ヤマネコ目線

大体独り言、たまに写真その他、レビュー等

「農器具はレンタルすれば良い」は間違い

 非農業従事者向けの記事。Xでバズっていたツイートに対して「農業用品なんかレンタルすれば安く抑えられる。わざわざ自己所有する必要はない。所有欲丸出して農業語られても的なクソリプがついていたのでここで解説しておく。

 なお、私の実家は元米農家(2年前にやめた)でその視点から書く。

農業用の機械は高い

 とりあえずコンバイン(収穫用の機械)について考えてみよう。農業用の重機(トラクターやコンバイン)は思ってるよりも高い。クボタのコンバインの価格を見ると希望価格は以下のような感じ。

コンバイン・バインダー・ハーベスタ一覧|製品情報|農業ソリューション製品サイト|株式会社クボタ

 キャビンつきまで要らないまでも、4条刈りでそこそこ良い車が買えるレベルなのが分かる。たまにテレビで映るキャビンつきで横幅が広いコンバインなんかは1,000万、2,000万する。特別クボタが高い訳ではない。気になるのであれば調べてみれば良い。JAの共同購入の場合でも4条刈で670万円(税抜き)

 「レンタルすれば良い」などと言われるまでもなくレンタルは検討するレベル。

 しかしレンタルでは解決できない問題がある。それは本当に必要な時期に借りられる保証が無いということ。

 米の品種が違えば収穫時期も多少ズレたりするがそこまで大きくは変わらない。天気の都合もあって収穫に適した時期は結構絞られる。そこで誰もが不自由ないようレンタルでこうした重機の需要が賄えるかと言うと、そううまくは行かない。いざ収穫と思ってもアテにしていた機械が貸出中で収穫の時期を逃せば大損する可能性が高い。

 だったら自己保有して必要な時に必要なだけ使える方が絶対的に安心だよね、というのが農家が重機を自己保有する大きな理由。「少ない台数を多くの農家でシェアあるいはレンタルで使えば良い」という発想はド素人の妄想に過ぎない。使いたい時期は必ず被る。

 天気の都合というのはかなり大きく、田んぼは水を貯めやすい性質上、雨が降ればしばらく泥沼状態になる。いくらキャタピラ(履帯)装備と言えどコンバインのような重量のある機械は沈み込んで動けなくなる可能性が高い*1雨の日に稲刈りをしている光景を見たことがある人はいるか?おそらく居ないはずだ。台風が迫っていてその前にギリギリラストスパートとか、よっぽど切羽詰まってない限り天候の要素は強い。

 そうでなくともあれだけ値が張る機械、レンタルと言えどそれなりに費用がかさむ。少し調べるとJA石川の料金表が出て来たが3日で22,000~33,000円。そのお金でどれだけお米買えるだろう。

 つまり農家が重機をレンタルではなく自己保有したがるのは単純な所有欲などではなく相応のメリットがあるから。規模が大きければレンタルではお話にならない。自己所有することのデメリットもそれなりにある(=置き場所、保険料、メンテナンス費等)訳で、所有欲を満たすためなどという理由でわざわざこのような機械を買う訳ではない。消費するだけで何も生み出さない下らない価値観で物事を計るからそのような的外れな思考が出てくるのだ。

レンタルで済ませられないものもある

 燃料や肥料を始めとした消耗品はレンタルでは済ませられない。当然ながらそれらも昨今の物価高の影響を受けており、コストを価格に転嫁しなければ生業として立ち行かない。

 「レンタルすれば安く抑えられるはずなのにあえてそれをせず、農家は不当に米の価格を上げている」というのはとんだ見当違い。やった事がない仕事が楽なように見える、隣の芝生が青く見えるのは人の性とはいえ、もう少し考えてモノを言って欲しい。でなければ恥をかくのは自分。

 そうでなくとも人件費を加味すれば割に合わない。農家が成り立つのは家族の労働力について対価を支払わずに済むから、あるいは技能実習生を安くこき使っているからであって、その辺りを考慮すれば今の値上げ程度ではまだまだ割に合わないだろう。法人化してよっぽど大規模に、かつブランド米を作っているなら別だがそんな農家ばかりではない。

 「ブランド化すれば良いじゃん」と簡単に言ってくれるバカタレがいるがそこまで手をかけられる規模の農家ばかりではないし、相応に費用もかかる。マーケティングも楽ではない。そういう奴に限ってブランド米なんか買わない。口だけ出したがるクソ野郎。

 バイトを雇うにしても最低賃金が大きく上昇する中、農業では収益性を著しく圧迫される、そもそも不可能。募集しても来る人材がいない。時給いくら出せば農家でバイトしたいと思う?レンタルしようにも人手はそう簡単に借りられない。

 ちなみに稲刈りがコンバインで刈り取るだけで良いと思っているのは素人。地形によってはどうしても刈り残しが出る。なので田んぼを歩き回って刈り残しなどを手で刈り取る人手も必要。刈りとった米を運び出す作業も必要。コンバイン内にタンクがあってそれが一杯になるとトラックなり何なりに出さないとそれ以上収穫できない。収穫と一口に言っても作業は多いし1人では出来ない。

