ヤマネコ目線

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レビュー)沈黙の艦隊

 多少のネタバレあり

 Ado氏が主題歌を歌っているので映画「沈黙の艦隊」を観て来た。まず言わせてくれ。1部で完結しないならタイトルかサブタイトルでそれを表現してくれ。原作があるのを知らず、セガール演じる洋画の「沈黙」シリーズと同じ感覚で1部で完結する系の映画かなと思って行ったら全然そんな事が無くすごい消化不良。ネタバレは嫌だが下調べは大事か。逆に1部に詰め込みまくる洋画はその辺、凄いのかも知れない。

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 なお主題歌「DIGNITY 」/ Adoは楽曲提供がB'zというなかなか強い組み合わせ。映画を見ればより印象的な曲になるかな、と思っていたが話がこれからという所で終わるのでカタルシスもへったくれも無く、残念ながらあまり響かず。良い曲に違いは無いが。

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良かった点

 細かいツッコミ所はさておき、純粋に娯楽作品として見る分には面白い。私は邦画はほぼ見ない(というか嫌いですらある)が、本作はなかなか引き込まれる面があった。恋愛が絡んだお涙頂戴や嘘臭い人間ドラマからの発狂シーンなんかが無いのは良い。ボソボソ何言ってるのか聴き取れない会話からの爆音も無い。一人が多くの人間を振り回し、誰もがそれを止めるために奔走する。展開がそこからブレないのは良い。

 原作はかわぐちかいじ氏によるマンガで1988~1996年とまあまあ昔の作品であり、それをあまり感じさせない程度にはブラッシュアップされている(日本の潜水艦の内部シーンは昭和を感じるし、乗組員がなぜか平成世代のゲーム機やスマホを持っているシーンがある)。

 大沢たかお氏演ずる海江田艦長はまさに怪演という感じで、一体何を考えているのか分からない、大きな野望を秘めている感じはよく出ている。大沢氏の顔つきの関係かライティングの関係か、眼のギラついた感じや自信?に満ちた笑みが顔面に張り付いたような感じが、もはや不気味にすら思える。良い意味で。というかどっかで見た事あるなと思ったら王騎将軍じゃん!

 日本映画で初めて海上自衛隊、潜水艦部隊の協力を得て実現した実際の潜水艦を用いたシーンもあり、音響なども良くなかなかに迫力はある。ただし一部のCGはレベル的にはまだ10年前から変わっていないというか、明らかゲームのCGみたいな感じだな、という部分もある。でも頑張ってはいるし、水中の潜水艦のシーンではあまり気にならない。

 総評としては物足りなさを感じるもののそれなりに楽しめた。原作マンガを読んでいればもっと楽しめたのかな?という感じ。ただ原作マンガを読むと原作とあれが違うここが描かれてないこいつはこういう感じじゃないetc.、原作と異なる点が気になるかも知れないので諸刃の剣。特に原作が30年くらい前なので。

 

!! CAUTION !!

ここから先、ネタバレ込みで悪かった点など

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緩衝地帯

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良くなかった点

海江田艦長が怖い

 原作を知ってないと海江田艦長の考えている事が分からないというか、目的こそ明かされるものの、一体どういった手法でそれを実現しようとしているのかが分かりづらい。そこに繋がるバックグランドも描写されない。海江田艦長がただの狂人にしか見えないのは残念。原作もそんなものなのだろうか。

ミリオタ的なツッコミ

 日本政府とアメリカが共謀して日本持ちで建造した原子力潜水艦シー・バット。そこにアメリカの核弾頭搭載巡航ミサイル*1を密かにパクって載せて、乗船した海江田艦長ほか自衛隊出身のクルーが日本およびアメリカに反乱を起こす訳だが、作中ではアメリカ側がシー・バットに核が載っているのかどうか把握できていない。アメリカが核兵器を盗まれたかどうか分からないというような杜撰な管理をするとは思えず、作中で核を積んでいるというブラフ?を張るシーンにいまいち説得力が無い。

 それもシー・バットは建造費こそ日本持ちと明言されているものの、所属はアメリカ第7艦隊でありもちろん搭載できる核兵器アメリカ製。核を発射するとしてもアメリカ側のキー・コードが無ければ発射出来ないのではないか。反乱時に演習の監督者として乗船したデビッド・ライアン大佐はいるが、原作では後に解放されている。

 アメリカ第7艦隊の空母艦隊がシー・バットを包囲するものの、下手に攻撃すれば核が発射されるor誘爆すると攻撃をためらうシーンがある。が、核弾頭を攻撃しても核物質漏れこそすれ、誘爆する可能性は低いのではないか。核分裂を起こすためには相応の機構が必要であり、その構造ごと破壊すれば爆発は起きないと思われる。でなければ弾道ミサイルを迎撃するミサイルなど作れない。攻撃を受けてから発射するにしても潜水艦のミサイルはそう簡単に発射できるモノではなく、特に巡航ミサイルを近距離で即座に発射できるかは疑問。

