ヤマネコ目線

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平和のための外交努力

 今年7月に開かれるNATO首脳会議に岸田総理が招かれる予定であると報じられている。一部の自称平和主義者はこれに対して「うわ、またとんでもない事を約束して来やがるぞ」と否定的なようだ。

news.yahoo.co.jp

平和のための外交努力とは何か

 では、平和を維持するための外交努力とは一般的にどのようなものがあるか。整理してみよう。

  • 対話、協議
  • 条約等の締結
  • 国際機関の活用
  • 外交政策
  • 国際的な連携

 一番重要なのは対話、協議つまり話し合いである。対立や紛争に関して互いにチャンネルを開き、継続的に問題解決を図ることが必要。

 条約等の締結は対話・協議の結果の1つと言える。不可侵条約や軍縮条約などがこれに当たる。ただし状況が変われば離脱もあるし、戦争が起きる際は破られることが多い。ヴェルサイユ条約、日ソ不可侵条約、ブダペスト覚書、歴史を振り返ると過信はできない。

 国際機関の活用は国際連合や関連機関を通じて国家間の対話や問題解決を図る手法。国際的な非難によって事態の風向きが変わることはあり得る。現在で言えばイスラエルによるガザ侵攻が国際的に厳しい視線を向けられているか。ただし常任理事国による拒否権の行使によって常任理事国関連の問題は解決しづらい欠点がある。

 外交政策は友好関係の構築や国際的な信頼を得るための政策があたる。紛争解決の支援、地雷除去などの戦後支援、インフラ開発支援などによって相手国の発展に寄与し、それをもって相手国と友好的な関係を築くだけでなく国際機関を活用する際の協力も見込むことが出来る。

 国際的な連携は国連も含めて平和と安全を維持するための活動。PKOはもちろんの事、NATOのような条約機構も含まれる。ASEANも経済だけでなく安全保障共同体の構築を目指す動きがある。

 全体的に見ると平和の維持には予防、交渉、武力衝突への歯止めと大きく分けて3つ程度の手段があることが分かる。これらの内で確実に武力衝突を避ける手段と言えるものはあるだろうか。無いのでは。

 この点、岸田総理がNATO首脳会談に参加することも外交努力の1つと言える。NATO加盟国の争いに巻き込まれるだの何だのと言うのか知らないが日本は加盟国ではないし、目的が中国に対する牽制であることは明らかだ。

「話し合い」が出来ない自称平和主義者

 自称平和主義者は「外交努力」という言葉を好んでつかう。彼らは外交努力を「口先三寸でどうにかすること」だと認識しており、たとえプーチン習近平のような相手でも”うまくやれば”戦争を思いとどまらせることが出来ると考えている。抑止力向上を必要無いと考えているのは、対話で解決できる=それ以外の手法にコストをかけるのは無駄である、という思考なのかも知れない。あるいは単純に軍事忌避教育の賜物か。

 話し合いだけではどうにもならない現実が目に入っている筈なのに、そうした意見を頑として曲げようとせずに彼ら自身が一番話が通じないのは何たる皮肉か。一面的な「正しさ」だけで何事も押し通そうとし、交渉の余地が無い。彼らが「話し合い」と呼ぶものは彼らの正しさを相手に一方的に受け入れさせるための過程というだけであって、本来の意味での「話し合い」では無い。

 また、彼らは戦争に至るまでの過程、判断の重さを軽視している。いくらプーチンやネタニヤフその他の戦争を望む指導者であっても、指導者はひとたび戦争を起こせば自国民、少なくとも自国の兵士に犠牲が出ることは理解している。そこで人命と自分がやりたいことを天秤にかけて、なお戦争を起こすことを取るような人間がどのような話し合いで鉾を納めると言うのか。人命が失われても国家としての利益を追求することを選ぶ以上、それを止めるためには相当な理由が必要となる。「俺なら説得で何とか出来る」だの「酒をくみ交わして話し合えば」だのと言うのは青二才以下の発想である。

 能登半島地震の対応に関して的外れなアドバイスを連発していたように、そういう人間に限って実際にやらせてみるとうまく行かない、逆に丸め込まれる、不利益をもたらして反感を買う。もし本当に口先だけで戦争さえ止められるような有能な人間ならば、横から文句を言うだけの立場に甘んじてはいるまい。

 以前にも書いたが、そもそも「平和」の定義が自称平和主義者とその他大勢とで違う可能性もある。目指す方向が根本的に違うので話し合いが最初から頓挫しやすい

manuller416.hatenablog.com

余談:スイスの安全保障政策

 こうした話題になるとよく出てくる国がスイス。スイスは国際的な紛争から距離を置く=中立国となることで資産を預ける場所として信頼されるようになり、第二次世界大戦でも戦火を逃れて金融国としての地位を築いた。このため資産の保管場所としてあらゆる国から攻撃を受ける可能性を減らしていると言える。

 しかし第二次世界大戦中でも後でも、スイスはのんびり何の備えもしなかった訳ではない。「中立国」という言葉を曲解した連中はスイスをさも非武装の中立国であるかのように扱うが、実際は全く違う。武装中立であり国民皆兵、兵役が終わっても有事の際は招集。家庭用核シェルターがあり国境には対戦車用障害物、トーチカが常設と日本よりもはるかに要塞化が進んでいる。

www.swissinfo.ch

jp.reuters.com

 自称平和主義者たちは「中立」という言葉に憧れるようだが、中立であるということは争いの当事者にならないという事であり、なおかつ誰の味方もしない誰からも味方されないという非常に難しい立場。

 日本がスイスのマネをしようとしても立地の面、政策の面で不可能だろう。アジアにおける金融の中心でもなければ、国としての大きさも位置も全く違う。今からやろうにも時間が足りないしそもそも政治は腐っている。中国からすれば海洋進出のために邪魔なことに変わりは無い。

The True Size Of ...

 地図上で各国の実際の大きさを比較できるサイト「The True Size Of...」で日本列島をヨーロッパに重ねてみるとこうなる。スイスは面積的には九州と同じくらい。大きさだけ取ってもこれだけ違うところ、その他あらゆる要素を無視した上に誤ったスイス観にもとづいて、「スイスを見習え」というのは無理がある。

 ちなみにスイスは武器輸出もして来たし、現スイスアームズ傘下のSIG、そのアメリ現地法人SIG Sauerの拳銃 P320 は最近、米軍に制式採用された。