ヤマネコ目線

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ナウシカに登場する戦車を解説する

 あれは戦車じゃなく「自走砲」だろって?素人からすれば装甲車両で大砲が載ってりゃ戦車なので。というのはさておき、宮崎駿監督はなかなか軍事に造詣が深い。当然、ナウシカに登場する戦車だって何となくで描いてはいない。今回はその戦車について解説してみる。

遠藤正明氏のTwitterより

引用元ツイート

 幸いにも三面図が公開されていたので引用させていただく。ぱっと見た感じは戦間期(WWI~WWIIの間)あるいは第二次世界大戦初期の戦車に近い。各種装備もしっかり描かれており、割と現実にあってもおかしくはない。

上面

上面、色調補正後

 上面から。まず大きな特徴として言えることは

  • オープントップであること
  • 主砲が大口径短砲身
  • エンジンが後方にあること

 まずコイツ、地味にオープントップである。文字通り上面がオープンしている。上の図、赤い枠で示した部分しか屋根が無い。雨などに備えて空いている部分を覆う幌(ほろ)はあるようだが、上からの攻撃はあまり想定していないようだ。あの世界、どちらかと言えば上からの攻撃の方が多い気がするが*1。こうした構成は第二次世界大戦の戦闘車両に多く見られる。

 大口径短砲身の主砲のメリットはいろいろある*2が、ここから読み取れるのはトルメキア軍がどういう相手に対して戦車を使うことを想定しているか、ということ。

 こういった主砲は破壊力が大きいものの射程や貫通力が劣り、どちらかと言えば人間や構築物に向けて使用することがメインで対戦車戦闘には向いていない*3。おそらくナウシカの世界でトルメキア並の戦車が運用できる国は無く、敵歩兵やトーチカなどを攻撃することだけ考えて設計されているのだろう。

 アニメ、原作含めてこの戦車と正面切ってやり合える人間側の武器はあまり無い。土鬼の野砲や浮砲台(アニメ未登場)の艦砲射撃なら撃破できるかな、という程度。巨神兵なら余裕だが制御できないorトルメキア側の運用なのでノーカウント。蟲、特に王蟲相手は分が悪いが、人間勢力相手に領土紛争をする分は何も不自由がない。ただし原作ではあんまり活躍していないので数はそこまで無いものと思われる。重要な場面で見た覚えがない・・・どこで出てたっけ?というレベル。

 車体左側に工具箱を付けている車両が多いと書いてある。戦車は様々なトラブルに対応するためにそれなりの種類の工具を装備しているのだが、アニメでは作画の関係か省略されているように思う。特に履帯(キャタピラ)が外れた時のためにハンマーは絶対に装備されていると思うが、あるかどうかは不明。そもそも予備の履帯を積んでいない。

 下の写真、ナチス・ドイツのIV号戦車D型は車体の前に履帯の予備パーツを積んでいることが分かる。予備部品を積みながら装甲の代わりにもなって一石二鳥。にしてもやっぱ現実の兵器のがカッコいいね。

IV号戦車D型 Wikipediaより

 エンジンは排気口?らしきスリットが後方にあるので、おそらく後方に配置されている。敵陣に正面から突撃する以上、被弾するのは正面が多い。なので正面の装甲を厚くして、走行不能を避けるためにエンジンを後方に配置するのが定石。

 現代の戦車は違うが、第二次世界大戦の頃はリアエンジン・フロントドライブ*4が主流だった。重いエンジンと同じ後方にその他の駆動系まで固めてしまうと、どうしてもリアヘビーになってしまう。また、今ほど電子制御も発達していない時期には操縦手の近くに操作系を置いた方が設計はし易い。操縦手は前に乗ることが多いので、そうした方式が多かった。

 それにしてもあの世界、ガンシップやバカガラス、土鬼の浮砲台といった様々な航空機から戦車まである訳だが、燃料は何を使っているのだろうか。映画でバカガラスが簡単に炎上、爆発していることからそれなりに燃えやすい燃料を使っていると思われるが。なお、戦車のエンジンはディーゼルエンジンが一般的。燃費が良い、トルクが出る、ガソリンよりは燃えやすく無いので被弾した時に炎上する可能性を軽減できる。

