Steamで発売されようとしているあるゲームが話題になっている。以下の記事では「女性に」という見出しが付いているが厳密には「ラブドールに」。
「マジで倫理観ぶっ壊れすぎじゃないの?」“女性”にゴミを食べさせる新作ゲームに批判殺到。「どうかしてる」(All About NEWS)|dメニューニュース(NTTドコモ)
正直、趣味が悪いなと思いつつもちゃんと中身を見れば、「ゴミを食べさせることで知能が上がるラブドールが知能をつけるにつれ、食べさせられているものがゴミであることを理解して人間らしい美味しい食事を求めるようになる」、「『望まない特徴を背負って生まれた存在が、どのように生きていくのか』を描くことを目的にしています」という趣旨があり、ラブドールやゴミを食べさせるといった点だけで先行して叩かれている感は否めない。
制作中のゲーム『いちばん美味しいゴミだけ食べさせて』につきまして、多くのご意見を頂戴いたしました。
— 逃す事 (@nogasukoto) 2025年7月20日
その中でも「テーマや表現が一般流通にあたり不適切ではないか」というご指摘を真摯に受け止めております。…
そもそもSteamというプラットフォームが何か分かって叩いてる人間も少ないと思うで改めて説明しておくと、主にPC向けのゲーム販売プラットフォーム。スクリーンショット撮影機能やコミュニケーション機能もある。より雑に言えばゲームのダウンロード販売専門のAmazonみたいなイメージ。ゲーム内表現によってはもちろんレーティングもある。アカウント作成自体は13歳から可能。
で、上の記事では「マジで倫理観ぶっ壊れ過ぎなんじゃないの」と言われているが、見方を変えれば倫理観もへったくれもない作品はゲームに限らずいくらでもある訳で、レーティングによるゾーン分けがされており、一般に広く知れ渡っているとも言いづらい販売プラットフォームにおける、まだ名も知られていない個人開発のゲームを異常に叩き始めたあたりが何ともフェミ仕草を感じるところ。
わざわざ見つけづらいものを掘り起こして来て「それ!こんなに趣味が悪いものがあるぞ!」と言い出すあたり正義感だけの化け物。普通に生きていて目につかないならそれで良いだろう。それがゾーニングだ。
そもそもお前らSteamなんか使わないしPCゲームに興味無いだろ。客層じゃないのに勝手にゾーニングの内側まで首突っ込んできて文句言うようなモンスタークレーマーは黙ってろよ、と思うのだが続けよう。
倫理観うんぬんを無視した表現が出来るからこそフィクションは面白いし、ある種の思考実験も楽しく作品を通じて出来るのであって、世の中にはそういった作品で溢れ返っている。
今話題の鬼滅の刃だって悪い言い方をすれば、年端もいかない少年少女に刀を握らせて元人間と壮絶な殺し合いをさせる作品だし、ハリウッド映画なんか核爆発で(画面上で見えないとはいえ)大勢の命が一瞬にして奪われるシーンなんか山程ある。戦争映画なんかでそれこそゴミのように命を散らすのは男性だ。フィクションに倫理観を持ち込めば自由な表現は出来ない。
今回の件をほかの作品で例えれば、出血表現が苦手なのにわざわざ戦争映画に足を運んで「こんなグロテスクな表現は規制するべき!」と騒いでいるようなもの。自分で見ようとしなければ見えないものをわざわざ見ようとして/見て勝手に不快に感じて勝手に騒いでいる。
「倫理観ぶっ壊れ」と言うのであれば、旦那デスノートや「夫よ、死んでくれないか」、「子宮恋愛」なんかの方がよっぽど倫理観ぶっ壊れで気色悪いと思うのだが。しかしこれは表現の自由として許されているし、旦那デスノートの内容がいかに加害性の高い、現実的なものであってもフィクションという建前で守られている。正直どっちもどっちで表現の自由の範囲。


男性視点で見ればこうした倫理観ぶっ壊れでテレビで全国放送される気色悪いものは放置しながら、個人開発のゲームに噛みついている点で女性に対して身勝手さしか感じない。女性は女性自身の加害性にあまりに無自覚。何も性的表現だけが加害性ではない。この点、自称フェミニストの主張は一方的であり「私たちの加害は良い加害、男性の加害は悪い加害」といった態度にしか見えない。こうした歪みはなぜ起きるのか。
既婚女性を「飯炊きオナホ」と呼びながら
「女性蔑視をばら撒くな」と言いながら別の投稿では男性側から見てもキツ過ぎる女性蔑視をばらまいているアカウントがあった。ここからこうした自称フェミニストの心理というか病理を考察してみよう。

からの

私は自分自身を人の心がないと自覚しているが、それでも結婚している女性をここまで言えるほど良心に欠けていない。「オナホ」というのは男性が自慰するためのシリコン製の穴のある道具のことだが・・・これラブドールうんぬんの何倍も酷くないか。男性のことも「棒」呼ばわり。「独身女」という言葉をつかうあたりによほど既婚女性に対するコンプレックスが強いと見える。

何と言うかこう、他にもサンプルを貼りたいがこの人の投稿だけで胸焼けがして来たのでこれ以上続けるのはキツいものがあるが、以前から感じていた自称フェミニストの既婚女性ないし子持ち女性に対するコンプレックスの強さがこれでもかというほど出ている。

