ヤマネコ目線

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野党共闘を望む立憲民主党は間違っている

 立憲民主党の野田代表は野党結集に前向きのようだが、国民民主と維新は後ろ向きである。

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(記事題:立憲民主、政権交代へ野党結集に注力…国民民主・維新は後ろ向き)

どういった野党が求められているか

 躍進した立憲民主党だが、それはただ単に自民党にお灸を据えたいという有権者の意思に過ぎない。前回の選挙からの得票数の推移を見れば立憲民主党は実は7万票程度しか増えておらず自民党が自滅して他の政党に票が回った結果として今回の結果がある。しかし彼らは大衆が積極的に立憲民主党を支持したと思っている可能性がある。まずこの点を本人たちが理解しない限り次はない。

 加えて野党共闘という路線が間違っているということを未だに理解できていないのが致命的。「一丸となって」だの「協力して」だのと言うのは聞こえが良いが、選挙のため政局のためなら政治信条が根本的に異なるような政党と協力し、立憲民主党の支持層からも忌避されるような政党の顔色伺いをしながらギリギリのラインで事を運ばなければならないような、そんな弱い政党は求められていない。

 今、求められているのは単独で強い野党、単独で自民党に対抗し得る政党である。この点、国民の玉木氏が記者からの「野党がまとまれば政権取れますが」という質問に対して返した答えはド正論。

下記記事より抜粋

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 野党同士で協力すると言っても根本的な主義主張が異なる訳で、それは決して容易ではない。国連の安全保障理事会のようにどこか1つの党が拒めば何も決められない、あるいは何かを決めるためには大きな妥協を強いられる、といった状態に陥れば国のため、国民のためにならないし、それが民意を反映しているとは言えない。せいぜい各党に政権の一部をになっているという自己満足を与えるだけである。

 私も今回は野党に票を入れたが、共産党やれいわを支持した覚えは欠片も無い。選挙のため、政局のために勝手に支持していない政党と協力するな。そこまでするなら今いる党を抜けて合流しろ。

 特に外交・安全保障面で肝心な時に、そうした関係が足を引っ張ることになれば国民からの非難は免れない。それ以外の政策についても各党で思惑が異なる訳で、安直な協力関係は停滞を生む。

立憲民主党が取るべき方針

 正直、私は立憲民主党は嫌いなので今さら何をどうしろとも言いづらいのだが、せめて野党共闘、特に共産党との協力は完全に終了させるべきである。今どき共産主義なんか流行らないし共産党は嫌われている。

 それは今回の選挙において、裏金問題である意味ボーナスタイムだった筈なのに議席数をむしろ減らしている点によく表れている。この点で連合会長の言うことは正しい。共産党と一度手を組んでしまった時点で信用を無くしているので改めて決別の姿勢でも示さなければマイナスは続く。

 加えて立憲民主党には「この人がいるだけで支持したくない」というレベルの人がいる。自民党にだっているが民主党政権時代の印象もあって悪目立ちしがち。これに野党共闘の是非を加えて「立憲民主党は国民が何を求めているかを一体どこまで分かっているのか」が疑問に思われている。だから現役世代層からの支持率は低い。直球で言えば信用されていない。

 これを払拭するためには党内に居てもマイナスにしかならない人材を放出するべきだろう。具体的な名前は挙げられるが今回はあえて控える。この情勢で萩生田にすら勝てなかった候補もいるし・・・。国民民主党が伸びたのは前原誠司氏が維新へ移ったのも大きいのでは。

 また、政策立案能力も向上させなければならない。具体的に言うならもっと現役世代の意見を聞け。年寄りばっかりに媚び売ってないで今、この瞬間の現実を見て政策を提案する力をつけなければならない。今のままではもし万が一政権を握っても「悪夢の民主党政権」が繰り返されるだけだろう。というか立憲に限らず野党はみな、現役世代を招聘して意見を訊くべき。その辺の2、30代で良い。現役世代の感覚を理解できなくとも視点を知ることは出来るはず。

 至極個人的なことを書けば今回の選挙、どこの政党もインボイス制度の廃止、こども家庭庁の解体を提示しなかったことに失望している。法案が通る前は批判するが成立さえすれば「喉元過ぎれば熱さを忘れる」か。本当に何が問題か分かっていないだろう。

