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懲りない日本:高速増殖炉

 高速増殖炉の計画がまた水面下で進んでいるようだ。読売新聞が日本原子力研究開発機構アメリカの原子力企業テラパワーの連携強化を伝えている。

news.yahoo.co.jp

(リンク切れ対策|記事題「長期停滞する日本の高速炉計画、米企業が連携で強化...最新技術を活用)

高速炉とは何か

 高速炉は高速増殖炉における「増殖」を伴わない場合の呼称。高速増殖炉は簡単に言えば動かせば動かすほど投入した燃料が増えて返って来るという夢のような設備である。「走れば走るほど燃料タンクから石油が湧く車」、「薪を焚べれば焚べるほど新しい薪が湧いて出るかまど」みたいな話で、そんな美味い話があるのかと言うレベルだが原理を知れば物理化学に反した話では無い。

 天然に存在するウランのうち燃料として使用できるウラン235はわずか0.7%。残りの99.3%はそのままでは燃料に出来ないウラン238。そのウラン238核分裂反応で発生した中性子を高速のままぶち当てれば、燃料として使えるプルトニウム239が製造できる(→MOX燃料)。高速増殖炉「高速」とは中性子の速度を高速のまま維持するから。

 動かすことによって本来、使えない物質が燃料になると言う点が「増殖」。あえて面倒くさい正確な言い方をすれば「燃料として使えるものの範囲が広がる」訳であって、新しい燃料が無尽蔵に取り出せるような設備では無い。燃料に変わるウラン238が必要。なので初期の運転には通常の核燃料(ウラン235が約3~5%、ウラン238が約97~95%)を使用する。

 なお、ウランを気体にして遠心分離やレーザー分離して濃縮したものが「濃縮ウラン」。ウランのような重金属を気体にするという時点でなかなか楽しそうなお話だが、ここでは割愛する。いわゆる「劣化ウラン」は主にウラン238MOX燃料を従来の原子力発電所で燃料として使用することを「プルサーマル」。

で、結局何がヤベーの?

 「中性子を高速のままウラン238にぶち当てる」というのが大事な訳だが、従来の冷却材=水を使用すると中性子の速度が水中で大きく減速してしまい、目指すような結果が得られない。

 なので原子炉の冷却に使用できてなおかつ中性子の速度をそこまで落とさない冷却材を使おうとなるわけだが、そこで使用するのが金属ナトリウムの液体。理系ならばもうここで嫌な予感しかしない訳だが一応説明しておこう。

もんじゅでナトリウムを使う大きな理由

参考

 金属ナトリウムは毒物及び劇物取締法劇物指定消防法において第3類危険物に指定されている。自然発火性と禁水性を併せ持った物質であり、非常に反応性が高く空気中のわずかな水蒸気とも反応する。素手で触ろうものなら皮膚の水分と反応して(濃度にもよるが)劇物指定されている水酸化ナトリウムになり皮膚を侵す。水と反応すると水素を発生させるので、水素の濃度によっては爆発も招く。爆発して熱が発生するとそれで燃える。

 より簡単に言えば化学反応をバチクソ起こしやすくて、燃えるわ燃えそうな物質は発生させるわ劇物も生成されるわの超危険な物質な訳で、安定性で言えば水とはまさに雲泥の差。そんなものを液化して(=ナトリウムの融点は約98℃)冷却剤として使おうと言うのだから、冷静に考えれば狂気の沙汰である。後述するがもちろん事故も起こっている。日本で。

過去の実験炉・事故

 かつて西側各国で開発が進められたが、いずれも事故などで中止されている。前述した通り冷却材からして特殊なので、通常の原子力発電所とは異なる技術的な問題を抱えている。今はロシア、中国、インドなどで研究がされているようだが、実用化したのはロシアの実証炉BN-800くらい。

ロシアの高速実証炉「BN-800」がフルMOX炉心に | 原子力産業新聞

 日本における最初の実験炉としては常陽がある。初期的な実験炉で出力はそこまで大きく無い。2007年の実験装置の破損事故以来、状態はあくまで休止中だが現在2024年の再稼働を目指して整備が進められている。着工は1971年、運転開始は1977年と甘く見積もって約46年前の施設なのだが・・・正気か?耐用年数的に通常の原子炉でもどうなの?と思うのにそれを50年近い施設、それもナトリウムを使用する施設で?絶対何かしらの事故が隠蔽とセットで起こる。と私は思う。

www.nikkei.com

 より大きな実験炉としては高速増殖炉もんじゅがある。1991年に運転が開始されたが1995年に重大なナトリウム漏洩火災事故および隠蔽を起こし、再稼働に向けた工事も事故を起こして2016年に正式に廃炉が決定された。