 あと冒頭で沈んだ潜水艦を引き上げるのめっちゃ早い感じはある。

”なろう”っぽさ

 これらの点に加え、海江田艦長が意表を突く戦術と神がかった操艦能力で原子力潜水艦を操り、アメリ第7艦隊全軍の追撃(と原作ではロシア海軍)を悠々と打ち破っていく様は爽快と言えば爽快だが、どこか今でいう”なろう系”っぽさを感じる。保守層では自衛隊の練度を神格化する風潮が以前からあるようだが、実戦経験が少ないのは紛れもなく弱み。

 「本来不自由な世界において圧倒的な力で我を通す」という能力に、現実が不自由で自己実現に乏しいゆえに憧れを抱く者が増えている。だから昨今そういう「優れた能力で無双する系」の作品が増えている訳だが、沈黙の艦隊はそういう点において古いながらも引っ張り出された感じがある。原作当時ならどちらかと言うと「アメリカに一矢報いてやった」感がウケたのかも知れないが。

 なお*2軍人は軍規に従い命令で動く者であり、「あらゆる制約を無視して我を通す」という人間とは真逆の性質と言える訳で、海江田艦長は能力こそ高いものの理想の軍人像からは遠いだろう。現実的に見れば艦長まで出世できるか疑わしく、そうした本性を隠し通して艦長まで出世してからの反乱、と考えるとより一層狂人な感じがある。

気になる政治的な要素

 非現実的なのは原作がマンガでありフィクションなので当然だが、政治的要素でも注目された作品なのであえて突っ込んでおく

 政治的な要素が多分に絡む分、そこで提示される概念を受け入れられるか(それが現実的かどうかを含めて)で純粋に楽しめるかどうかが左右される面もある。弱腰外交でアメリカの言いなりである日本の尻を日本からもアメリカからも独立した元自衛官率いる独立国家ヤマトが蹴飛ばし、信念をもって世界平和の構築を目指す、という点に爽快感やカッコよさを感じる人はいるかも知れない。ただ海江田艦長の目指す理想の全体像と実現方法は今回の映画では語られない。

 時の内閣が国会を通さず秘密裏に(それも日本持ちで)原子力潜水艦を建造、核運用を目論んで自衛隊に運用させ、あげく反乱を招くという展開はまあ100歩譲ってフィクションだから許すとしよう。ただ映画を観た後でWikipediaで大体把握したが、「超国家組織に所属する軍隊によって世界平和を構築する」、「世界政府を作る」、「軍政分離」、その足がかりとして1隻の原子力潜水艦(シー・バット)を独立国家ヤマトと改め礎とするという海江田艦長(作者)の発想はどうしても肯定的に考えることが出来ない。感情移入できない。

 それらは思想や手法こそ違えど「世界中の人間が1つの方向性で団結できる」と考えている点において、いわゆるサヨクの言う「武力放棄と対話による世界平和の実現」という理想と程度的になんら大差が無い。どちらかと言えば右向けの映画なのだろうが、出てくる理想が同レベルとは何たる皮肉。

 海江田艦長は「政教分離が可能ならば軍政分離も可能」という考えのようだが、生存の保障に必要である軍事と、あっても無くてもどうでも良い宗教とを同列に考えることは難しい。

 軍政分離、世界政府の創設、超国家組織に軍権を預けて”力”を行使する組織の外部化によって世界平和を実現しようという考えは面白いが、結局その軍に所属する人間はどこかの国に所属する国民であり、民主主義においては同時に主権者でもある。そうでなくとも組織を作ればその中でも”政治”が始まる訳で、軍事を政治から切り離すことは出来ず、下手をすれば新たな火種を作ることになる。

 作中では「対話のためには”力”が必要だ」という趣旨のセリフがあるが、その対話(=政治?)の後ろ盾たる軍事力を外部化すれば(=手放せば)どうなるか。軍事力を持つ組織が政治の実権を握る。ミャンマーの軍事政権を見ればそれが良く分かる。現実的に考えると独立国ヤマトが崇高な理想に向かって邁進している間は支持されるかも知れないが、大抵はそのうち高過ぎる理想のために無理のある政治手法に走り、悲惨な結果を招くことが予想される。たとえ海江田艦長が正しい道を選び続けたとしても、クルーの中から造反が出る可能性や海江田艦長の後継者が道を踏み外す可能性は否めない。

 狭い視野の中で勝手な理想を思い描いた国家運営の素人が下手に実権を握ってしまい、暴走するという点では個人的にポル・ポトが想起される。歴史に残る大虐殺を生んだポル・ポトも、当初は彼なりに崇高な目標の持ち主であった。その目標を実現するための手法がこれ以上無いくらい間違いだらけだっただけで。閉鎖的な潜水艦の中で、自衛官である海江田艦長が描いた理想とそれを実現するための手法がどこまで通用するか。どこまで”間違わず”に進めるのか。

 一応先の展開もWikipediaで読んでみたが、そこはマンガらしく海江田艦長が道を踏み外さないように描かれているようだ。最初から丸っきりフィクションならばそれでも良いのだが、実在する国家も政治も絡んでいるためそうしたご都合展開がどうにも嘘臭く、都合良すぎに思えてならない。気になる。

 現実的に考えてみるとある意味ホラーであり、たとえ崇高な目的とは言えど、核兵器を搭載し独立国家を名乗る原子力潜水艦が暴走しているだけでもなかなか世界平和どころの話ではない。

 

*1:おそらくトマホーク

*2:厳密にいえば自衛隊は軍隊ではないが