 批判することに慣れ切っていて批判される側に立つにはまだまだ甘い点、自分たちが思っているほど世の中を分かっておらず政策立案能力が低い点を早急に何とかして欲しい。というかもう、まともな人材は国民民主党に引き取ってもらって後は共産党なり何なり有象無象に合流すれば良い。

余談:共産党が嫌われている理由

 共産党と似たような主義主張にもかかわらず今回の選挙でれいわは増加し、共産党議席を減らした。この理由は個人的に2つ考えられる。正直、共産党も嫌いなのでどうでも良いがついでなので書く。

 1つは体制の硬直化。今の委員長は田村氏だが志位氏は長年空席であった議長に就任しており、党内のパワーバランスが変わった印象は無い。党に対する批判的な意見を述べたものは離党を余儀なくされており、「民主主義を守る」などと言いながら異分子を排除する姿勢が不信感を生んでいる。単純に器が小さい。寛容さとは真逆で柔軟性が無い。また、共産党の顔と言えば志位氏が思い浮かぶくらい新代表の印象が弱い。

 党内が硬直しているので、同じような主義主張でも比較的目新しさや立ち回りが上手い山本太郎氏、れいわ新撰組に支持者を取られているように思う。共産党にこだわる必要性が無い。

 あと各地に立てた候補者の多くが落選して供託金4億円超が没収されているが、嫌われている自覚がなく無駄に候補者立てまくって他の野党の票を吸う行為、邪魔。

 裏金問題や非公認候補への送金報道に関してしんぶん赤旗が貢献した面はあるが、それだけで支持が伸びるほど有権者の目は甘くない。能登の震災では共産党が侵略的兵器として導入に反対して来たホバークラフトが支援に活用されたように、貢献している面と同等あるいはそれ以上に不興を買っている面がある。

 2つめは身も蓋もない話になるが、そもそも今の時代に共産主義など流行らない。共産主義を目指した国は尽く失敗しており、歴史を振り返れば人類の手に余る理想であると結論が出ている。

 こういう事を書くと「いや、真の共産主義を実現できた国が無いだけだ」と言う人間がいるが、いつ成功するか分からないような理想を許容できるような余裕は今の日本国民には無い。そんなものを標榜する政党が支持されないのは当然である。「政権を取っても民主主義は守る」と言うが信用が無いのでそんな口約束は無いも同じ。むしろ嘘くさすぎてイメージダウン。

  共産主義は財産を共有化することで貧富の差を無くそうという思想だが、その理想が及ぶのは社会制度によって共有化できる範囲の財産までであって、たとえ共産主義が完璧に実現したとて社会制度ではどうにもならない差異が新たな財産、貧富の差として再定義されるだけであろう。たとえば顔の美醜なんかは社会制度ではどうにも出来ない。人間が量産品にならない限りは無理。では顔を隠せば?それでも身長の高い・低いや体型は隠せない。そうこうしている内にどんどん不便な社会になっていく。

 価値とは絶対的なものではなく相対的なものであり、人間が無いものねだりな生き物である限り貧富の差は埋まらない。真の平等が実現した時に大衆は不平等を欲しがり、見出し、それを新たな価値とするだろう。平等のために不便を強いられることに我慢はできないだろう。体制を維持する側の人間であっても人間である限り欲望には抗えない。貧富の差は無くならない。共産主義の思想そのものが詰めが甘く人間の本質に即していない。人間の欲望の力を甘くみ過ぎ。

 そのような誤った理念に傾倒している時点で大衆からは信用されないのである。いかに筋の通った批判を展開しようともそれはそれ、これはこれ。その人を信用するかどうかを問われれば「でも共産主義者だしな」で終わり。

 共産主義に限った事ではないが、社会を形成する基本理念は人間が作ったものである以上、何かしらの欠陥がある。その欠陥も含めていかに人間の本質に合ったものを選ぶか、政府行政がいかに欠陥をカバー出来るかが重要。人間が崇高な理想に合わせて生きられると考えている共産主義者は人間の理性や良心を盲目に信じ過ぎている。

 人間が理念に合わせて生きるのではなく、人間に合わせた理念を作り実践しなければ持続性が無い。