ヤマネコ目線

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鬼滅が流行った理由

 今さらながら「鬼滅の刃」が流行った理由について考察してみる。とは言ってもどれが理由で~という訳ではなく、これらの要素が複合してヒットに繋がったと見るべきで、何も理由は1つでないといけない事はない。

コロナ禍がインドア需要にプラスに作用した

 まずこれは外せない要因の1つだろう。コロナ禍でアウトドアどころか出かける事すら躊躇われる時期があった。それが人々を家の中でも楽しめる娯楽へと向かわせ、アニメや漫画といった業界に対しては追い風になったと言える。後述するが誰もが共通の話題に出来る、という点でも強い。

 コロナ禍で苦境にある自分自身を、苦戦しながらも鬼と対峙し続ける主人公と重ねた人もいたのではないか。

集英社マーケティングに力を入れた

 コロナ禍をチャンスと捉えたのかどうかは知らないが、集英社としてマーケティングにいつもより力が入っていたような印象は受ける。逆の立場で考えれば、後述するように幅広い層に売り込みやすい作品であったのかも知れない。

老若男女に受けやすい内容

 これもかなり大きい要因で、端的に言って「誰が観ていてもおかしくない」というのはもの凄い強みと言える。たとえば独身の成人男性が「俺、プリキュア観てるんだ」とプリキュアの話をし始めたら、大抵は引かれる。しかし鬼滅はそうでもない。誰が見て誰が話題にしてもおかしく無いし、それが「じゃあ観てみよう」と人々を動かした可能性は高い。ちょっとしたグロ描写*1やエロ要素*2はあるが健全な範囲の中。コロナ禍で話題に出来るような事も少ない中で、話しやすい話題の1つとなった側面もある。

 となればグッズも作りやすい。どこに出しても変な目で見られることが無いし、下手すれば主人公組の和柄だけでもグッズになり得る。それが例えば呪術廻戦であれば、テーマが「呪い」なだけに扱いが難しい。今や緑と黒の市松模様を持っているだけで「お?炭治郎か?」と思われるレベル。逆にそれに便乗した鬼退治というパチモン?グッズも展開されたりした訳だが。

 内容の説明もめちゃくちゃ簡単に言えば「鬼退治」の一言で済むので分かりやすい。明らかに子供向けという訳でもなく、極端にファンタジーでもなく、なろう系でもなく、恋愛要素も強く無い。キャラ造形も特定の層を狙ったような造形ではない(元の画風の問題もあるが)。世界観は薄暗いが、主人公は明るいし憧れさえ抱かれる。

 設定やストーリー自体が浅過ぎず深過ぎないちょうど良い練り込みなのも良い点で、「じゃあ俺もちょっと見てみようかな」と気軽に観られるレベル。最初からお涙頂戴で物悲しさ全開な訳ではないし、かと言ってFateのように登場人物の出自や「聖杯戦争とは何か」と言うような、細かい背景を調べてから入る必要もない。かと言ってキャラクターの背景が練られていない訳ではなく、知りたいと思えばそれなりのものが出て来る。

 総じて作品としてのバランスがよく取られている。強いて言えば大衆向けを突き詰めた感じで特定の層に刺さりまくるタイプではないので、オタクからして見れば物足りなさを感じる面はある。ただそこをufotableクオリティがカバーしているので結局はオタクも巻き込めた。それも強い。

ufotableがアニメ製作を担当した

 「老若男女に受けやすい」というのと並んで大きな要因と思われる。アニメはアニメでもその出来は制作会社によって大きく異なる。その中でufotableという大当たりを引いたのはとてもデカい。「空の境界」「Fateシリーズ」というダークファンタジーを描く上で培われて来た確かな技術が、鬼滅の世界を描く上でも確実に活かされていると感じる。

 単なる「子供向けアニメ」では無い、大人からも鑑賞に堪えうるレベルの画づくり。ちゃんとした声優の起用*3は流石と言えるし、作画がufotableで楽曲担当も梶浦由記、椎名豪のタッグで主題歌がLiSAやAimerはもはや一部の隙もない製作陣であり、「そりゃ売れるわ」というレベル。あまり興味がない人は分かりづらいかも知れないが、もし原作者で自分の作品の制作陣がそんな布陣だったらそれだけで大抵の作家が嬉し泣きするレベル。

