ヤマネコ目線

大体独り言、たまに写真その他、レビュー等

食べ放題の上限、客が悪いか店が悪いか

 食べ放題で上タンばかり50人前頼んだら店長にキレられた、という投稿が賛否両論のようだ。面白いので改めて考えてみる。先に書いておくと私はいくら食べ放題でも度が過ぎた飲食は反対。とはいえ双方の主張に正当性があるように見える。

togetter.com

賛否両論双方の主張

 「実質的な上限を設けるのであれば食べ放題を謳い文句にすべきではない」という意見に対して、賛同する側の意見としては

「文字通りの『食べ放題』では無いなら『食べ放題』と謳うべきではない。契約として上限無しの食べ放題であるべきである」

 というものがある。一方で否定的な意見としては

「いくら食べ放題といえど常軌を逸した量を頼むことは非難されてしかるべきであり、3~5人前までという暗黙の了解がある」

 どちらもそれなりの正当性があるように思われる。この時点でどちらが正しいかを判断するのは難しい。正直こんなしょうもない事で自分自身、判断に迷うとは思わなかった。

 契約として正当性を取るならば確かに文字通りの食べ放題でないとおかしいし、「暗黙の了解がある」かどうかはその根拠が疑わしい。常識的に考えれば度が過ぎた行為はいけないのだが、「食べ放題」という度が過ぎる行為が出来ると謳っている以上、かつ契約として上限が明示されていない以上、食べ放題が「文字通り上限無しの食べ放題であるべき」が有利か。

それはさておき

 こういう時は思考を整理するために役立つのでChatGPTに訊いてみる。やりとりは以下の通り。3回くらいやり取りしているので途中で結論は急がない。

 ChatGPTとしては客が悪いという返答が来た。「食べ放題」とは適度な量を食べることを意味するというのが引っかかるが、他の客への影響は確かに店として考慮すべき事だろう。

 「無駄な食材の浪費」というのはおそらく1人が必要以上に食べることが浪費であると言いたいのだろう。しかしこれには認識に齟齬がある。大食い人間は「自分が食いたい量=自分に必要な量」なので、彼らはいくら食おうと腹に納まる限り無駄とも浪費とも思っていない。

 次に「食べ放題は適度な量を食べること」に関して根拠があるか訊いてみた。明確な定義がある訳ではないものの、他の客への影響を考慮することに加えて「健康面や安全面の観点から極端な量の食事を制限するため」が出てきた。これも合理的な理由といえるだろう。

 一方で大食い人間は健康や自らの安全に無頓着であり、極端な量の食事を制限するどころか極端な量の食事をしたいから「食べ放題」の店に足を運んでいる。これを制限の論拠としたところで納得しないだろう。

 契約の内容として食べ放題を謳う以上、実質的な制限を設けることは不適切ではないか訊いた。結果としては「明確な上限を設けずに広告や宣伝で無制限を謳っておきながら、実際には制限を課すことは不当な契約と見なされる可能性があります」と。

 私も食べ放題は何度か利用した事があるが、その際に実質的な制限の説明は受けたことが無い。そんな事するまでも無く常識的な範囲で食べることを店としては期待しているのだろうが、契約としては落ち度である。試しにワンカルビの公式サイトを見てもどこにもそのような文言は無い。

法的にはどうか

 では法的にはどのような扱いになるのか。以下、参考

lmedia.jp

www.bengo4.com

 まず「食べ放題契約」なるものは無いようだが、店側が取り決めたサービス内容として食べ放題、飲み放題を謳う以上、在庫がある限り注文に応じた飲食物を提供しなければ契約不履行といえるようだ。この点は大食い人間に軍配があがる。

 一方で店側としては契約相手選択の自由があり、採算が合わなくなって店自体に迷惑、他の客に提供する分が無くなって迷惑という事を理由として以後、相手との契約をしないことも可能。つまり出禁にできる。

www.pref.aichi.jp

結論としては

 一度契約が成立した後ならば、文字通り店側の在庫の限り「食べ放題」「飲み放題」をしてもそれは契約の範囲内といえる。しかしそれが通用するのはあくまで契約成立後かつ契約の範囲内の話であり、常軌を逸した飲食を2時間程度続け、契約期間が満了した後で次の契約を行えるかの保障は無い。

 「契約である」ことを論拠として強気に出る人間はどうもこの辺りを見落としているようだ。契約は確かに契約、しかし契約として成立しなければ何の意味も無い。一般消費者としての我々は店に行って契約を拒否されることがまず無いので、こちらが望めば契約が成立することが当たり前だと錯覚してしまっている。しかし実際はそれが当たり前ではない、売り手側にも契約する相手を選ぶ自由があることを思い出すべきだろう。

個人的な意見

 そもそも「食べ放題」といえど店側の在庫に限りがあることは自明であるし、他の客もいることを考えれば特定のメニューを独占的に、無制限に食べようとすることは暗黙の了解がどうの以前に極めて自己中心的かつ非道徳的であり、非難されても仕方ない。

 その根底にあるのは抑えられなくなった自らの食欲で、欲求をコントロールすることを諦めてむしろ暴走させ、他者に迷惑をかけることも憚らず、一時の契約における自身の正当性だけを主張することはあまりに人として恥ずかしい。

 この例に限らず昨今、今まで日本人の善意で成り立っていたサービスが成り立たなくなっている。いや、サービスだけでなく善意に基づいた制度全般の運用が難しくなっている。トッピングの無料サービスを根こそぎ使う奴、回転寿司の安全を脅かす奴あたりは可愛いもので、転売ヤーによる非常識な買い占め、偽装離婚によるひとり親支援の活用など何とか制度の穴を突いて得をする者が賢いというような風潮が出て来ているように見受けられる。

 日本人は追い詰められ過ぎてとうとうそういう段階まで来ているんだな、という感じ。一昔前は中国人がホテルの備品を根こそぎ持ち帰るのを嗤っていたが、だんだん同レベルに落ちて来つつある。経済的にも精神的にもどんどん貧しくなっている。しかし悪いのはそういう人々ではない、人をそのような方向へ動かす社会、その元凶となった政治。大元をたどればその政治を支持し続ける国民にも非があるのだが、いい加減にどうにかしなければ更に悪い方向へ進んでいくだろう。

 昔、細木数子なる占い師がいたが、氏の発言で1つだけ印象に残っているものがある。うろ覚えだが「法律は全ての人間が損をしないためにある」だったか。自己の利益のために他者の損害を顧みない人間を抑えつける軛という訳だ。法律はそうあって欲しいし、そのような社会を望む。

 テレビでもよく大食い番組をやっているが、あれはSDGsに反しないのだろうか