ヤマネコ目線

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自民党総裁選挙 所感

 自民党総裁選で高市早苗氏が当選した。今回の総裁選挙についてただの感想を書いておく。

news.yahoo.co.jp

(記事題:高市新総裁に「期待する」66% JNN世論調査

ぶっちゃけ私は期待していない

 まだ高市内閣は始まってもいないので今この段階で評価する・期待する・悲観するのは時期尚早と思うし、個人的には高校の大先輩なので応援したい気持ちはありつつも、一部の人たちが期待するように「トップが変われば何もかも薔薇色に変わる」とは思わない。

 特に今回の総裁選挙では麻生氏の采配が大きかったとされるように、自民党内には高市氏よりも実権を握るご老人がごろごろいる。高市氏が総裁になったからと言ってあらゆることが高市氏の思惑通り、支持者の思惑通りに行くとは考えづらい。総理大臣になる前は独自色が強かった石破茂氏も総理大臣になってからは党内の権力構造ゆえか独自色はそこまで出なかった。

 逆に言えばどんな人でも権力構造で中和されて大きく偏ったことは出来ない、というのが自民党の安定性なのだが。それはそれで良い面もあれば悪い意味で変われない、相変わらず余計なことしか出来ないという点につながっている。1つでも余計な役所を作り始めたらその時点で私はアンチに回らせてもらう。

 また、高市氏の旧統一教会への姿勢や裏金議員に対する処遇にも異論がある。結局、自民党そのものは変わらないし変われない。「解党的出直し」などと言っているがそれは至極表面的なもの、対外的なものであって本質的には何も変わっておらず、まあ、これからお手並み拝見、あまり期待せずしっかりどのような政治をするのか見ておこうと思う。

それはそれとして

 高市氏との決選投票に残ったのが小泉進次郎氏だったのには改めて失望した。人材としての質を考えれば茂木氏か林氏であるべきだっただろう。この点、「選挙で勝てる見栄えの良さと操りやすさ」だけで小泉氏が前まで押し出されて来た感が強い。自民党がいかに国のためではなく自分たちの保身、政局のことしか考えていないのかよく分かった。

 それに今回、小泉氏が決選投票まで残ったということは高市氏の次に小泉氏が総理大臣となる可能性があるということ。たとえ高市氏が支持者の思う通りの薔薇色政治を行ったとて、後からボンクラに台無しにされる可能性も残っている。結局のところ自民党も人材不足であり先がない。小泉氏の躍進の裏では彼を都合よく利用したい利益団体が動いているのだろう。マスコミもなぜか小泉氏には好意的でその辺が何より気色悪い。

 以前から続く自民党の政治と国民が抱く不満の乖離と民意をないがしろにする姿勢、政党としての先の無さ、二重の意味で自民党に政権を任せ続けるのは限界が近い。ここでそれなりに野党が育っていれば良いのだが残念ながらその傾向もなく、国民民主党との連立拡大で多少の改善を願うのが関の山か。

口は災いのもと、言霊を侮るなかれ

 さっそく「ワーク・ライフ・バランスを捨てる」や「馬車馬のように働く」発言が各方面から叩かれているが、批判する側も大概として総理大臣になるからには「口は災いのもと」をもう少し心に留めて欲しいと思う。安倍元総理はその点がしっかりしていた。たまに口を滑らせて一生擦られている言葉もあるが、あの区切りをつけて話す独特の喋り方は声に出す前に言って良い言葉かどうかをフィルタリングしていたのだろう。

 「ワーク・ライフ・バランスを捨てるというのは自分について言っているのであって常識的に考えれば国民に強制するものではない」という擁護論も理解はするが、そのような理解のできる人間ばかりなら「お客様は神様です」もここまで悪い意味で広がることは無かっただろう。上に立つ者が発する言葉が下にどう広がっていくか、どのように勝手な解釈・忖度をされるかをよくよく考えるべき。世襲ではないのは良い点だがその辺の自覚の無さは怖いところ。

www.minamiharuo.jp

 要約しておくと「お客様は神様です」というのは歌を披露するにあたり、雑念を払って清らかな気持ちで、お客様を神様と見立てて喜んでいただけるような気持ちで舞台に望む気持ちを「お客様は神様です」と表現したもの。「サービスを提供する側からお客さんに接する時の心持ち」であり、決して「接客業はこうあるべし」という標語ないし哲学でもなければ、これが広く強制・適用されるべきものでもない。あくまで三波春夫氏の個人の哲学とでも言うべきもの。