「もんじゅ」ナトリウム漏えい事故の概要

 上リンク、ナトリウム漏洩事故における原子力規制委員会の資料によれば、ナトリウム漏れに気づいた理由は火災報知器の作動によるものである。漏れた理由は配管途中に設置されていた温度計の設計不備であり、単なる配管の破損では無い。しかしその影響は大きく漏れ出たナトリウムは約640kgとされている。屋内で回収されたのはそのうち約410kg、残り約230kg分は蒸気となって屋外へ排出されたと見られる。報告書では屋外への排出について「環境への影響は認められませんでした」としているが、本当だろうか。

 この事故は単なる事故で終わらず、事故現場を撮影した動画を隠蔽したことが後々追及された。施設を運用する動力炉・核燃料開発事業団(動燃)がこれを巡って記者会見で虚偽の発言をし、信頼をますます失墜させてマスコミの追及が過熱。対応にあたっていた動燃総務部次長が自殺に追いやられている。

 何と言うべきか、原子力ムラによって推し進められる身の程知らずの技術開発・運用と、実は昔からある日本の誤魔化し隠蔽・バレなきゃ良い精神の悪い影響がこれでもかと言うくらい出ている事例に思う。それで実際に死人まで出ているのだから救えない。「1人を生贄に捧げてマスコミを黙らせられれば安いもの」か。それでも懲りずに後年、何とかかんとか再稼働に向けた動きがたびたび出て来たあたりも愚かしい。

科学的な信頼と現実

 科学技術に全幅の信頼を寄せる人々にとっては、安全基準やら何やらを満たせば問題無い、これから正して行けば良いという話なのだろうが、人間の科学技術など大自然の脅威に比べれば赤子同然であるという自覚はあるのだろうか。

 いくら科学的に信用できるものを作ったとて、それは人間が勝手に定めた基準内の話。「想定を超える」状況が起きれば安全はいとも容易く失われるし、科学は信頼できてもそれを扱うのは人間である。人間がミスをしない保証など一体どこにあると言うのか。そんなものどこにも無い。

 事実、高速増殖炉もんじゅの火災事故は異常発生時の対応にミスがあって被害が拡大している。福島第一原発事故も適切な対応が出来たとは言い難い。「適切な対応をしていれば科学的、設計的には耐えられた」と言うのは後の祭りでしかなく、いくらそのポテンシャルがあっても生かせない、適切に対処出来ないのであれば無意味。

 福島原発では10年以上経った今でも廃炉の目処すら経っておらず、増え続ける汚染水の貯蔵がいよいよ限界を迎え、今年から処理水の放出が始まった。この現実を見て技術的な限界を感じられないのであれば感覚が麻痺していると言わざるを得ない。

 「100%安全」は100%達成不可能だが、問題は事故が起きた後の影響の重大さだ。そこら辺の交通事故なんかとは訳が違う。福島第一原発の後処理は一体あと何年かかるのか。あと何回、重大な事故が起きれば懲りるのか。日本人は原爆の時のように2発目が来るまで懲りないのだろうか。あと何回、重大な事故と隠蔽を経験すれば満足するのだろう。

 それも、もうこの国は高度経済成長期の日本では無い。かつての行け行けドンドンの日本では無い。景気はますます悪く、失われた10年が20年になり、30年になり、衰退の一途。莫大な資金が必要となる原子力事業にかけられる予算も技術的リソースも一体どれだけ残っているのか。はなはだ疑問である。

 高速増殖炉研究に今さら税金を投入するなどムダなので止めるべきだ。科学技術にお金を出さない。国内の研究者がどんどん流出し、国立芸術大学は資金不足でピアノを売りに出す、国立科学博物館すら運転資金のためにクラウドファンディングを始める、そんな国が高速炉の研究を続けようなどと、身の程知らずにもほどがある。

 高速増殖炉もんじゅの事故は温度計の設計ミスであった。優秀な人材が海外へ流出し、それを止める術もない今のこの国が無理をして再び高速増殖炉なんかを作れば果たしてその程度のミスで済むのだろうか。より大きく悲惨な事故が起こらないことを祈り、無謀な企てに個人的に可能な範囲で明確に反対していこうと思う。

 ちなみに↓の巨大な煙突みたいな構造物は、煙突では無く冷却水を冷やすための塔。原子力発電所に限らず地熱発電所などでも設置される場合があるが、原子力は発生する熱が大きいために特に大きくなりがち。