ヤマネコ目線

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林原めぐみ氏の意見は排外主義的なのか

 林原めぐみ氏のブログが津田大介氏に目をつけられ、いまだにXでは排外主義かどうかで議論がされている。正直、どちらの言い分にも一理あると思うところがあるので取り上げておく。

ブログの内容 一部抜粋

  書いている内容はごく普通の感覚ではないだろうか。私は国内の諸問題を見ていて普通の人が抱く感覚だと思う。

 むしろこの内容について「違法外国人を取り締まれと言うのは排外主義的だ」、「外来種問題を例えにするのは不適切だ」、「文章力が無い」などという批判をする人間は何をそこまで否定したいのか。自分と違う意見を持つ人間の意見を排他的に否定しながら相手を排外主義的と批判するのはいかがなものか。そういう姿勢がサヨクが嫌われるゆえんである。

 「違法外国人を取り締まれと言うのは違法行為をするのが外国人であると決めつけているので差別的」という意見は理解するが、林原氏の文章には外国人全員とは書かれていない。一体どこを読んで外国人全員に対するヘイトと判断したのか。逆に心当たりでもあるのか?

 一部の外国人においては、日本人では考えられないようなマナー違反があることも事実だろう。外免切替でバカみたいに甘い基準で外国人に運転免許を与えて事故を起こされる、埼玉県の一部がクルド人によって実質的に支配され、議員が車で追い回される。技能実習として来た外国人が毎年何千人と失踪し、どこで不法就労や不法滞在をしているか分からない。ベトナム人による農作物の盗難、中国人による違法民泊や白タク行為などもある。そのようなことが起きているから「不法外国人」と言われる。

 これには日本人の中で外国人が悪目立ちするゆえの誤謬もあると思うが、そこで必要なのは無法者の擁護ではなく毅然とした対応を求めることだ。サヨクはそこで外国人=マイノリティ、弱者であるという思考停止に陥り、ルールを守らない者の味方をするから嫌われ、さらには外国人に対する反発も思惑に反して強めてしまう。その自覚を持つべき。

 こういうのなんか最悪。「たぶん今まで政治にあまり興味なかったんだろうな」という一文はどう考えても必要無いのだが、あえてこう書くのは「林原さんは今まで政治に興味がなかったので考えが未熟なのだろうけど」とナチュラルに相手を見下し、それよりも優れた知見を持つと自負する己の自説へと続けるためである。選民思想的でそれを隠そうともしない、自分と違う意見を持つ相手を下に見ている。「世界中のファンが悲しむ」などというのもファンを人質に取るような言い方でいやらしい。

 もちろんネットだけではなく現実でほかの人々とも意見交換することは重要なのだが、では現実で彼らに意見をぶつけたらどういう反応をするか。そう変わらないのでは。最小公約数的に言えば「多くの人の意見を聞く」ことは確かに大事。が、これを書いている当人にそれが出来るとは思えない。一番聴く気が無い奴が言うな。

 それに、別に話をするのに現実で会うことにこだわる時代でもない。何なら多くの日本人は人が良いので、実際に会って話すと簡単に絆されてまともな批判も議論もできないまであると思う。もしこれが「情報ソースが甘いYouTubeの政治・陰謀系チャンネルは見るべきではない」あたりなら同意出来るのだが。

 加えて林原氏のブログ、締めくくりは「人任せにせずちゃんと選挙に行こう」という呼び掛けである。もし排外主義的な思想に染まっているとしてもこれは間違っていないのでは。むしろ良心的な呼びかけではないか。

 自分と違う意見を持つ人間が政治に興味を持つのは良くて、自分と意見が対立する人間が政治に興味を持つのは悪か。それが日本の左翼の考える正義なら、やはり私はネトウヨと言われようが右側で良い。

一方で

 私は日本国内でファシズム、排外主義が成長しつつあることも危惧している。日本は政治を変えられず、政権交代も挫折して衰退の一途をここまで辿って来た。その責任は政治を変えられなかった国民にあるのだが、それでも政治は変わらない、変えられない。本来であれば「まともな野党」はまともな国民自身が作り上げるべきなのだが、それが出来る国民性でもなければ制度でも無い。

 そこで行き場を失った政治に対する不満はどこへ向かうか。国内で不法行為が目立つ外国人である。日本人は単一民族的な自覚が強く、その社会の中で輪を乱すものは悪い意味で目立ちやすい。外国人となればなおさらである。日本人による犯罪でも傍から見て到底納得のいかない甘い判決や不起訴などはあるが、外国人ではそれがより一層目立つ。そうした所に矛先が向く。