 個人的に一番その異常性(良い意味での)を感じるのはカメラワーク。普通に使われるような誤魔化しのテクニックをあまり使用せず、映画のような視点移動、キャラクターの全身を映しつつも難易度の高いアングルでの描写がもはや週1で観られるアニメの域を超えている。戦闘シーンはさすがFateを描いて来ただけで文句のつけようが無い。

 よくある誤魔化しのテクニックは、キャラクターを画面にかなり寄せて激しい動きをさせて躍動感、臨場感を出す。あるいはかなり望遠で撮っている感じで遠近感を誤魔化しながら、派手な動きでそれっぽく見せるという感じ。その辺りを意識して他作品と見比べれば、ufotableのカメラワークがいかに異常かが分かる・・・はず。「寄り」ではなく「引き」で撮っている。

線の強弱の模式図

 また、キャラクターを描く線の強弱も原作マンガを意識して丁寧に作られている。アニメにおける線画は動かすことを考えれば当然ながら均等な線が一番楽な訳だが、鬼滅の刃では上図のようなマンガらしい強弱のついた線が描かれている。線にそうした強弱を付けながらアニメとして違和感なく動かすというのがもはや変態的。

 背景の作画やライティング、水の呼吸などのエフェクト的な面は3D CG技術も多用されているようで、最新技術とハイレベルな職人技が詰まっている。

 そうしたクオリティの高さ、観る側にとっては良いがもし同業者だったら本当に嫌だろうなあ・・・とすら思う。あれが「当たり前」のクオリティだと思われたらたまったものではない。あれがテレビで無料で見られるなんて、カローラと同じ値段でベンツのGクラスが売りに出されるようなもの。むしろ自分が原作者なら嬉しい反面、あの綺麗な作画と自分の絵を見比べて凹むかも知れない。遊郭編で画面に映るその辺の襖に描いてある絵ですら、どれだけの人間が描けると言うのか。炭治郎の羽織の市松模様ですらいざ自分で描いてみようとすると地味に難しい。

 声優に関して書けば本当にちゃんとした声優*4を各キャラクターにきちんとハマるように起用し、見る目が厳しい人間からしてもかなりキッチリしている。むしろ「こんな人がこんな役で良いのか」と驚きさえあるレベル。たとえば鱗滝左近次(炭治郎の師匠)役の大塚芳忠氏は68歳の大ベテランで、誰もが洋画などでその声を聴いたことがあるだろう。お堂の鬼(最初に殺される個体名すらない雑魚)役は緑川光氏。出演作品がかなり多い有名声優でファンからはグリリバの愛称で親しまれる。下弦の鬼の声優もなかなかのもの。

 制作陣として ・作画 ・声優 ・音楽 全てが最高峰だからこそあれだけ売れたと私は思う。

余談:

 一部の人間は刀鍛冶の里編まで1年という製作期間について長いと言っているようだが、あれだけのクオリティを保ちながら、下手すれば更にクオリティを上げて来る可能性も考えれば1年は十二分に短い。アニメ1期の話数が大体12話として、本編を25分とすると映像は300分=5時間分ある訳で、映画で言えばだいたい2.5本分に相当する。それをあのクオリティを保ったまま1年で製作するのだから短い。短いったら短い。ちなみにFate/stay night:HFの映画は1本あたり2かかっている。3部作で6年がかり。1年で製作がいかに早いかお分かりだろうか。

 また、炭治郎の市松模様の羽織は自分で描こうとすると意外と面倒くさい。市松模様はシンプルだがシンプルだからこそ誤魔化しが利きづらい。線で言えば直線の組み合わせで、それを羽織という局面に違和感なくあらゆる角度、状態で落とし込まなければいけない。その辺り、炭治郎に限らず登場人物の和服の模様はよくあるテクスチャ貼り付けではなく製作スタッフの手書きであり、そのための研究マニュアルまであると言うのだから凄まじい。

サムネ用エセ日本刀(AI製)

 

*1:主に炭治郎一家惨殺や鬼殺害シーンなど

*2:甘露寺蜜璃とか甘露寺蜜璃とか大人禰豆子とか

*3:話題性だけで下手なタレント起用なんかじゃなく

*4:それもこんな冒頭で殺される鬼にこんな豪華な・・・というレベル