 何はともあれ、トルメキアの戦車は全体的に見て対人・対構築物用のオーソドックスな自走砲の形態をしている。

正面

正面

①:車載機銃。ちょっとした鉄板の盾が付いている。後述するが映画では向かって右側に付いているものもある。口径は不明だがぱっと見、なかなか大口径な感じがする。

②:おそらくペリスコープ。潜望鏡のような構造で、鏡を使って身を乗り出さずに正面を見るためのもの。操縦手側?の方が若干大きいが理由は不明。

③:操縦手側前方ハッチ。戦闘以外の状況で移動する際、視界を確保するために開ける。防御力を考えた時にはあまり良い構造とは言えない。

④:ライトと指示器。注釈に「こういうものは本当ならついてない」とあるが、「戦車としてはあった方が自然だがナウシカの世界ではほぼほぼ不要なので付いてない方が自然」、という意味だろう。なお映画では付いている車両と付いていない車両がある。これもう分かんねえな・・・。現実の戦車でも生産時期などで細かいver違いがあったりはする。ナチス・ドイツ軍のIV号戦車なんかはA型~J型まである。

Amazon ネオ商事商品ページより

 なお、装備しているライトは上の画像のようなボッシュライトと思われる。普通のライトと違って横にスリットが入ったようなライト。通常のライトだと光は上方向にも行くので、夜間にライトをつけて走っていると敵の航空機などに見つかる可能性がある。そこで横方向に必要なだけ光が広がるよう、このようなスリット付きライトが作られた。現代では暗視ゴーグルや赤外線カメラがあるため、必ずしも夜間走行でライトに頼る必要はない。

⑤:よく分からんスリット。ナチス・ドイツ軍のIV号戦車なども同様の場所に開口部のあるハッチが見られるので、それと同様の機能とすればトランスミッションあるいはブレーキの空冷・メンテナンス用ハッチ。

⑥:主砲と同軸機銃。”同軸機銃”は主砲を使うまでもない標的(歩兵など)を撃つために使用されるほか、主砲を撃つ前に撃ってその軌道を確認し、主砲が当たりそうかを確認するためにも使われる。ただ大口径な主砲なので砲弾の軌道と機銃弾の軌道が違い過ぎるため、主に対歩兵用。

 主砲は正面から見ればライフリング(溝)が彫られていることが分かる。確か劇場版でもなかなか深いライフリングが映っていたような気がする。ライフリングを施すと溝から発射ガスが漏れて砲弾の速度が低下し、そのくせ期待するほど精度の向上に寄与しないので、現代の戦車は主砲にライフリングを施さないのが一般的。最新戦車でライフル砲を装備しているのは、イギリスのチャレンジャー2くらいだろうか。

⑦:牽引フック。何かにワイヤーを引っ掛けて牽引する、あるいはエンジン破損などで自走不能となった時に、牽引される側としてワイヤーを引っ掛けるためのフック。IV号戦車で検索するとどういうモノが付いているのか分かりやすい。アニメでは作画コスト削減のためか曖昧に描かれている。

後方

後方

 あまり解説するものは無いが、後方にも一応、乗員を囲むように装甲があることが分かる。出入りしやすいようにハッチも2つ。その他、戦車の装備としてはオーソドックスなシャベルと、クワ?の金具のようなものが後端に装備されている。

 シャベル(スコップ)なんて何に使うの?と思われるかも知れないが、これがなかなか重要で履帯付近に付着した泥を落とす、履帯の跡を消す(どこかで待ち伏せしたりする場合、履帯の跡が残っていると位置が露見しやすい)、待ち伏せ用の陣地を作る、障害物を取り除く、カモフラージュ用の草木を掘り起こす等の使い方がある。テコの原理を使えば重い障害物も除去できる=救助作業にも使える。クワのようなものはどちらが使いやすいかによって選ぶのだろう。