収穫代行の業者もある

 収穫に限って言えばお金さえ出せば代わりにやってくれる業者はいる。しかしそれも費用がかさむ上、順番待ちが発生するので思ったように刈り取ってもらえる保証は無い。複数から依頼を受けている場合はどこの田んぼで収穫した米なのかどこまで分けているのか不透明。当然ながら収穫以降のことは自分でやる必要がある。

米農家で嫌だったこと/現に嫌なこと

 米を作っていると行楽シーズンが一番忙しいのが嫌だった。春先は苗づくり、田植え。秋は収穫作業と籾摺り、袋詰。文字で書くのは簡単だがどれも肉体労働で辛い。都市部に住んでいる人が花見だ紅葉狩りだと言っている中でこっちは労働。時間があるとすれば一番暑い時期か一番寒い時期。どうしようもない。今年ライブに行けたのは米づくりを辞めたからまである。

 学生の頃から休みの日となれば何か手伝えと言われるのも嫌だった。社会人になってもそれはしばらく変わらなかったし、休日が自由に使える人間はそれだけで文化的に恵まれていると思う。草刈りなんかとは無縁な生活を送りたかった。んなに儲かると思うなら代わってくれ。土地も農機具も貸してやるぞ。

 そうした家の手伝いは無償奉仕が基本。祖母は労働に対してお小遣いをくれたが、それがかえって申し訳なく思えた時期もある。そんな祖母は昨年、ついぞ子どもと花見に行く機会もなく亡くなった。金銭的にも機会損失的にも割に合わなすぎる。

 米作りをやめても田んぼはあるし、草は生えて来るので今も草刈りは手伝っているがあぜの草刈りなんかいくらやったってお金になる訳でもなし、一銭にもならない仕事で自由な時間と労力を奪われるのが最悪。

 一番辛かったのはアトピー性皮膚炎に罹患している中で農作業の手伝いをしなければならなかったこと。ただでさえ辛いのに紫外線に晒され、汗をかいては傷に沁みた。乾燥させた米は結構な粉塵を出すのでそれも良くなかった。正直、年収1,000万が約束されても二度とやりたくない。自由な時間を確保するほうが得。

余談:キャタピラ(履帯)の弱点

https://jrescue.net/fire_engine/okazaki-saramanda-h25/ より

 「キャタピラ駆動ならどんな場所でも行ける」というのはド素人の発想で、先に書いたように泥沼なんかでは足を取られる可能性が高い。上の画像、レッドサラマンダーは全地形対応を謳っているが、これは最初からそういうコンセプトで作られた車両であり幅広の履帯を装備しているから。幅を広くして接地面積を大きくする、浮力のある素材で幅広の履帯を作るでもしないと重機は沈んでしまう。

https://www.saitamashizai.com/information/2892 より

 上の画像は超湿地帯用の幅広履帯を装備したブルドーザー。履帯の幅がかなり広い。

 コンバインのキャタピラは画像検索してもらえば分かるようにもっとこじんまりしている。ぬかるんだ田んぼの中では沈み込んで腹を擦る=浮いた状態になって動けなくなる可能性が高い。

 「じゃあコンバインも幅広履帯を」と思うかも知れないが、これだけ幅が広くなると刈り取る部分よりも履帯の幅が出っ張ってしまい、刈り取り前の稲を倒してしまう。機械の幅 刈り取り可能な幅でなければいけない。田んぼまで移動する時に公道を走行する可能性を考えてもあまり横幅を大きくは出来ない。

 そもそも無理をしてまで雨天時対応にする必要は無いというか、デメリットが大きいのでこのような履帯のコンバインは今後も登場しないだろう。収穫した米は乾燥機で乾燥させるので乾いている方が良い。濡れたまま収穫しても後の扱いで困る。重いだろうし。

 他にも鉄製のキャタピラだとアスファルトを傷つけてしまう、雪の上では鉄の凹凸の間に雪が入り込んでグリップ力が落ちてしまう等、素人が思っているほどキャタピラは万能ではない。障害物でも度がすぎれば履帯自体が動輪から外れて動けなくなったりする。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%9C%E3%81%AE%E6%AD%AF

 「竜の歯」という対キャタピラ駆動特化の障害物もある。主に戦車の侵入を防ぐ目的で使用され、左が侵入しようとする側。よく見れば左の方がコンクリート製障害物の高さが低いのが分かる。「これくらい乗り越えて行ける」と思ってそのまま進むと

模式図

 こうなる。”腹”に歯がつっかえてキャタピラが完全に浮いてしまい、それ以上進めなくなる。どんなキャタピラ駆動の車両もこれと似たような状態に陥ってしまうと最悪。自力での脱出がかなり難しくなる。

 なお、キャタピラはキャタピラー社の商標であって日本語では無限軌道や履帯とでも呼ぶのが正しい。英語ではクローラ。でもキャタピラの方が通用するのでキャタピラと呼びがち。「コンバイン」は刈り取り機能と脱穀機能をコンバイン=Combine(結合)したものだから「コンバイン」。

*1:専用設計でもない限り大抵の重機はこの弱点を抱えている