 残念ながらこれがカスタマーハラスメントの際に客側が高圧的に相手に接する際に用いられることが多い。なぜこんなことが起きるかと言えば、分かりやすいフレーズだけで勝手に都合の良い解釈をする連中がいるからである。それこそ日本企業の質の悪い経営者やクソコンサルどもは例の発言をどのように解釈・拡散するか分かったものではない。世の中、常識的な解釈が出来る人間ばかりなら苦労しないのだ。

 話を戻せば「ワーク・ライフ・バランスを捨てる」や「馬車馬のように働く」は社会情勢に逆行するものであり、その影響を考えればあまり褒められたものではない。そこまで目くじら立てるほどの事でも無いとは思うが、メディアからの取り上げられ方を考えれば脇が甘いと言わざるを得ないのでこれから気をつけて欲しい。

リベラル勢力の罪

 共産党、志位氏の「人間は馬じゃないんだから」という批判は全く的外れで笑える。突くべき所はそこじゃない。そもそも「馬車馬のように」は比喩表現であって人間についてつかう慣用句である。「身を粉にして」も実際に粉末にする訳ではないし「足がない」や「手が足りない」は欠損表現ではない。下らない言葉狩りをしていると慣用句の表現が死滅してしまう。

 それにしてもここで「じゃあ出馬もしないで下さい」と返すのはセンスあり過ぎて羨ましい。リベラルは本質的な部分ではなく至極表面的なことばかり気にしているから実務で置いていかれる。むしろ質問書をギリギリで提出するなどして官僚のワーク・ライフ・バランスを崩壊させている側の野党議員はどの口で言っているのか。

 この辺りの大衆意識に目をやると、自称フェミニストやリベラル界隈が高市氏を叩けば叩くほど安倍元総理のように高市氏は人気を博していくだろう。フェミニスト(の皮を被ったミサンドリストや左翼活動家)やリベラル界隈は自覚が無いだろうが、彼らは大衆からもはや敵視されている。となれば「敵の敵は味方」理論が働いて彼らが叩く相手は大衆から味方として認識されるようになる。本当はそんな単純なことではいけないのだが大衆とはそんなものである。

 史上初の女性総理大臣が誕生しそうなのに「思ってたんと違う」と発狂しているフェミニストやリベラルを見ているともはや一周回って哀れ。彼らが嫌われる理由はマジョリティ、日本国民、大衆に対して度が過ぎる譲歩を求めて世の中をおかしくしているからだが、そこでいかにも保守的・旧態的な女性の指導者が出て来るとは何たる皮肉。笑えよ。”こう”するんだよ(漫画ドリフターズ織田信長並の笑顔)。

裏金議員について

 これは何度も何度も書いているが、不記載のみにとどまらずパーティー券収入を政治家個人へ還流していた点がより悪質。還流された資金はパーティー券収入(=非課税)として正しく処理されていない。政治家個人の収入として追徴も併せて課税するべき。

 この点を他の不記載問題とわざと混同させる人が散見されるが不記載より悪質。

余談:参政党がさっそく連立に否定的な件

www.sankei.com

(記事題:参政・神谷宗幣代表、連立政権への参加を否定 「自民が駄目だからつくった政党だ」)

 高市氏が参政党から閣僚を指定するようならダメだなと思っていたが、当の参政党がこれを言い出したのは明るい。彼らの目的はビジネス保守として選挙に勝って国会議員としてお金儲けをすることであって、責任をもって政治をすることではないのだろう。だから擦り寄る絶好のタイミングで連立から逃げ始める。完全に解釈一致。

 「当て馬になるのが目的だから」という擁護もあるが、当て馬になるにしてもそこで連立を拒む理由はない。むしろ連立の中に入る方が何が賛同できる/できないで影響力を行使できるだろう。

 公明党が「参政党と連立拡大なら離脱する」と言っているのも大きな要素だろうが。まあ、参政党よりは公明党のほうがマシだとは思う。マルウェアよりは壊れたブレーキの方がまだ害が少ない。

https://x.com/irasutoya/status/1974363070702232023