 そもそも安い労働力として経済界が求めるままに外国人労働者を受け入れ続け、今や実質的な移民政策と化している点も日本人からすれば不満がある。日本が日本人の国で無くなるのでは?といううっすらとした不安が広がっている。私としても、結婚・子育てを前提とした少子化対策は移民が増えることを推奨しているようにしか見えない。

 話がそれたが、第一の問題は政治である。日本人が日本人のための政治をしていない。国益のための政治をしていない。物事の理非を知らず、資本家の顔ばかり見ている小泉純一郎のような政治家が持て囃されてるのが一番の問題である。すぐに賛成か反対かに別れて林原氏のブログについてあーだこーだ言っていても何にもならない。政治を変えなければ意味が無い。

 誤った政治をただし、外免切替のような甘い制度を素早く見直す、外資が土地や不動産を買うことを規制し違法な開発を厳しく取り締まる、一部のクルド人の無法者を自衛隊を投入してでも制圧して強制送還する、くらいの毅然とした対応を政府が取らなければ、ファシズムや排外主義の芽は不満を糧にしてさらに成長していくだろう。

 ここに書いたことは賛否あるだろうが、毅然とした対応をせずに不満を蓄積させ続け、参政党のような政党が成長してより危険な状態になることを良しとするか。今、政治を変えられるかがひょっとすれば分水嶺かも知れない。

 サヨク学者はキレイ事しか頭に無いのでこの辺りを勘違いしている。いくら理想論で不満を抑圧しようとしても、不満や欲求といったものは溜まるばかりでいずれどこかから噴出する。禁酒法や性的表現の規制などを見てもそれは明らかである。いくら抑え込んでも不満や欲求が消えて無くなることは無い。たとえ一部の学者がそうしたものを無限大に抱えられるだけの忍耐強さがあるとしても、多くの人間は、大衆は違う。

 今、必要なのは度を超えた無法者への毅然とした対処。そのために政治を変えること。

参政党について

 ここまで排他性を批判しておいて何だが、私は参政党を支持しない。彼らは日本の大衆が抱く不満に乗っかって登場したファシスト政党である。彼らが出した憲法改正草案を見ればそれは明らか。いくら政治に不満があっても国民主権、民主主義国家としての体裁は守るべき。戦前回帰、国家主権(あるいは君主制)にまで退行する必要はない。それで上手く行くのであれば我々は敗戦国になっていない。国民主権というラインはどうあっても譲れない。そうしたラインを主権者としてきちんと考え、判断するべき。

 大体、民主主義ではうまく政治を改善できないので国家主権、天皇主権に戻せばより上手く行くはずという発想が安直過ぎる。逃げの姿勢でしかない。いかに民主主義が日本人の中で根付いて来なかったかが分かる。そんな愚かな民衆に祭り上げられた指導者が国家をどのような結末に導くかは歴史を学べば分かる。

 個人崇拝が良くないと言うことは安倍元総理に対するある種の信仰を見ていても思う。個人崇拝と政治が絡めば権威を傘に着て忖度という名の好き勝手を始める。民主主義体制の今ですら行政に不信感があるのに、これで国家主権、一党独裁などされてはたまったものではない。

 ジャンボタニシ農法などと言っていた点も忘れてはいない。食料自給率100%などと言い出したかと思えばすぐ横に「オーガニック給食を推進」とも書いてあってひっくり返りそうになった。オーガニックは収穫量が低くコストもかかる。国民民主党もそうだったがなぜオーガニック給食がそこまで良いと思うのか。従来の農法で良いので唐揚げ1個しか出ないわびしい給食をどうにかするのが先。「オーガニック」なんか金持ちが道楽でやってりゃ良い。自給率100%を目指すと言うなら収穫量を考えろ。

 何より彼らのイベントの様子とされる動画を見ると宗教臭い。自民党に見限られた旧統一教会あるいはその関連団体からカネが流れているのでは。次の選挙で擁立する人数の多さを見てもただの新興政党とは思えない。愛国カルトの臭いがキツすぎる。オウム真理教は政治介入に失敗したからテロに走ってヤバさがバレた。参政党は最初から政治介入で成功しようとしている。場合によっては「気付いた時には手遅れ」になるだろう。

ジャンボタニシ撒くな!

* 正確には「スクミリンゴガイ」という外来種。稲を食害する上に繁殖力が高く卵には毒まである。水位をコントロールすれば除草に使えるという意見もあるがそんな正確なコントロールは無理。雨降ったら終わり。スクミリンゴガイ農法を導入した田んぼ以外にも広がるので実質生物テロ。