 車体下部、両側から出ているのはエンジンの排気口。その中央付近にある何かは牽引用フックかな?と思うがどう使うのかは不明。IV号戦車では違った構造が採用されている。

側面

側面

①:パドル付き履帯。元ツイートでは泥濘(でいねい)地用の突起らしい。風の谷あたりはむしろ砂漠のように見えるが、どのみち柔らかい地質を走る際にトルクを増す作用を期待しているのだろう。硬い地面を走ると自重で曲がりそう。下の接地部分を見ると何となくウニみたいである。

 戦車は重いのでぬかるみに弱い。田んぼなんか走ればあっという間に重さで沈んで動けなくなってしまう。現実の戦車では重さを分散させるために幅の広い履帯を採用することが多い。あるいはそもそも泥濘地を避ける。

②:泥排出スリット。履帯側面にも装甲があるので、内部に巻き込んだ砂や泥が詰まる可能性がある。自然とそれらが出て来るようにするための穴。

 現実でぱっと思い出す限りでは、イギリス軍のマチルダII歩兵戦車の側面が分かりやすい。こちらはなかなか大きい穴が開いている。

チルダII Wikipediaより

③:履帯テンション調整部。履帯はあまり弛いと外れやすくなってしまう。なのである程度は”ハリ”が必要になる。その調整用部分と思われる。

劇中での個体

劇場版 風の谷のナウシカより

 城爺2人が奪った個体。先の図面と比べると側面の泥を排出する穴が下方にある気はするが、作画ブレの範囲。履帯のパドルは思ったよりも大きい。オープントップなので爺さん2人が上から顔を覗かせている。ハッチがあるなら開いた蓋が描かれる筈だがオープントップゆえその描写は無い。

映画:風の谷のナウシカより

 にしてもこの戦車、材質は何で出来ているのだろうか。塗装されている感じはしないので金属っぽい材質そのままとして、同じトルメキア軍の航空機、バカガラスやコルベットの色とはまた違う。バカガラスのフロントドアが開いた画像を見ると内部と外で色が違っているので、航空機は塗装されていると見ればこういう色が地の色なのかも知れない。

 正面から。反乱の鎮圧に向かって来るシーン。お分かり頂けただろうか?先頭車両とそのすぐ後ろの車両で若干、各部の形状が異なっている。このあとすぐ後方の車両が発砲して煙で見えなくなるので、その間のわずかな遊び心といった感じか。というかこんな車列で前に味方の戦車がいるのに発砲するなよ・・・。

 具体的に挙げると上部手すりの長さが後方車両は端から端までの長さがあるのに対し、先頭車両の手すりは主砲付近で途切れ、向かって右側に機銃を搭載している。図面で機銃が付いている方向とは左右が逆。

 手すり付近のペリスコープにも違いがあり、先頭車両は割と図面通り。後方車両は向かって右側の背の高いペリスコープのみで左側が無い。

 後方車両は主砲に同軸機銃があるが、先頭車両には無い。砲自体の付け根も少し違うように見える。主砲の左側のよく分からんモールド、後方車両は丸いが先頭車両は四角形で、よく見ればその左側の手すりの向きも違う。

 先頭車両には左右にライトが装備されているが(付いてないんじゃないんかい)、後方車両には無い。主砲の斜め下、トランスミッションのメンテナンスハッチ?の形状も微妙に異なっている。

 おそらく製造された年代などでばらつきがあるのだろう。あるいは戦車の中でも少しだけ役割分担がされている、先頭車両が隊長格などの違いがあるのかも知れない。ジブリ作品はちょっとした部分でも凝っているので面白い。

*1:ガンシップ迫撃砲、蟲、巨神兵などなど

*2:破壊力が大きい、量産が容易、軽量で耐久性があり旋回しても引っかかりづらい等

*3:砲身が短い=砲弾が加速される時間が短い=貫通力が劣る

*4:エンジンを後ろに配置し、シャフトを介してその動力を前方にある駆動輪に伝える