土は中国からは遠いが、もし日本が武力行使に出たとなれば中国海軍が出張って来る可能性も否めない。あの米軍ですらシミュレーションとはいえ一定の海域では敵わないと見ている中国海軍が出てくれば、自衛隊の補給路は簡単に切断され得る。そうなれば自前の物資も意味を成さない。それとも電撃戦で中国が出て来る前に制圧するか?ウクライナで押し返されているロシア軍を見ても「手早く占領すれば終わる」と言えるか?戦争は「ハイ占領しました終わり!」ではない。もし自衛隊北方領土を一時的に占領できたとしても、その後で補給を断たれて孤立、包囲殲滅されるだけだろう。

 なので兵站面で見ても「今がチャンス」とは言えない。わざわざ破滅と混乱を拡大させ、ともすれば第三次世界大戦の引き金になりかねないような行動は厳に慎むべきである。

戦争・軍事を忌避することがなぜダメなのか

 日本人は戦後、戦争や軍事そのものを忌避して来た。平和教育がまさにそれであり、被害ばかりを学んで何が原因で負けたかを学ばせてこなかった。学術界も軍事研究を拒否してきた。それの何がいけないのかが今、「戦争を肯定する人間の再登場」という形で表れている。

 戦争とは単純な陣取りゲームでも旗取り合戦でもない。成人の儀式でも人生に一度は行きたい冒険でもない。それが戦争・軍事というものに真剣に向き合って来なかったが故に理解されていない。まるでファンタジーの世界のように戦争というものが遠ざかってしまっている。そうして戦争というものの本質が久遠の彼方へと忘れ去られてしまった時、再び我々は戦争をするのだろう。

 バリバリ他国へケンカ売れと言いたい訳ではない。少なくとも「北方領土自衛隊で奪還」などというのが非現実的で悪質なネタ、煽りであると理解できる国民であって欲しい。あらねばならない。

余談:北方領土そのものに関して

 北方領土の返還は諦めて良いと個人的には思っている。元島民の方々には申し訳ないが、卑怯なだまし討ちだろうがなんだろうが現状が第二次世界大戦の結果であり、よほどの事がなければ返還は不可能だろう。それを込みで国として形だけでも返還のために取り組むのは良いが、そのために経済協力だの何だのと都合の良い金ヅルにされるのは避けるべきだと考えている。