ヤマネコ目線

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学習されない権利

 最近、絵を描くAIの登場に伴って画風を真似られることを危惧するイラストレーターも増えているが、その中で下のようなサービスが発表され、Twitterで炎上騒ぎとなっている。

 要約すれば、「自分で書いたイラストをアップロードするとAIがそこから顔の部分を自動判定・学習して、その顔と似たような顔の様々な顔のイラストを自動で生成します」というサービス。無料プラン、有料プランがあり、無料プランは自分で作れる画風が2つまで。

illustmimic.com

トレパクについて

 最初に断っておくが私はトレパクを肯定する気はない。個人的な判断基準としては、線画が一致するレベルはアウト(写真の輪郭をなぞった、被写体がそっくりそのまま描かれている場合も含む)。ポージングや構図を真似た程度ならセーフ。

 トレースしてパクる、つまり特定の絵の輪郭やポージングをそのままトレースして別の絵に仕上げることを言う。顔や体の輪郭から基本的な線が全部一致しているような酷いものから、ただ単にポーズを真似ただけをトレパクとされる場合もある。

 まずこの概念からして判定が難しいところで、どうしてもウケるポーズは似てくる、人間が出来るポーズには限界があるので構図やポージングが似てしまうことはどうしてもある。そもそも構図やポージングに著作権は存在しない訳で、流石に線画が一致するのはアウトだとは思うが、ポージングを真似ただけをトレパクと言うのは違うと私は思う。この辺りの判定は人や場合によるので元からかなりグレーゾーン。厳密に言えば線画単体にも著作権はない訳だが、絵を構成する最も重要な要素と言える以上、それがそっくりそのままなのは(私の意見だが)紛れもなく確実にアウト。

 そもそもポーズが似ている、構図が似ていると言い出すと何も描けなくなってしまうし、そういう事はいざ自分で絵を描こうとすると自ずと分かる筈なので、そういうどうしようも無いことで騒いでいる人間はクリエイター当人ではないのだろうな、と言うのが私の見解。「今まで誰も書いたことのない絵」というのはかなり難しい。自分が思いつくことは大抵誰かがやっている。

 批判的な人から言わせれば、普段からさんざんグレーゾーンな二次創作を楽しみ、下手すればそれで儲けている人々が”画風だけ”を真似るAIを批判するなんて都合が良すぎると言う意見もある。確かにそれを言われればぐうの音も出ない人はいるだろう。すべてオリジナルに拘っている人には通用しないだろうが。

お清めの儀式

 このミミックというサービスの何が問題なのかと言うと、ちゃんとした絵を描けるだけの技量が無く、他人の絵をトレパク(トレースしてパクる)している人間たちにとって都合の良いツールであると言うこと。これまでそういう人間は誰かのイラストをそのままトレースしてパクる(輪郭や構図など)ことが多かった訳だが、それを見つけて指摘する人間もいる訳で、そのままトレースするだけであればパクる側にリスクはそれなりにあった。そういう事をする人間は承認欲求の塊なので、炎上リスクを無視してでも自作発言なんかしてしまう訳だが。

 しかし、今回のAIは”画風だけ”を真似た別の絵を生成してくれるので、ある種"お清めの儀式"のように誰かが描いた絵をAIに通して別の絵を生成するだけで線画からして別物になり、トレパクであるという非難から逃れるための口実が得られる。技量が無いくせに承認欲求だけは一丁前な五流絵師でも、これさえ使えば「頑張って画風を真似しました」と言い張れる訳である。

 このAIサービスのタチが悪いのは、これが本当に本人の憧れと努力で画風を真似た場合と、AIから出て来た画像をトレスした場合との見分けが付きづらい点。それも、頑張って画風を寄せれば寄せるほど「AI通してからトレスしたのでは」と疑われ得る。正当に評価されるべき努力まで正当に評価されなくなり得る。

 そして画風をパクられる側からすれば画風に著作権は無いので、それをいくら真似されようが「これは私の画風でたまたまあなたのと似ているだけです」と言い張られれば成す術がない。出来ることと言えば、「AIの学習素材にするのは禁止です」と作品の規約に書いておくことくらい。非常に面倒くさい絶妙な点を突いて来ている。

 StableDiffusionなどもある種、画風のトレパクと言えるところはある*1がそれをより直接的にするサービスであること、特定のイラストレーターを狙い撃ち可能であること、性善説に基づいたサービス設計であることは反発を招いて当然である。それも、トレパクをするような承認欲求でしか動いていない人間がイラストレーターの注意や性善説的な利用規約など聞く筈もない訳で、悪用が危惧されるのは当然だろう。

まともな絵師には使うメリットが薄すぎる

 このAIサービスを開発した企業としては、それによってイラストレーターの創作支援をするというのが本来の目的らしい。

 しかし、出てくるのが自分で描けるような顔の絵ばかりなのであればそれは自分で描けば良いだけの話であって、わざわざAIに頼ってまで同じような顔を量産する必要性は薄い。出てくるのは顔の画像だけなので、元から絵が描ける人間からすれば顔のパーツの描き方と髪型を自分で変えさえすればそれで済む。サービスは有料プランもあるのだが、有料プランを使ってまで同じような顔を量産したいかと言われると微妙が過ぎる。

 もし自分がAIを使ってそうした創作支援サービスが欲しいとすれば(個人的な話にはなるが)私はいわゆる少年少女系の顔しか描けないので、自分の画風でたとえば同じキャラクターの幼年期、青年期、老年期を描いてみたらどういう感じか、なんかが見られれば面白いのだが。

 結局、ミミックは「自分の画風がキレイにパクられるかも知れない」という絶妙に嫌な位置を突いた大きなデメリットがある一方、「まともな絵師にとっては既に自分でいくらでも描けそうな絵が出てくる」という小さ過ぎるメリットしか無い、というのが一番の問題。正直、私もそんなに絵を描く訳ではないがこのサービスを作った人間はクリエイターの側に立った事が無いように思う。あるいはその経験が薄いか。

学習されない権利

 ここまでミミックに関して否定的な意見を書いた訳だが、作り手が主張する「学習されない権利」はどこまで認められるのかは微妙なところがある。というか、それを加味した上で更にどのような差を付けて行くかが腕の見せ所になるのだろう。前の記事でも書いたが1つの作品として完成させるにはまだまだ人の手が必要な訳で(特に解像度)、差が付けられない訳ではまったく無い。

 先に述べたようにAIによって生成された画像をトレースした場合と、自分で頑張って画風を寄せた場合は見分ける事が難しい。顔だけ出来が良くて体のバランスやデッサンが崩れていたりすれば見分けが付きやすいが、もしそこも完璧に仕上げて来るようであれば、それはもう、その人の画風を会得したと言っても良いような気はする。

 トレパクを肯定する訳ではないが、最終的には人間が作品として発表する以上は人間が学習して真似るのと、AIに学習させて真似るのと、我々はどこまで区別するべきなのか。あるいは区別できるのか。「学習されない権利」はどこまで主張できるのか。「学習されない権利」を認めた場合、そこからの発展が阻害され得ないのか。画像生成AIの登場はいきなりAIでは解決できそうに無い難題をぶつけて来ている。

 

*1:画像生成呪文にShinkaiMakotoやghibliなどと入れるとアニメ調になるなどの要素がある