ヤマネコ目線

大体独り言、たまに写真その他、レビュー等

「時代ガチャ」当たり

 私自身は「親ガチャ」という言葉は嫌いだが、話の性質上、つかわざるを得ないので不快に思う人はこの記事自体、スルー推奨。

 書き散らし。なんかもやもやと言うか引っかかっただけ。以前、Twitterで「親ガチャの話をしてたらおばあちゃんに『でもあなた達は時代ガチャあたりじゃない』と言われてぐうの音も出なかった」、というような話を見かけた。

「時代ガチャ」当たりか否か

 確かに戦時中、戦後を過ごした人間からすれば、今の日本社会はまだ恵まれているように映るのかも知れない。しかし、我々が生きているのは今現在であってそういった過去ではない。過去のことを持ち出し始めればキリがないし、何なら江戸時代や縄文時代と比べれば大抵の人は「時代ガチャ」当たりである。過去の時代を今現在の基準と照らし合わせる意味がない。

 経済が発展するにつれて「豊か」の基準が上がるのは当然である。その結果、かつては「豊かさ」の象徴だったものがただの日用品になったりもする。テレビなんかは約70年前まではある種のぜいたく品であった訳で、そういった時代の話を持ち出して今の豊かさを語るのはナンセンス。

 むしろ今は昔に比べてあらゆるものが値上がりし、結婚、子育てにかかるコストも大きくなっている。格差は拡大し続け少子高齢化は加速度的に進行、政治は腐敗し、産業にも元気がない。物心ついた時から日本は転げ落ちるばかりで、国としての先行きは暗くなるばかり。その中で豊かな暮らしを送るためのハードルは昔に比べてそう変わらないか、むしろ高くなっている。

 そもそも「時代」と言うのはある種、国単位で考えれば割と平等に人々の生活に降りかかる。今の時代、日本に住んでいてロシアのウクライナ侵攻の影響を受けていない人はそういまい。ガチャうんぬん以前に誰しもが受け入れざるを得ない環境であって、それ自体が同じ世代の中で大きな格差を生む事はない。なので「時代ガチャ」は当たりもへったくれもない。

 これに関して、高校時代の先生が言っていたことを思い出していた。「君たちは各地域から集まったうわずみ液。だけどもうわずみ液ばっかりを集めても、その中で上に留まる者、下に行く者が出てくる」。一応、進学校だったので意識が高く、先生の意識も高かったのでこういう言葉が出たのだろう。ちょっといけすかないように聞こえるがしかして真実である。そしてこれは時代についても同じように思う。確かに過去の時代(偏差値45の高校)と比べると今の時代(偏差値55の高校)は良く見えるだろう。しかし問題はその高校の中での成績であって、下の高校より優れているか否かではない。

 因みに私はアトピー性皮膚炎の影響で成績ガタガタでしたクソが。体質ガチャ大ハズレ。

「親ガチャ」という言葉に関して

 ぶっちゃけ言うと不快に思うが、金持ちの家に産まれた人間が成功しやすいのも事実ではあると思うし、格差拡大が酷くなっている今、そういった言葉が出て来るのは何ら不思議ではないように思う。

 ただそういった言葉はいずれ「自分自身は親になるとして『当たり』たり得るか?」といった形で返って来るので、あまり良い言葉には思えない。もっとも、最初から親になる事を諦めているなら話は別なのだろうが。

 裏を返せばソシャゲのガチャに例えるほどに、今の世の親になり得る年齢は「ハズレ」が多いのだろう。私自身も含めてそのように感じる。