これが「女性蔑視をばら撒くな」と言ってのける人と同じ人物とは思えないのだが、ここから「(自分が思う)女性蔑視を叩きたい」、「既婚者や子持ち女性は叩いて良い」、「性行為に強い嫌悪感がある」ことがうかがえる。これまで自称フェミニストを観察して来たがこの傾向はわりとある。それにしてもここまで大っぴらで悪辣なのは今まで見たことが無い。
ここから自称フェミニストについて推察できることは
- 「女性であること」のみで無限に尊重されることを求めている
ことだろうか。社会的には男女平等でありそれだけで一定の尊厳は確保される(べき)なのだが、その中でも特に既婚者、子供を持つ女性がことさらに優遇されている(自分たちよりも尊厳があるように扱われる)ことが許せないのだ。
社会全体の持続性を保つためには結婚して子育てすることが必要であり、社会の持続に大きく貢献しているという点において既婚者、特に子持ちが社会的に優遇されることは至極当然。独身女性であっても女性ならばそれなりに男性から優遇される場面もあると思うが、ここまでご不満をぶち撒けているあたりこの人にはそれも無いのか。
こうした女性は恋愛も結婚も出来ないので、本人が意識している/いないに関わらず女性らしい女性に嫉妬していると考えられる。自分自身の価値を低く判定する世の中の「女性らしさ」や「女性的魅力」の定義が許せない。それを強調したものはフィクションであっても「自分の価値を否定する価値観の醸成に寄与している」から許せない。現実の女性を叩いたところでしっぺ返しが来るのは分かっているし「嫉妬乙www」と蔑まれるのが目に見えているので、叩きやすく主体的に反撃してくる実体が無い創作作品を叩く。これが性的表現規制と同調するのでやりやすい。
加えて性行為に嫌悪感を抱いているので世の中の価値観に合わせることも出来ない。努力できないし努力してどうにか出来るとも限らず、嫉妬するしかできない。悲しいかな、「ラブドール」だ「オナホ」だと罵倒している人間はラブドールにもオナホにもなれないのだ。この点は私も理解できるというか私自身が低身長なので、高身長が男性として魅力なのは分かりつつも今さら伸ばせないので嫉妬を覚えるしか出来ることはない。ルックスに関するコンプレックスはなかなか厳しいものがある。
話が逸れたが自称フェミニストは自分自身の価値、尊厳が満たされていないと感じている上で、既存の価値観に合わせることが出来ない葛藤と嫉妬を抱えている。結婚して子供を産むことが価値あることとする社会が許せず、「勝手な女性の価値の定義」に「屈して」、既婚者が独身の自分よりも良い扱いを受けていることが不満なのである。
これはもはやフェミニズムではなく「価値観や自分の価値を認めてくれない人間・社会への憎しみ」であり、それが原動力となっているため自称フェミニストの活動は歪んでいる。「女性である」という事実以上の魅力を抜きにして優遇されることなど不可能なのだがなぜかそれを求めている。本当に必要なのは彼女らに彼女らなりの魅力を見出して尊重してくれる相手なのだが、現状それが厳しいのでどうにもならない。
結局、突き詰めて言えば自称フェミニストの活動は非モテの当たり散らしでしかない。
だから「ゾーニングしろ」と言いながら平気でゾーニングの垣根を超えてまで創作物を叩きに来る。当たりやすいから当たっているだけで実在する被害に対しては叩かない、何なら売春や風俗については被害者面で男叩きをする。傍から見てお気持ち以外の一貫性が無い。性的表現があるゲームも外資系ゲームとなれば叩かないが、それは「日本人がやっていることが憎い(外国の文化は興味ない)」から。というか彼らは叩いている創作物の内容に基本的に興味がない。何なら引き合いに出す作品の内容すら興味がないし知らない。

アルジャーノンってネズミの名前なんですけど、ネズミの視点から描かれる物語なんて珍しいですね。一応、日本の実写化ドラマではアルジャーノンが人間らしいのでそれを見て言っている可能性はある。
自称フェミニストについて「じゃあ結局どうすればいいのか」と言われると無視するしかない。「私が不愉快に感じるものは草の根をかき分けてでも探し出して規制させる」という思考を「ゾーニング」と言い換えるバケモノは黙らせるしかないし、世の弱者男性がいくら騒いだところで相手にされないのと同じで、恋愛弱者が社会性のみをもって生物学的な価値の定義を覆すことなど不可能である。その現実を直視して弱者は弱者なりの楽しみを見つけるしかない。自称フェミニストが叩いているのは同じく恋愛弱者のコンテンツでもある訳だが、そこで自分を客観視できず当たり散らし始めるあたりが男女の違いなのだろう。
自分が不快だという理由だけで表現を規制できるなら、私だって男性キャラクターを高身長に描くことを規制したいw。しかしそんなバカげたことは出来ないしするべきではない。それを実際にやろうとしているのが自称フェミニスト。
「男性である」というだけでどんな女性からも尊重されるならどんなに良いことか。トランス男性(女性から男性)が性転換してから「世の男性がどれほど雑に扱われているか分かった」と言っていたが、女性はこうした点に盲目過ぎる。自分たちの加害性にあまりに無自覚。